「ドンキはかなり初期から権限委譲が企業文化として根づいていました。また、『権限は与えるけど、その代わりに利益を出す』というルールが明確でした」と語る谷頭和希氏

都市論の世界では、「街の歴史や文化を破壊する悪者」として描かれてきたチェーンストア。この言説は今でも一定数の支持を集めているが、果たして本当にそうなのか。そんな問いを投げかけるのが、『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』だ。

著者は24歳の谷頭和希(たにがしら・かずき)氏。チェーンストアを若者目線でとらえ直す本書はその題材として、谷頭氏が幼少期から親しんできたドン・キホーテ(以下、ドンキ)を採用。そのすごさ、異端児ぶりをこれでもかと解説し、従来のチェーンストア観をひっくり返すことに成功している。

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――いい意味で雑多な、ドンキのような本だと感じました。ドンペンの存在意義についての話をしていたかと思えば、その流れから構造主義の話になるなど振れ幅がものすごいです。

谷頭 ありがとうございます(笑)。

――そもそも谷頭さんが「チェーンストアが文化を破壊している」というのは本当か、と疑問を持ったきっかけは?

谷頭 前提として、江戸・東京ブームみたいなのが1980年代~90年代ぐらいに起きて、その残り香が僕の子供時代にもありました。自分は東京・池袋生まれでその残り香の影響を受け、中高生のときに東京の街歩きをするようになったんです。そして街への興味を持つようになり、都市論や都市に関する文章を読むようになりました。

そのなかでチェーンストアって全然語られていないことに気づいたんですよ。「昔の東京は良かった」的な、言葉は悪いけど回顧厨(かいこちゅう)的要素が強かったんです。僕自身はそういうものも好きだけど、でもやっぱり今の街を歩いているとチェーンが目につくし、避けて通れないものという認識があって。それが動機のひとつでした。

――谷頭さんとドンキとの出会いは?

谷頭 初ドンキは本の帯にも写っている北池袋店。ここが僕のバージンドンキでした(笑)。2歳頃から住んでいた家がこのドンキから徒歩3分ぐらいの所にあったので。

――ドンキは業界内では異端児なんですよね。例えば、現場にすべてを任せる権限委譲を行なうことで、結果的に各店舗がその地域に合わせた売り場をつくることにつながっているとか。

谷頭 これは多くの人が知らないことだと思います。権限委譲は面白い概念で、トップダウンの逆なので耳障りはいい。でも、歴史をさかのぼっていくと、いろんなチェーンや百貨店が失敗してきたんです。

例えば、西武百貨店では、堤清二さんが「ショップマスター制度」という権限委譲に近いシステムを導入しようとしたけど、うまくいきませんでした。きっと堤さんがカリスマ的な人物だったから、「自由にしていい」と言われても、現場の人はそこまで自由にできなかったんだと思います。

――ではなぜ、その難しい権限委譲にドンキは成功しているのですか?

谷頭 ドンキはかなり初期から、権限委譲が企業文化として根づいていました。また、「権限は与えるけど、その代わりに利益を出す」というルールが明確でした。これは創業者の安田隆夫さんの著書に詳しく書かれていて、安田さんは「ゲームにする」と形容しています。

なぜ、そのように利益を追求する企業文化になったのかは定かではありませんが、安田さんってもともとセミプロの雀士なんですよね。だから、考え方の根底に勝負文化、賭け事文化があったんだと思います。

だからこそ、すごく育ちのいい西武の堤さんにはなかった発想ができた。ドンキ特有の「逆張り」的な発想も、麻雀の戦略に近いような気もしますしね。

――その結果、独特の陳列方法や、居抜き戦略が生まれたと。

谷頭 そもそもドンキが誕生した1989年はすでにいろいろな小売店が存在する時代でした。そういう厳しい環境を仕方ないものとして受け入れて、その裏をかいていった。

例えば、居抜き物件を積極的に活用し、コストを下げる戦略にもつながってきたし、結果的に、権限委譲が地域の需要に合わせることにもつながっています。

――現在、ファミリー向けの「MEGAドンキ」が急増していますが、今後は家族向けの形態に移行していくのでしょうか?

谷頭 僕なんかが答えていいのかわからない質問ですね(笑)。でも、やはり時代に合わせる風土は変わらないと思います。実際、昨年には東京駅の八重洲地下街に「お菓子ドンキ・お酒ドンキ」という小型店舗ができたんです。背景にあったのはコロナ禍で宅飲み、中食の需要が増えたこと。

しかも、そのなかでも嗜好(しこう)品の需要を見越して、そこに特化した新しい業態をつくった。2022年現在では、すでに千葉や埼玉にも数店舗ずつ出店しています。「MEGAドンキ」より新しい業態が、ウィズコロナという時代に合わせて誕生したんです。

だから、「今後のドンキはこうなる」という予想はできないけど、時代の変化に合わせて人々が欲しいものに特化した新しいドンキが今後も生まれていくのは間違いないでしょう。

――その結果、谷頭さんが足を運ぶドンキの数も増えていくと。

谷頭 この本の執筆時点では、100店舗ぐらいは行ってますからね。範囲でいうと北海道から長崎まで。でも海外を入れると700店舗ほどあるので......。

実はこの本を書いた後に、ドンキの広報の人に呼び出されて面談をしたんです。あわよくば目に触れてほしくないと思ってたんですけど(笑)、こちらから連絡をしたら、「話を聞きたい」と。

――どんな反応でしたか?

谷頭 すごくポジティブな面談でした(笑)。その面談で聞いたのは「海外出店を増やしている今が第二の創業と位置づけている」ということ。「次は海外のドンキを書いてください」と言われました。コロナの影響で海外の店舗にはまだ行けていないので、今後ぜひ行ってみたいです。

――ドンキと共に世界に飛び立つ谷頭さんの今後に期待です。

谷頭 でも、実は本職は高校の教員なんですよ。

――ええっ!?

谷頭 現在、大学院2年なんですけど、今年4月から私立高校で働き始めます。就職前に「ドンキ本が出ますが大丈夫ですか?」と聞きましたからね(笑)。今後も執筆活動は続けていくつもりです!

●谷頭和希(たにがしら・かずき)
1997年生まれ、東京都出身。ライター。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。『デイリーポータルZ』、『オモコロ』、『サンポー』などのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第3期」に参加し『ドン.キホーテ論』で宇川直宏賞を受賞。本書が初の著書

■『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』
集英社新書 924円(税込)
都市論では「街の歴史や文化を破壊する存在」として扱われてきたチェーンストア。しかし、現在、われわれの生活に欠かせない場所になっており、また地域色も存在している。例えば、ドン・キホーテは今や街に合わせて商品はもちろん、内装、外観、ドンペンの格好まで変えている。そこから見いだせるのは、日本の都市の今であり、また未来の可能性だ。本書は、弱冠24歳の著者が送り出す、新世代チェーンストア都市論をつづった一冊

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