経済学的に最も合理的な投資は、世界中の株や債券に資産を分散させること。しかし、経済学者でありながら、脇目も振らず仮想通貨に投資している男がいる。再び急騰中の仮想通貨市場の解説に加えて、浮き沈みの激しいトレード生活を語ってもらった。
■モニターに向かって「行け、ビットコイン!」
仮想通貨に、再びバブルが訪れている。半年前まで1BTC=150万円だったビットコインは4月上旬に700万円弱まで高騰。2017年に記録した最高値240万円をあっさりと更新しているのだ。
そこでバブルの行方を聞くべく週プレは、4月中旬、しばしば仮想通貨トレードの様子をTwitterでつぶやいている経済学者の坂井豊貴・慶應義塾大学教授に取材をオファーした。しかし取材当日の4月26日、ビットコインは約500万円まで下落していたのだった。
――先生、ビットコインがピークから12日間で200万円ほど下がっていますが。
坂井 (深いため息ののち)はい......。
――大丈夫ですか!?
坂井 ええ......。もうチャートをチェックするのはやめて、また高騰する日をただ待っています。チャートを見ると心は乱されるし、注意力が散漫になりますから。チャートさえ見なければ、もっと成功できたんじゃないかなぁ。
――今のところ、利益は出てるんですか?
坂井 ええ、それなりには。私は高騰前に仕込んでいたので、含み益(確定させていない利益)はまだあります。
――ってことは、一時期は利益がスゴかったのでは?
坂井 ちょっと前は、不動産でも買おうかとニヤニヤしながら『SUUMO』を見ていましたね。先日は、興奮しすぎてPC画面の前で「行け、ビットコイン!」と拳を振り上げ、「さあご一緒に!」と家族に言ったらドン引きされました。
――感情の起伏が激しい! で、今は落ち込んでいると。
坂井 今日の私は暗いし、謙虚ですよ。ただ、正直この程度の暴落は何度も経験済み。心が削られるのは日常茶飯事です。
――過去にはもっとツラい経験も?
坂井 そうですね。あれは19年の夏のことでした。当時、レバレッジ取引(手元資金の何倍もの金額を運用できる手法)のために使っていた取引所がハッキング被害に遭ったんです。
それによって1ヵ月ほど取引が停止されたんですが、なんとその期間中も建玉(たてぎょく/レバレッジ取引で買った後売っていない、あるいは売った後買っていない状態)手数料が取られていたんです。
おまけに、ようやく取引が再開されたと思ったら、直後にビットコインが暴落......。結局すべてロスカットされ(一定以上の損失が発生したときに建玉が強制的に決済されること)、大量の損失が出てしまいました。
――踏んだり蹴ったりですね。
坂井 まあ授業料ですね。人間は失敗しないと学べない生き物ですから。私のようにトレードがへたな人間は、レバレッジをかけたり細かく売り買いするべきではないんです。ビットコインが上がる未来に賭けたんだから、とにかく長期保有して高騰を待つのが一番。ようやく今は勝てるようになりました。
■「投資する理由の半分はヤケクソ」
――そもそも、なぜビットコインの価格が今後も上がると考えられるんですか?
坂井 ビットコインは、価値の保存がデジタル上でできます。これまでの価値の保存手段の代表例だったゴールドは、ずっと価格が上がり続けていますよね。つまり人類は価値の保存手段を常に求めている。ならばデジタル化の時代には、ビットコインもゴールドのように価格が上がり続けるだろうと。
さらに、ビットコインはゴールドよりはるかに持ち運びしやすいのも大きい。なんせ物理的実体がありませんからね。最近ではテスラをはじめとした米国の大企業、それに機関投資家が次々とビットコインを購入しています。つまり価値の保存手段として、すでに世界から認められているんです。
――でも、仮想通貨は政府が発行したお金じゃないから、もしも規制されたら価値が暴落しませんか?
坂井 例えば、アメリカが仮想通貨を禁止するなんてことはないと思います。一般市民だけではなく、アメリカの大企業までもが投資していますから。今後規制が強まっても、その国益を高めるようなものになるのでは。そうなれば、世界各国も似たような動きになるでしょう。だから、国家の規制で仮想通貨が無価値になる可能性は低いと思います。
――なるほど。それでも日本では、仮想通貨を怪しがっている人のほうが多いですよね。
坂井 多いですが、そういう人がいるおかげで、まだ安値なんでしょうね。「ありがとう」と言いたいくらいです。
――まだ安値! では、今はバブルではないと?
坂井 緩和マネーが価格を上げている面はありますが、長期的には値上がりは続くと思いますよ。ビットコインはすでに時価総額が約100兆円ある、世界有数の投資先のひとつです。伝統あるゴールドが1000兆円ほどなのに比べ短期間で100兆円ですから、人間社会に受け入れられるスピードがスゴい。
と、ここまでがビットコインに賭けている理由の半分です。
――半分?
坂井 残りの半分は、ヤケクソです。とにかく、そこに張っている。
――急にギャンブラーみたいな発言!
坂井 だって未来のことなんてわからないですもん。これ、人生と一緒だなぁと思います。未来のことはわからないけど、えいやっと踏み出すものじゃないですか。自分が面白いと思うものに、ヤケクソのように張ったらいいんです。
■「仮想通貨トレードは人生に陰影を与える」
――ちなみに、先生はどのくらい仮想通貨に投資を?
坂井 ビットコイン以外にもいくつかのコインを持っていて、すべて合わせるとキャッシュの70%ほどを投資しています。
――すごい資産構成ですね。また暴落する前に利確(利益確定)しておこうとは思わない?
坂井 そもそも、僕は利確って言葉を使いたくないんですよね。皆さんはビットコインが上がっていると言いますけど、ビットコイン基準で考えればむしろ日本円とか法定通貨全般の価値が下がっているんですよ。なんなら爆下げ。
――なるほど。
坂井 だからビットコインを日本円に換えるというのは、利確ではなく、資産の構成を組み替えるだけなんです。
そもそも、資産を日本円100%にするのがリスキーですよ。金融緩和で法定通貨の価値は下がっていますし、これからも日本円の価値が大きく下がるような何かが起きるかもしれませんから。
――でも、その点に関していうと、世界中の株や債券に分散投資するのが一番合理的だと、経済学者によって証明されていませんでしたっけ?
坂井 確かに、国際分散投資は非常に優れた投資戦略です。でも、僕にとってはビットコインを買うほうが合理的。なぜなら僕はビットコインのメカニズムをある程度理解したうえで、国際分散投資以上の将来性を信じていますから。競馬にたとえると、勝ち馬を知っている人間が広く薄く馬券を買う必要はない。
――そこまで言うなら、なんだかビットコインを買ったほうがいい気がしてきました。
坂井 うーん、それは推奨しません。読者の皆さんにも、この記事を読んで仮想通貨に飛びつくのはやめてください、と強く言っておきます。興味が出た方は、ぜひその仕組みを勉強してから投資してみてほしいですね。自分が理解していないものに投資すると、価格の変動に狼狽(ろうばい)して、変な売り買いをしがちなんですよ。それで大損しちゃう。
――ちなみに、ビットコインはこれからどのくらい上がると考えていますか?
坂井 未来のことはわかりませんが、10万ドル(=約1100万円)がひとつの目安でしょうか。なお、個人的には、こんなに相場が大きく動くのは今年、来年くらいが最後ではと思っています。
――それはなぜ?
坂井 前にお話ししたように、大企業もビットコインを買い始めていますよね。世界はもうビットコインを見つけてしまったんです。だから、一番ハデに上がる時期はもう過ぎたんじゃないかな。
――まあ、とはいえまだ数百万円は上がると。
坂井 と、理屈上は思うんですが、やっぱり数十万円下がるだけでも毎回ツラいですよ。暴落すると血を吐くような思いがしますし、性格も暗くなる。今日も気がふさいでるし。最近は家族に「もう仮想通貨はやめる」と愚痴って慰められています。
――そこはどれだけ場数を踏んでも変わらないんですね。
坂井 はい。ただ、僕はそのおかしみとか、滑稽さのようなものも含めてトレードを楽しんでいるんです。暴落時に嘆いたり、その悲哀をTwitterで仮想通貨仲間たちと分かち合うのが楽しいんですよ。
われながらバカみたいだと感じるんですけど、負けているときのほうが面白いですね。価格が上がるとうれしいですが、下がったときの悲しみもまた、人生の味わい。そう考えると、仮想通貨は僕の人生に陰影を与えてくれています。
――トレードジャンキーの極致とも、深い人生訓とも取れるお言葉をありがとうございました!
●坂井豊貴(さかい・とよたか)
1975年生まれ。慶應義塾大学経済学部教授。米ロチェスター大学で博士号(経済学)取得。著書に『暗号通貨vs.国家 ビットコインは終わらない』(SB新書)ほか。Twitter【@toyotaka_sakai】で苦悩と熱狂に満ちたトレードの日々などを発信中