値上げのニュースが絶えない今日(こんにち)だが、この価格高騰は日本だけではなく、世界中で起きている。なので真っ先に物価が上がった"アメリカ先輩"に生活がどう変わったかを聞いて備えようと思ったのだが、え、なんかけっこう平気そう......? 世界中みーんな等しく苦しいんじゃなかったの!?
■米国はここ20年間景気がいい!
値上げのニュースが後を絶たない。今のところ生活への影響はさほど大きくないが、インフレが続けば苦しくなるのは明白だ。ウクライナ情勢が落ち着けばマシになるのか。
「時期的にロシア侵攻がトリガーとなって値上がりが始まったと認識している人が多いかもしれませんが、実際には去年あたりから世界的に物価上昇が進んでおり、それがロシア侵攻でさらに激しくなっている状況です。特に、米国ではすでにかなり激しい値上がりが起きています」
そう話すのは経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏。実際に、米国の大都市に暮らす人々に値上がりを感じるか聞いてみると、
「去年までは外でランチを食べてもせいぜい10ドル(約1300円)程度だったのに、今では毎日15ドル(約1900円)くらい。チップを入れると20ドル(約2500円)になることも」(LA在住、ジェームズさん、50代男性)
「通販でよく頼む9ドル(約1100円)のスナック菓子が、27ドル(約3400円)になっていてビックリ! 気軽に買えなくなった」(NY在住、ピートさん、40代男性)
もちろん食品だけではない。
「一番キツいのはガソリン。インフレ前は1ガロン(約3.785L)3.5ドル(約440円)くらいだったのが、4月の時点で6.5ドル(約820円)、高いと7ドル(約880円)近くと、数ヵ月でほぼ2倍にまで高騰しました。車社会のLAでは死活問題です」(LA在住、小山さん、40代女性)
ガソリンの高騰によって、デリバリーの手数料や運送費も高騰するなど、あらゆる場面で値段がほぼ倍増。しかし生活もさぞ苦しくなっているかと思いきや......。
「毎週末のドライブを隔週に減らしたり、外食の回数も週1回程度にして自炊をメインに。お酒が好きな友人は、週に6本開けていたワインを週1本に減らしたそう。我慢すべき点は増えましたが、思ったより苦ではなく、意外といけてます。これまでいかに無駄遣いしてきたのか気づくいいきっかけになりました」(前出・小山さん)
「生活自体が苦しくなったとは感じません。毎月貯金に回せる額が少なくなったり、以前よりも娯楽に費やせる分が減ったりなどの影響はありますが。みんなそんな感じだと思いますよ」(NY在住、DDさん、40代男性)
あれ、思ってたよりも厳しくなさそう......。贅沢(ぜいたく)を減らす程度で済んでるの? 加谷氏はその理由を「米国と日本で起きているインフレが少し別物だから」だと分析する。
「まず、世界的なインフレの要因は大きく3つ。ひとつは、中国や東南アジアなど新興国の著しい経済成長。社会が豊かになると物の消費量が増えるんですよ。それによって世界的に需要過多になり、2、3年前には需要が供給を超えました。しかし、資源や食料は簡単に生産量を倍増したりはできないので、供給が追いつかず物価の上昇につながったのです。
2点目はコロナの影響。コロナ以前は地球の反対側からでも安いものを調達するのが当然でしたが、広くて複雑なサプライチェーンでは、どこか1ヵ所で感染者が出るだけで生産が滞る可能性がある。そのため、企業はサプライチェーンを縮小して、割高でも確実に届く近場の国から輸入するようになりました。
3点目は米中の対立。トランプ前大統領が中国製品に対する関税を引き上げたことで米企業は中国から安く買えず、また、中国は米国に輸出できない分、大量生産できず、双方でコストが増加。当然、他国にも影響が出て物価が高騰。これらが複合的に絡み合いインフレが起きているんです」
このインフレはどの国にも等しく降りかかっているが、米国内の高騰には米国特有の理由があると加谷氏は言う。
「大前提として米国はここ20年間、景気がいいんです。リーマン・ショックのときには少し落ち込みましたが、基本的には上り調子。その理由は量的緩和策。米国も日本もお金をバラまいて意図的にインフレを引き起こす量的緩和策という政策を行なってきました。
日本はこれがうまくいかなかったが、米国は割とうまくいった。今は金利を上げて、行きすぎたインフレを止めようとしていますが。
そのため賃金も上がり、日本の大卒初任給が20万円程度で伸び悩む一方で、米国では50万円を超えることも珍しくないくらいに成長したんです。給料が上がると消費も増えるので、物価もおのずと上がる。米国では物価が上がるより前に賃金が上がっていたんです」
その要因には米国の国民性もあった。
「米国では常に誰もが、より効率的に、より多く稼げる仕事を探しています。そのため給料が高くないと人材が確保できないんです。最近ではゴミ収集車の作業員を年収1500万円で募集しても体力的にキツいので人が集まらないとか。業績を上げるには良い人材が必要なので、給料を上げる。そして物価も上がることで業績も上がる、と。そういう好循環が生まれているのです」(加谷氏)
米国ではアルバイトの時給も急激に高くなっている。
「私が6年前に時給10ドル(約1300円)でやっていた仕事が、最近15ドル(約1890円)になったと聞きました」(NY在住、MDさん、30代女性)
時給アップはインフレによる影響だけではないようだ。
「国からのコロナ給付金のおかげでしばらく働かずに済んだことで、みんな仕事に戻りたくなくなっちゃったんです(笑)。それで人手が足りない飲食店などは仕方なく時給を上げ始めたそう。
物価は上がっているけど、マクドナルドなどのファストフード店でも時給14ドル(約1760円)くらいだし、場所によってはチップ込みで時給30ドル(約3780円)くらいもらえるので、どうにかなっているんだと思います」(アリゾナ在住、ケーンさん、30代男性)
みんな仕事に戻りたくないなんて理由で賃金って上がるものなの!? だが、前出のMDさんは昨年、子供の育児手当なども含めて合計4600ドル(約58万円)(!)のコロナ給付金が支給されたという。
「幸いコロナに影響される仕事ではなかったので、この給付金はプラスでしかなく、例年よりも経済的に余裕がありました。また、飲食店やサロンに勤務していて、コロナにより仕事を失った友人が複数名いるのですが、失業保険でむしろ通常の給料よりも多くお金がもらえたそうです」
なんだか景気のいい話ばかりだが、とはいえ経済格差が激しい米国社会、もともと生活が苦しかった人々はどうしているのか。
「コロナの影響で職を失い家計が苦しくなった上に、インフレでさらに打撃を受けた方もいます。コロナ以降、路上生活者が増え、LAの人気観光地のベニスビーチでも、明らかにホームレスの数が増えました」(前出・小山さん)
一方でこんな声も。
「NYなどは低所得者向けの支援が充実しており、収入の少ない人は食料品の手当がもらえたり、健康保険が無料だったりなど恩恵を受けています。そのため、『一番生活を切り詰めているのはいつも私たち中間層の人間だよな』と思ってしまうこともあります」(前出・MDさん)
■日本の賃金はアップする?
賃金がアップしているとはいえ、急激なインフレによって米国民の間に生活を変える動きが生まれているのは事実だ。そんなインフレが、賃金のまったく上がっていない日本に直撃したら米国よりはるかにマズいのでは?
「残念ながらそうなるでしょうね。日本人の性格的に、本当に生活が苦しいというところまで来ないと賃金は上がらないと思います」(加谷氏)
そ、そんなぁ......。
「絶望的状況には違いありません。しかし、私は必ず巻き返せると思っています。というのも、ここ10年で日本が解決しなきゃいけない課題は出そろってるんですよ。
例えばIT化。米企業は過去20年でITへの投資額を3倍以上に増やしているにもかかわらず日本は横ばい。米国がそれで結果を出しているんだから、日本も3倍以上にすればいい。また、日本で問題になっている長時間労働。これって裏返せば効率が悪いってこと。
日米の労働生産性を比較すると、米国は日本の1.5~2倍あるといわれる。つまり、同じ仕事を半分の時間でこなしているわけです。また、日本企業ではハラスメントも問題ですが、効率重視になればそんなことをする余裕はない。議論ばかりに時間をかけないで、米国のように強制的に残業をやめさせたり、男女間の賃金格差をなくしたりすればいいんですよ」
では、労働者であり消費者のわれわれができることは?
「みんなが少し高くても質のいい商品を買うようになること。日本はデフレが続いており、値段を上げない代わりに内容量を減らしたり、質を下げたりして値段を保つステルス値上げを行なってきたのです。
そのおかげで、体感でいえば物価が上がらず、賃金が変わらなくてもなんとかなっていたワケですが、それでは対応しきれなくなり、価格が上がり始めた。そういうとき、海外の企業は逆に品質を上げて値段も上げるんです。日本は世界でもまれなiPhone大国。高くてもいい物にはお金を払う精神があるはずです。
また、米国のように会社にもっと賃上げを求めたり、文句を言うべき。それは労働者の権利ですから。ここ20年間積み重ねた負の連鎖がコロナ禍やウクライナ侵攻で顕在化したなら、対抗策も地道な改革しかありません」
米国のいいとこどりが賃金アップの鍵を握るのだ!