「口約束なんか、あてにならないよ」と思っていたら痛い目に遭うぞ。知って得する身近な法律知識をこっそり教えよう!
■口約束でも契約は成立する!
音楽グループ・元「レペゼン地球」(現「Repezen Foxx」)のDJ社長が今、"口約束"で窮地に立たされている。
DJ社長によると、元所属会社のオーナーと「100万円で設立した会社の全株を、後からDJ社長に100万円で買い取らせてあげる」と口約束したが、結局、株を買わせてもらえず、その後、会社社長を解任されてレペゼン地球という商標が使えなくなり、解散に追い込まれたというのだ。
「なぜ、契約書をちゃんと交わさなかったのか?」とは誰もが思うところだが、一方で、そもそも「口約束にはどこまで効力があるのか?」を東京ファミリア法律事務所の塩見直子弁護士に聞いた。
「民法の大原則として、二当事者間で、ひとりが何かの申し入れの意思表示をして、もうひとりが承諾の意思を示したら、口約束でもその契約は成立します。必ずしも書面による契約の必要はありません」
――えっ、そうなんですか!?
「日本では口約束でも双方の意思表示が合致すれば、契約が成立する諾成(だくせい)主義を取っています。例えば、コンビニに行って500円のお弁当を買ったら、500円支払いますよね。これは、お弁当を500円で売買したという契約です。
でも、こうした契約にいちいち契約書を交わしていたら、日常生活が煩雑になってしまいますからね(なお、諾成主義の例外として保証契約などがあり、必ず書面を作りなさいということが民法の条文に書いてあります)」
――じゃあ、契約書は必要ないんですね。
「ただ、口約束だと『150万円で車を売ると言ったのに100万円しか払われていない』『いや、100万円で売ると言った』など争いが起きることがありますよね。そのときに契約書があれば、裁判で『車の価格は150万円で合意している』と立証できます。契約書は争いになったときにお互いの合意を立証するのに有用な道具のひとつということになります。
契約書でなくてもお互いが価格を合意したメールや録音データなどが残っていれば立証が可能なので、できるだけ文書などでやりとりを残しておくといいでしょう」
■勢いで「結婚する」と言ってしまったら?
――ここからはケース別にお聞きします。
【ケース1】お酒を飲んでいて気分が大きくなり、つけていた高級腕時計を「あげる」と渡した。その後、シラフになって「やっぱり返して」は可能でしょうか?
「基本的に酔っていても口約束の契約は有効です。ですから、一度あげてしまったものを簡単に取り戻すことはできません。
ただし、酩酊(めいてい)しているなど意思能力が欠如しているときの契約は無効になります。酩酊状態は、どのくらいお酒を飲んでいたか、ろれつが回っていたか、周りの人から見てどうだったかを総合的に判断します。もし、周りから見てもホロ酔い程度で、自分でタクシーに乗り行き先を伝えて帰っていたら、意思能力はあったと判断されるでしょうね」
【ケース2】毎月、なんらかの仕事を発注してくれるお得意さん。いつも100万円の振り込みがあるのだが、納品後に「今回は50万円でお願い」と言われてしまった。100万円の請求はできるのか?
「これは100万円と勝手に思い込んでいただけで合意があったわけではないですよね。金額の明確な合意がないのに仕事を進めて、相手が後から50万円の意思表示をした。それに応諾するかどうかという話です。応諾しない場合、自分が勘違いしたということで、契約を取り消し成果物を返してもらう(代金も請求しない)ことも考えられます」
【ケース3】マッチングアプリで出会った女のコから「結婚してくれるなら、朝まで一緒にいるよ」と誘われ、軽い気持ちで「いいよ」と言った。結婚しなくちゃいけない?
「これは『私たち婚約したでしょ』と言われているわけですよね。婚約は二者間の意思表示の合致ですが、強制履行はできません。『いいよ』と言ったから絶対に結婚しなくちゃいけないかというと、そうではありません。そもそも婚約が成立したといえるためには、結納が終わっているとか、結婚式場を予約したなど、客観的に婚約の意思を表すような言動が必要です。
例えば、高校生のカップルが『結婚しようね』『うん。絶対しよう』と約束をして、その後に結婚しなかったとしても、それで婚約破棄の慰謝料を請求できるかというと常識的な感覚ではちょっと違うなと思うでしょう。婚約破棄の慰謝料を請求するには、上記のような客観的で具体的な行為がないとダメなんです」
【ケース4】体が弱って死にそうな父から「俺が死んだ後、財産は全部、次男のおまえにあげる」と言われた。
「『私が死んだらこれをあなたにあげます』という相続分の指定は、基本的に遺言(自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言)でしなくてはならず、口頭での遺言は無効になります。
ただ、死んだ後でなくて生きている間に『あげます』ということでしたら贈与となるので、書面がなくても口頭で契約は成立します」
【ケース5】ある雑誌の編集長が「今度、君の写真を表紙にしてあげるよ」と言ったが、なかなか表紙にならない。
「契約としては成立しますが、『今度、表紙に』では時期の特定がありません。契約書があったとしても『いつか表紙に』ということになりますよね。そうすると何も請求できません。
例えば『2021年6月号の表紙にします。その代わりにこの仕事をしてください』という契約だったら、『この仕事をし、2021年6月号も発売されたのに表紙になっていない』と契約上の義務の不履行を主張できるのですが、このケースだと契約上の義務の内容がそもそもよくわかりません。
一般の人が契約書を作ると、契約上の義務の内容や支払い条件などの契約内容がきちんと書かれていないことがあります。『この品物の対価として50万円支払います』と書かれていても支払期限がいつかわかりません。
法律家だったら『期限』、現金か銀行振り込みかといった『支払いの方法』『手数料は誰が負担するのか』など細かいところまで書きます。もし、契約書を作る場合は、そうしたことに注意してください」
――最後に遺言や保証契約以外に口約束が成立しないのはどんな場合ですか?
「意思表示が、脅迫や詐欺、錯誤などに基づく場合は取り消し理由になります。それから公序良俗に反するもの。
例えば、パパ活(愛人契約)。『月に50万円で10回肉体関係を持つ契約をしたのに、今月は5回だったから、この金額は払えない』と裁判で訴えても、公序良俗に反する契約であるため、両者とも契約を履行する義務がないということで契約が無効になる可能性が高いでしょう」
口約束だからと気軽に「わかりました」と返事をしていたら、相手が会話を録音していてとんでもない損をしたということにならないように気をつけたい。