『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本のFCV推進政策に警鐘を鳴らす。
(この記事は、2月15日発売の『週刊プレイボーイ9号』に掲載されたものです)
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スマホやパソコン、白物家電などといった最終製品のシェアこそ失ったが、技術力が必要な素材や部品などの供給シェアでは今も日本は世界のトップランナーだ。そんな素材・部品の「下請け大国」、日本の地位を揺るがしかねないニュースが、ふたつ飛び込んできた。
ひとつは韓国が日本から2020年に輸入した半導体製造用フッ化水素が、前年比74%減(983万ドル)に激減したというニュースだ。安倍政権が徴用工判決などに反発し、半導体製造に欠かせないフッ化水素など3品目の韓国への輸出を規制したのは19年7月のこと。
韓国は高純度のフッ化水素などを製造できず、日本企業からほぼ全量を輸入していた。そこに目をつけた安倍政権は日本からの供給ルートを締め上げ、徴用工問題などで韓国政府に譲歩させようとしたのだ。
しかし、この規制はフッ化水素などの韓国企業の内製化や欧米ライバル企業の韓国進出を促し、その結果として韓国の対日依存度の低下、日本企業の輸出・収益減を招いた。一方、サムスン電子などは困難を乗り越えてコロナ禍でも大きな利益を上げている。日本の産業力のパワー低下だけを招いたこの産業政策は愚策だったというしかない。
もうひとつは欧州主要18ヵ国のEV(電気自動車)の、20年の販売台数が前年比2.4倍増の133万台になったというニュースだ。これでEV販売は中国、アメリカ、欧州の3強のシェアがほぼ肩を並べたことになる。
注目すべきは専門家の分析だ。ブルームバーグによれば、40年までのEV販売台数は世界の乗用車販売の58%に達するという。当然、中国、アメリカ、欧州には多くの自動車メーカー、さらには車載用バッテリーや電動モーターなど、EV向け部品を供給する素部材メーカーが争うように進出するはずだ。
問題はそのときの日本の素部材メーカーの対応である。日本のEV販売台数は極めて少ない。各国が巨費を投じて設置に大わらわの充電ステーションも7700ヵ所(20年5月現在)ほどで、中国の120万ヵ所に比べると、国土や人口の違いを考慮しても少なすぎる。経済産業省が水素燃料電池自動車の製造・普及にこだわっていることもあり、EVへの流れができないのだ。
そのため、海外の部品メーカーが早々とEV製造にターゲットを絞って技術力を磨いているのに、日本勢は水素車向け、ガソリン車向け、EV向けの3分野の素材・部品を作り続けないといけない。これでは選択と集中が進まず、EV生産で日本勢が外国のライバル企業に完全に置いていかれるのは必至だ。
実際、米テスラの小型EV「モデル3」が車載用バッテリーに続いてモーターも中国企業製になるとの報道を受け、日本国内からは「100%中国製のテスラが現実味を帯びてきた。そうなれば、素材・部品を供給してきた日本のダメージは計り知れない」という声が聞こえてくる。
トヨタの時価総額の3倍超にまで成長した米テスラのイーロン・マスク社長は、FCV(燃料電池自動車、Fuel Cell Vehicle)の「Fuel Cells」(燃料電池)をもじって「Fool Sells」(愚かな売り物)とこき下ろしたが、現実はその言葉どおりに進んでいる。素材・部品メーカーを含めた日本の自動車産業の衰退を止めるため、FCV推進政策は直ちに見直すべきだ。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。