「若い優秀なクリエイターたちにチャンスを与えることで、魅力的なオリジナル作品を生み出すという戦略を採った」と語る長谷川朋子氏 「若い優秀なクリエイターたちにチャンスを与えることで、魅力的なオリジナル作品を生み出すという戦略を採った」と語る長谷川朋子氏

今やテレビ、映画といった従来のメディアの存在を揺るがすほどの勢いを見せる動画配信サービス市場。なかでも、アメリカの動画配信大手「Netflix(ネットフリックス)」は巨額の製作費をかけたオリジナルドラマで次々とヒットを生み出し、190以上の国と地域で有料契約者数2億2000万人を擁するなど、世界をリードする存在となっている。

群雄割拠の動画配信業界でネットフリックスが急成長を実現した裏には、果たしてどんな戦略があったのか? そして、動画配信サービスの広がりが、今後エンターテインメントの世界をどのように変えてゆくのか?

『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)を上梓(じょうし)した、テレビ業界ジャーナリストの長谷川朋子さんに聞いた。

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――動画配信サービスの中でも、ここ数年、一気に存在感を増したネットフリックスですが、背景にはコロナ禍の巣ごもり需要もあるのでしょうか?

長谷川 ネットフリックスの有料契約者数が2億人を超えたのは、コロナ禍真っただ中の2020年でした。当時は各国で次々とロックダウンが行なわれていましたから、「家でエンタメ」というニーズが契約者の増加を後押ししたのは事実だと思います。

ただし、ネットフリックスをはじめとした動画配信サービス市場の急成長は、コロナ前から始まっていました。

私がネットフリックスの取材を始めたのは、14年にフランス・カンヌで行なわれた映像業界のコンテンツ見本市で聴いた同社のテッド・サランドス現CEOの講演がきっかけでした。当時はテレビ業界の衰退がささやかれ始めていた頃で、映画界も含めた業界全体の未来がどうなってゆくんだろうという空気が漂っていた時期でした。

一方で、テクノロジーの進歩、特に高画質な動画配信に欠かせないネット環境の整備は世界中で急速に進んでいましたから、ネットフリックスのようにネット配信を中心に据えた新しいビジネスモデルが広がるための基盤のようなものは、すでにあったのだと思います。

――そうしたサービスは、テレビや映画など、従来の映像メディアにとっては視聴者を奪い合うライバルであり、脅威でもあるわけですよね。

長谷川 そうですね。ですから、当初は既存の業界からの警戒感も強く、カンヌ国際映画祭のディレクターが「ネットフリックスはフランスでの映画館上映を拒否したため、出品作として認められない」と述べたり、さまざまな論争が起きました。

でも、そうした業界の事情を離れて、ひとりの視聴者の立場で考えれば、動画配信のように便利なサービスがあって、そこに魅力的なコンテンツがあれば、自然とニーズや市場が生まれてくるわけですよね。

映像エンタメ業界の中で、新参者だったネットフリックスが大きな成長を遂げた理由も、まさにこのコンテンツに対する、独自のこだわりと戦略があったからだと思います。

――具体的に、ネットフリックスのコンテンツ戦略の何が優れていたのでしょう?

長谷川 ひとつは、会員制の有料配信サービスというビジネスモデルの強みを生かして、若い新たなクリエイターを起用し、潤沢な製作費を投じることで質の良いオリジナル作品を次々と生み出したことです。

例えば、ネットフリックスのオリジナル作品として世界的なヒットとなった『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の脚本・製作総指揮を務めるダファー兄弟はそれまでほぼ無名の存在でしたが、ネットフリックスに起用され、次世代を担うクリエイターとして世界から注目されることになりました。これは韓国のサバイバルスリラー『イカゲーム』のファン・ドンヒョク監督なども同様です。

――それはある意味「チャレンジ」ですよね?

長谷川 そう思います。実は映画やテレビなど既存の映像メディアでは、そうした挑戦が難しくなっていました。例えばテレビなら視聴率、映画なら興行収入がある程度見込めないと、面白そうな企画があっても、なかなか映像化できないし、知名度や実績の乏しい若手クリエイターは起用しづらい。

逆に商業性を重視するあまり、コンテンツの中身よりもマーケティングばかりが優先されるようになり、リスクを嫌って製作費も思い切りかけられず、次世代のクリエイターが育たない......という悪循環が起きていたんですね。

一方、ネットフリックスはこうした映像コンテンツ業界の課題をよく見ていて、若い優秀なクリエイターたちにチャンスを与えることで、魅力的なオリジナル作品を生み出すという戦略を採ったのだと思います。

――「世界同時配信」という、大きなマーケットを相手にしていることも、やはりネットフリックスの強みでしょうか?

長谷川 そこも大きなポイントで、例えば日本でヒットした『全裸監督』もそうですが、ネットフリックスのオリジナル作品はまず、それぞれの国内市場で受け入れられ、支持されるコンテンツは何か?というのを、しっかりと考えるんですね。

それは一見、特定の市場を狙った「ローカルでニッチなコンテンツ」のようにも思えるのですが、今のように視聴者の好みが多様化し、彼らがSNSなどを通じてグローバルにつながる時代だと、これが「世界同時配信」によってタイムラグなしに視聴され、国内だけでなく海外でも受け入れられる可能性が生まれる。それも、これまでの映像業界にはなかった、新しい現象だと思います。

――ネットフリックスのような動画配信サービスが急速に広がり続けるなか、テレビや映画など既存の映像メディアは生き残っていけるのでしょうか?

長谷川 私はそれぞれの特性や強みを生かすことで「共存」は可能だと思います。ただし、そこであらためて問われることになるのが「コンテンツの質や魅力」ではないでしょうか? メディアの違いにかかわらず「面白いコンテンツ」があれば見たいという人は絶対にいます。

だからこそ、まずはその基本に立ち返って「本当に魅力的なコンテンツ」を生み出すことが求められますし、それを支える次世代のクリエイター育成という課題に、映像コンテンツ業界全体があらためて向き合うことが重要だと思います。

●長谷川朋子(はせがわ・ともこ)
1975年生まれ。テレビ業界ジャーナリスト、コラムニスト、放送ジャーナル社取締役。ドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。『東洋経済オンライン』や『Forbes』などで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、ATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める

■『NETFLIX 戦略と流儀』
中公新書ラクレ 902円(税込)
190以上の国と地域で有料契約者数2億2000万人を擁するなど、動画配信サービス業界でトップシェアを誇る、Netflix。今やハリウッドの勝ち組と肩を並べるほどの急成長を実現した裏に、どんな戦略があったのか? 国内外のコンテンツ流通ビジネス事情を長く取材してきた著者が、ネットフリックス躍進の秘密に迫る

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