28歳でバイトダンスを設立した創業者の張一鳴さん。昨年11月にCEOを退任した

ショート動画を縦画面で視聴するカルチャーを生み出し、世界的にメガヒットとなったアプリ、TikTok。その一方で、意外と知られていないのが、運営会社であるバイトダンス社の成り立ちだ。2012年に中国で設立され、今年10周年の超級ユニコーン企業の成り上がりストーリーを紹介です!

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■圧倒的なレコメンド力で世界を制覇!

中国のアプリストアで配信される抖音。中国以外で抖音はダウンロードできず、グローバルはすべてTikTokとなっている

配信される動画もまったくの別物となっているが、TikTokと抖音は同じアイコンを使用

2017年に世界各国での配信がスタートしたショート動画アプリ、TikTok。その爆発的なヒットは日本国内でも〝TikTok売れ〟というワードを生み出し、もはや一過性のブームから日常の定番アプリに大昇格。

その一方でほとんどトピックにならないのが、運営会社である中国企業のバイトダンスだ。しかし実は日本でもゲームやECで知られる、テンセントやアリババといった中国の超大手IT企業を凌駕(りょうが)する急成長を続けており、その評価額は30兆円を超えるレベル。さらにはグーグルやフェイスブックですら周回遅れにする技術力もあるという。

バイトダンスのシステム開発力、そしてビジネス展開の強みとは? 中国IT企業に精通するジャーナリストの高口康太さんに解説してもらいます!

――日本だと「TikTokの運営会社」という超簡単説明で終了しがちのバイトダンス。ここはどんな経緯で誕生した企業なんですか?

高口 創業者の張一鳴(チャン・イーミン)氏は技術畑の人間で、元は優秀なエンジニアです。大学時代に中国政府主催のIT技術競技会である「挑戦杯」で2位になり、卒業後に旅行検索サイトや不動産売買システムの開発、そしてマイクロソフトなどのエンジニア部門で経験を積み、2012年3月にバイトダンスを設立しました。

そして同年8月、AIがレコメンドした情報を表示するシステムを開発し、これを実装したニュースキュレーションアプリ『今日条(ジンリートウティァオ)』をローンチします。ここからバイトダンスの快進撃が始まりました。

2012年に中国でローンチしたニュースキュレーションアプリ、今日头条。日本を含む海外ではTop Buzzの名称で配信された

今日头条で軍事情報ばかり閲覧しているミリオタおじさん(週プレ本誌記者)のホーム画面には、戦車やミサイル関連記事が大量表示。さらにアプリ内ECのライブコマースを開くとガンプラだらけという、有能レコメンド。このレコメンドシステムは抖音にも実装され、中国のアプリ広告収入は常に抖音と今日头条が1位、2位を独占

――キュレーションニュースのアプリなんて、日本にも『スマートニュース』や『グノシー』とかありますよね。グーグルやフェイスブックもAIのレコメンドをやってますし、それらとの違いは?

高口 多くのキュレーションニュースアプリ、そしてグーグルやフェイスブックは、ユーザーのフォローやお気に入りに登録された情報を優先して【オススメ】のレコメンド表示を行なう、ソーシャルグラフ方式が採用されています。

一方、バイトダンスの開発したレコメンドは、ユーザーのサイト閲覧履歴はもちろん、検索履歴やECでの購入履歴などさまざまな情報から、ユーザーが興味のありそうな情報を的確に判断して表示するインタレストグラフ方式を軸に開発されました。つまり、既存のレコメンドより圧倒的にピンポイントな〝ネタ〟をユーザーに提供できるのです。

張氏は不動産売買システムの開発時に、このシステムを発案して今日条に実装しました。それにより中国ナンバーワンのキュレーションニュースアプリとなったのです。

――まず、キュレーションニュースアプリがバズったバイトダンスですが、収益は何から得るんですか?

高口 広告収入です。バイトダンスのレコメンドシステムは広告にも有効で、興味関心のある動画広告を的確にユーザーへ提供できます。それもあって今日条は、現在でも中国国内の広告収入額ベスト3にランクインしています。

――そして企業的に大きくなったバイトダンスは、次にTikTokを発表すると?

高口 はい。TikTokの中国版である『抖音(ドウイン)』を2016年にローンチします。中国にはもともと『快手(クアイショウ)』というショート動画の人気アプリや、他社の類似アプリもありました。

それを後追いする不利なローンチでしたが、バイトダンスには大きな武器がありました。なぜならバイトダンスの開発したレコメンドシステムは、動画配信者にとっても効率化されていたのです。

TikTokと同じく老若男女がキラキラ路線で歌い踊る動画がバズる抖音。一方、抖音よりも先の2011年からショート動画を始めたアプリ、快手は地方農民によるワイルドクッキングや、ご当地の方言でヒット曲を歌ったりと独自のドロくささ路線が大人気。中国ではショート動画アプリの二番手として君臨している

――具体的に言うと?

高口 例えばYouTubeなら、ユーザーがお気に入りに登録したチャンネルの動画が優先的に【オススメ】として表示されますが、このレコメンド方式だと、すでに登録者の多い配信者が動画再生数で圧倒的に有利になります。

一方の抖音は、新規の配信者の動画であっても、まず100人前後に【オススメ】表示をします。ここでユーザーのリアクションが高いとAIが判断した動画は、1000人、1万人と【オススメ】表示を拡大していくんです。AIの判断にもインタレストグラフ方式が取り入れられ、効率的に視聴者を増やしていきます。

つまり、抖音は既存の動画共有アプリに比べ、新規の動画配信者でもバズるチャンスが高い。この仕組みがユーザーに認知されたのも、抖音がヒットした理由のひとつです。

――おじさん視点だと、TikTokってキラキラでチャラいイメージだけど、技術的にはガチ!

高口 このシステムに関してバイトダンスの北京本社の幹部たちに取材しましたが、彼らはグーグルやフェイスブックのレコメンドを〝古くて雑なやり方〟と表現していました。彼らのレコメンドシステムは、ユーザーが動画を視聴したタイミングを【視聴時間帯、〇分〇〇秒まで視聴】とAIが細分化してビッグデータを構築します。

そんなシステムを構築するバイトダンスの主力エンジニアはほとんどが20代。彼らからすると、グーグルやフェイスブックですら古い企業という認識なのが、いかにも勢いのある中国ベンチャーという感じです。一般的なベンチャーなら「目指せグーグル!」ですから(笑)。

――確かに! そして、中国で圧勝した抖音は2017年にグローバル版のTikTokの配信を開始。ここではどんな勝ち戦が?

高口 実はやらかしが多かったです。ベンチャー企業ならではの勢いで海外展開を行ない、地域の風習や文化を無視した動画が乱発されて問題となったのです。例えばインドネシアでは宗教や性的な表現が問題視され、TikTokが長期間遮断されました。

――で、バイトダンスはどのような対応策を?

高口 展開する地域にローカライズさせるしかなく、現地法人のスタッフを増員することで対応しました。それもあって、2020年以降はアプリの年間ダウンロード数とアプリ視聴時間が、各地域でフェイスブックやYouTubeを超えるまでになりました。

各国で炎上しつつも、鎮火させる能力も高く、どこの国でも〝中国企業〟という部分を微妙にボヤかしてビジネス展開するのも特徴です。

――逆に中国仕様からローカライズしなかった部分は?

高口 バイトダンスが開発したレコメンドシステム、そして動画配信者による広告展開である、〝案件〟に関するシステムです。

――案件における、バイトダンスならではの部分とは?

高口 YouTubeなどの案件は、配信者個人や所属する事務所に企業や広告代理店がオファーをして成立します。これは動画の再生数に応じた金額がYouTube側に入りますが、それ以外はありません。

一方、TikTokの案件は、すべてバイトダンスを通すシステムになっています。つまり、広告代理店的な業務も兼ねており、収益の取りこぼしがありません。

――もはやレコメンドの技術力だけの企業じゃないじゃん! そんなバイトダンスに弱点はあるの?

高口 自社で開発したレコメンドシステムです。

――ウソでしょ!

高口 バイトダンスの設立10周年となる今年3月、中国でAIによるレコメンドを規制する「アルゴリズムレコメンド規制法」が施行されました。まだ具体的な動きはありませんが、レコメンドの権化であるバイトダンスが政府の規制対象となる可能性は高い。

――中国で規制されても、TikTokで海外展開をやっているから安泰なのでは?

高口 中国はIT先進国であり、それに対する法整備も他国より迅速です。そして世界的にも「過剰なレコメンドは情報操作だ!」「レコメンドのアルゴリズムを公開すべき」という意見は強くなっており、中国以外でもレコメンド規制に動く可能性は高い。実はこれからがバイトダンスの正念場なのです。

――技術力もビジネス力も優秀すぎるバイトダンス。その最大の敵は世界的な問題になりつつある、アルゴリズム規制だけかと!

一般的な方法では日本国内のiOSやAndroid端末で抖音のアプリをインストールすることはできないが、PCのブラウザなら【https://www.douyin.com/】から視聴可能最近は日本人のインフルエンサーも登場