『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本の半導体産業に警鐘を鳴らす。

(この記事は、3月29日発売の『週刊プレイボーイ15号』に掲載されたものです)

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つかの間の盛り上がりにすぎなかった。

ファウンドリ(半導体受託製造)世界最大手で技術レベルでも日本をはるかにしのぐ世界最高峰のTSMC(台湾積体電路製造)が日本に工場を建設するというニュースが年明けに駆け巡ったときのことだ。

かつては世界で圧倒的なシェアを誇っていた日本の半導体産業だが、ルネサス、エルピーダメモリなど、日の丸メーカーの業績不振に象徴されるように、もはや昔日の勢いはない。

半導体製造装置や材料技術などで競争力を持つ企業はあるものの、数兆円単位の巨額投資を惜しまない台湾勢や韓国勢に押され2020年には、世界の半導体シェアでベスト10に入る企業がついになくなった。

しかし、年間売り上げ3.5兆円、利益率38%(2018年度実績)のTSMCが日本で製造ラインを稼働させれば、素材や部品産業が潤うだけでなく、TSMCとの協業で最先端の半導体製造技術にキャッチアップできるという期待も膨らむ。

何よりも、世界最高の半導体企業が日本を選んでくれたことがうれしい。まだまだ日本も捨てたものではないと、国内産業界の自尊心はくすぐられた。

ところが、ふたを開けてみると、TSMCがつくば市に稼働させるのは大規模な製造工場でなく、小ぶりな技術開発センターだった。それも重要性が低いパッケージ技術などの「後工程」に関する研究を行なうもので、投資額も200億に満たない。これでは日の丸半導体作りの再浮上など期待できない。

実は、経産省は早くから「前工程ファブ」と呼ばれる本格的な半導体製造工場の誘致を目指していた。しかし、結局35億ドルの最先端工場建設地は米アリゾナ州に決まり、関係者には落胆の結果となった。

この話から見えてくるのは、日本の半導体関連産業の魅力が薄れてきているという冷酷な事実だ。TSMC誘致の音頭を取ったのは経産省だ。だが、悲しいことに、本命の「前工程ファブ」=半導体製造ラインの最先端技術では、台湾・韓国がはるか先を行き、日本は後塵を拝している。

それでも、経産省は材料や半導体製造装置産業の競争力を自慢している。しかし、もはやそれは絶対のものではない。一昨年に韓国への半導体などの材料輸出規制でサムスン電子に揺さぶりをかけたのに、相手はびくともせず、その試みが失敗したことでそれは証明されているが、経産省はまだそれを認めたくないようだ。

今回、TSMCが投資規模で言えば20分の1程度でしかない「後工程」の開発拠点の投資しかしないという現実は、日本がメーカーの発注を受ける下請けの立場にあるファウンドリのさらなる下請け、すなわち孫請けとしても生き残りは必ずしも容易ではないことを示している。

世界で進む熾烈(しれつ)なDX(デジタル革命)競争は高機能半導体の需要を飛躍的に拡大させる。例えば、自動車のEV化だけでも必要なマイコンチップ数はガソリン車の2~3倍にもなる。

このまま日本の半導体産業が衰退すれば、日本はDXやEV化の局面でも敗者になりかねない。政府は、半導体確保策を含む総合的デジタル戦略を直ちに策定すべきだ。9月にデジタル庁を設置しても答えにはならない。残された時間はほとんどないという危機感を持つべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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