「コンサートのチケットを抽選で売るのは主催者にとってもったいないだけでなくダフ屋を潤わせることもなる。日本にはオークション理論を活用する余地がまだまだあるはずです」と語る坂井豊貴氏

10月12日、米スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とロバート・ウィルソン名誉教授が、「オークション理論の発展」を理由としてノーベル経済学賞を受賞した。

これは、オークションで出品者がより高い金額を出す人に買ってもらえるような仕組みを考える学問分野だ。オークションに限らず、経済学の知見を使って制度設計をする学問ジャンルは「メカニズムデザイン」と呼ばれている。

『メカニズムデザインで勝つ ミクロ経済学のビジネス活用』(日本経済新聞出版)の著者・坂井豊貴(さかい・とよたか)氏は、「アメリカに比べ、日本ではこうした経済学のビジネス活用が遅れている」と問題提起する。

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――まずは、ノーベル経済学賞受賞で話題になった「オークション理論」とは何か教えていただけますか?

坂井 売買とは本来、売る側が値段を決めて販売するのが一般的です。ところがオークションの場合は、複数の購入希望者を集めて競争させ、買う側に値段を決めてもらうことになります。ネットオークションだけでなく、不動産の競売や市場の競りなどもそうですよね。

オークションとひと口に言っても、より高値をつけた人が購入の権利を得る競り上げ式や、逆に高い金額から徐々に下げていく競り下げ式など、さまざまな手法が存在しています。最適な方式は商材によって異なるのですが、これを明確に理論化したのがオークション理論です。

――オークションのやり方によって、結果が変わってくるものなんですね。

坂井 はい。アメリカは1994年にいろいろな種類の周波数免許を売る周波数オークションを始めているのですが、これより前にニュージーランドで行なわれていた周波数オークションは、設計に失敗し望ましい結果が得られなかった。

そこで制度設計者のミルグロムとウィルソンは、すべての競り上げが止まるまではどのオークションも開きっぱなしにする「同時競り上げ式」という新方式を開発し、2013年までに8兆円を超す収益を国庫にもたらしたのです。これが一因で、彼らはノーベル経済学賞を受賞しました。

――一方、日本ではいまだに周波数オークションが始まっていません。日本で経済学の活用が遅れている理由はなんでしょうか?

坂井 オークション理論に限りませんが、学問への理解の差が大きいと思います。アメリカでは博士号を持った人材が政府の中枢に参画するケースが多く、言ってしまえば学知を使ってお金を稼ぐということに、並々ならぬ気合いを感じさせます。しかし、日本はそうではありません。

私は今、本書の協力者である株式会社デューデリ&ディールの今井誠氏と共に、不動産売買に経済学を活用し、一定の成果を上げています。

経済学を活用すると何がいいのかというと、成功を再現することができ、失敗は未然に防げることです。さらに言えば、その成功モデルを別の分野で再現することも可能で、そうした学問の性質は本来ビジネスと非常に相性がいいはずなんですよ。

――本書では一例として、新築マンションの販売を抽選で行なうのは不効率で、オークションを採用すればより高値で売ることができると指摘されています。こうした潜在的な利用余地は、まだまだ身近にたくさんありそうですね。

坂井 一番高い値段で買ってくれる人に商品を売るという観点では、競争率が高く抽選販売しているコンサートのチケットなどは非常にオークション向きですよね。最初からオークションで売れば、主催者の儲けが増え、高値を出してでも行きたい熱心なファンにチケットが渡ります。さらに、違法なダフ屋を儲けさせることもなくなるわけですから。

――その一方で、すべてがそうなると、富裕層に有利な世の中に偏ってしまうという批判もありそうですが......。

坂井 こう言うと反感を持つ人もいるでしょうが、それはお金を払いたくない人のポジショントークです。しかし例えば、学生は1万円を入札しても半額しか入金しなくていいといった学割システムを採用するなど、いくらでも工夫できるはずです。

――確かにそうですね。また、そうしたニーズを効率的に反映させるための理論が、選挙の制度設計にも応用できるという本書の指摘は、非常に興味深いです。

坂井 市場は需要や供給をインプットしたら資源配分がアウトプットとして出てきますが、選挙は投票用紙を入れたら選挙結果が出てくるという点で両者は共通している。そうとらえると、市場も投票も同一の数理モデルで扱うことができます。

現状の選挙制度では、人気の候補者同士が票を食い合い、共倒れしてしまうデメリットをはらんでいます。先日のアメリカ大統領選にしても、各州の勝者がその州の選挙人を総取りする方式で、これは非常に出来が悪いシステムだと感じました。

これでは国民全員の一般投票による勝者と、州の選挙人たちによる投票での勝者が異なるようなことが起こりえますし、前回の大統領選がまさにそのケースでした。

――実際、今回の大統領選では、投票制度や選挙設計に不満を持つ人々が散見されました。

坂井 結局、政治家を決める手法にも優劣があります。いかなる選挙方式であっても、最も重要なのは非暴力で権力を移動させること。日本では当たり前のように実現されていたことがいかに大変であるか、あらためて感じました。

――政治や経済に学問を取り入れる重要性がよくわかりました。

坂井 最近になってようやく、経済学を経営に取り入れる企業が少しずつ増えています。この先、学知を取り入れる者が栄え、そうでない者が衰退する時代に入っていくでしょう。実際、GAFAの成長の背景にそうした学問があることはよく知られています。

――コロナ禍で大きな損害を被っている日本経済の立て直しにも、メカニズムデザインの理論は効果的ですか?

坂井 はい。例えば、多くの企業や店舗がこのコロナ禍で倒産、閉店を余儀なくされていますが、土地や建物を所有しているのであれば、オークション形式でより高く売却することが可能です。1円でも高く取引できれば、その後の再起も有利になるはずですから。

●坂井豊貴(さかい・とよたか)
1975年生まれ。慶應義塾大学経済学部教授。米ロチェスター大学で博士号(経済学)取得。横浜市立大学、横浜国立大学、慶應義塾大学准教授を経て、2014年に38歳で教授に。株式会社デューデリ&ディール・チーフエコノミスト兼不動産オークション技術顧問、Economics Design Inc.取締役を併任。オークション方式、市場ルール、評価方式の設計で経済学のビジネス実用を多く手がける。著書に『多数決を疑う』(岩波新書)ほか

■『メカニズムデザインで勝つ ミクロ経済学のビジネス活用』
(オークション・ラボ 日本経済新聞出版 1600円+税)
メカニズムデザインとは、オークションの収益を最大化したり、マッチングをよりよくする方式などを研究する、経済学での比較的新しいジャンルだ。臓器提供や学校選択など、社会での問題解決に貢献が期待される分野であり、「オークション理論」の研究者がノーベル経済学賞を授与されたことでも注目が集まっている。こうした経済学の知見を日本でも実務に生かそうと立ち上がったワークショップを記録し、その場の空気を閉じ込めた一冊

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