■精密部品、日本酒、中古買い取り......
超円安時代が到来し暗い話題ばかりだけど、円安って悪いことばかりじゃないんじゃないの? だって、昔の円安の時代はまさにバブルを引き起こしたワケだし、海外に輸出しまくれる製造業はウハウハなんじゃ? 経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏によると、それは大きな勘違いだという。
「『円安だと製造業が儲かる』というのは幻想です。かつて1ドル=360円だった時代から1ドル=240円、そして120円、と、徐々に円の価値が上がっていきました。
普通に考えれば、1ドルの製品がひとつ売れれば240円得られたのに120円しか得られなくなる。そうなれば売り上げは半減するはずですよね。でも、日本の輸出額は上がり続けたんですよ。
つまり、『円安=輸出業にプラス』、『円高=輸出業にマイナス』という相関関係は一切ないんです。輸出で製造業が振るわなくなってきたというのは、ストレートに言ってしまえば、日本の競争力、品質が低下しているってことなんです」
では、円安でメリットが得られている業界はないということ?
「いえ、伸びている商品・サービスは大きく分けてふたつあります。ひとつは、『安さが主な差別化要因になっているもの』。
例えば、岡山県にある、プラスチックや金属の精密な部品を大手産業機器メーカーに卸す御津(みつ)電子株式会社。こういった業態は本来であれば利益を出すのは難しいんですが、細かな部品は価格が差別化要因になるんです。できるだけ安いものを仕入れよう、と。
実際、この会社は円安によって、海外からの注文が相当増えているそう。私の試算上、1ドル=150円を超えると中国で製造するより日本で製造するほうが安くなります。
事実、100円ショップでも日本製の製品が増えてきていますし、そういった『安いから買われるもの』を作っている業種は円安が追い風になっています」
では、ふたつ目は?
「もうひとつは『完全に日本国内で作れるもの』。先ほど申し上げた部品の製造は、プラスチックや金属などの原料を輸入しています。となると、円安によって仕入れコストが上がってしまうんです。逆に、海外からの仕入れがまったくなく完全に国内で作れるサービスは、円が安くなった分、売り上げも利益も増えます。
ブランド日本酒・獺祭(だっさい)を製造している山口県の旭酒造はそのいい例です。原油価格高騰の波は少なからず受けているとは思いますが、主な原料はお米ですよね。そのため製造コストは上がりません。
しかも、獺祭は海外ブランディングに成功しており、日本食ブームと相まって輸出量を伸ばしているため、円安の影響で2021年の売り上げは過去最高額の141億円を計上しました。
また、この会社は21万円だった大卒の初任給を30万円に上げたり、5年以内に平均基本給を2倍にすると宣言している。そういった国内で作って海外に販売している業態は儲かっています」
インバウンドアナリストの宮本大氏も海外輸出に軸を置く企業に注目している。
「中古のブランド品を買い取り・販売しているコメ兵(ひょう)。今でも、日本で査定されたというのは海外において信頼度が高く、また、日本の中古品はほとんどキレイなままで保存されている品が多いため、他国への販売が伸びています。ここのところ株価もしっかり上がっています」
■ドル支払いのプラットフォーム
ほかにも「ドル支払い」の業種は円安の恩恵を受けているという。例えば、海外プラットフォームを使った動画配信など。実際に配信を行なっている、やみえん氏はこう話す。
「配信の際、YouTubeとTwitchをメインプラットフォームにしているのですが、どちらもドルを基準に報酬額が決まり、円に換算した上で支払いが行なわれているため、1再生数に対しての広告収入が以前より多いなと感じます」
また、インディーゲーム界隈(かいわい)にも追い風のようだ。インディーゲームを開発・販売しているA氏はこう話す。
「基本的に、Steamなど米企業のプラットフォーム上で販売しているため、売上金は毎月1回ドルで支払われます。そのため、日本円で購入されても、支払いまでの間に円安になっていれば、その分日本円として振り込まれる額は増加します。
例えば、1000円で購入されたときに1ドル=100円だった場合、売掛金は10ドルになりますが、その後、支払いのタイミングで1ドル=120円になっていた場合、1200円振り込まれます。
また、売り上げの15%ほどは海外での販売が占めていますが、ここに関しては日本円を介さず支払い時の為替レートで支払われるため、円安になればその分、振り込まれる額も上がります」
■インバウンドが日本経済を救う?
ここまでは現在起きている円安の影響を見てきたが、ここからさらに大きな影響を受ける業界がある。インバウンドだ。前出の宮本氏は、その影響は計り知れないと話す。
「アベノミクスが始まった2013年頃から円安が進み、そこからコロナ前の19年まで訪日外国人数は右肩上がりに増えていたんです。15年には『爆買い』が流行語大賞になったり、政府の目標(20年にインバウンド数4000万人)に迫る3000万人を18年に突破したり、観光立国として伸びている最中でした。
例えば中国人観光客が爆買いをしていた15年頃は1ドル120円前後。それが今や145円くらいになってきていて、ここからさらにどうなるかわからない。そんな状態でコロナが明けたら、インバウンド数がどのくらい伸びるのか想像もつきません」
実際に日本は水際対策緩和に向けて動き出している。
「6月10日から団体ツアー客が受け入れられるようになりました。そして9月7日からは入国者数の上限を一日2万人から5万人に引き上げ、添乗員なしのパッケージツアーの受け入れを始めました。
現在、入国者数の上限撤廃、個人旅行解禁、ビザ免除などの大幅な水際緩和措置を政府が検討していると報じられています。この背景には急激に進んだ円安があるのでしょう。このスピード感にはインバウンド業界も驚いています」
そして宮本氏は特に買い物面での好影響を予想する。
「インバウンドのお金の動き方は主に3つ。宿泊、食事、買い物。ただ、過去のデータを見ると、宿のグレードは為替の影響をあまり受けないんです。安いからグレードを上げるって動きはあまりされない。また、食事も日本はもうすでにかなり安いんですよ。
よく観光客の方に高級すしの相場を聞かれ、ひとり3万円くらいだと答えると『そんな安くて大丈夫なの?』と逆に心配されたりします。米ニューヨークでは安いすしでも700~800ドルしますから。そういった高級すしも毎日食べるワケでもないですし。
また、宿や食事は観光客ひとりにつきひとり分しか消費されません。一方で、買い物代は違います。お土産として何人分も買っていかれる方が多いので、安さを理由に大量に買われると思います」
買い物の中でも今後注目すべきは「モノ」消費よりも「コト」消費だ。
「私が特に注目しているのはキャンプ。コロナ禍で伸びたキャンプ需要によって、各所で設備が整っています。欧米などには四季がありますが、東南アジアからの観光客は日本の四季を楽しみに来るんです。四季も立派な日本の観光資源。温泉などと同様に海外から人気を博すのではないでしょうか」
■適正価格に値上げ、世界で戦える品質に
とはいえ、円安は日本全体の経済力の衰退を意味していることに変わりはない。今後、限られた業種だけではなく、国全体が恩恵を受けるにはどうすればよいのだろうか。
「インバウンド需要が高まっているからといって『安いから日本へ!』と安さで誘致するのには賛成できません。まず、きちんとドルベースで換算して、適正な価格設定をすべき。しっかりと値上げすることが重要だと思います。
日本人の購買力も下がっている中で、海外の観光客が買うことで日本の経済にいい波及効果が起きるはず。2019年の訪日外国人旅行消費額は4兆8000億円だったんですけど、それは彼らが直接使っている額で、そこから波及する経済効果ってもっとあるんですよね。
インバウンドが日本経済の起爆剤となり、各所に好影響を及ぼす可能性は十分にあると思います」(宮本氏)
前出の加谷氏は競争力の向上が必須だと話す。
「好景気の国は為替が上がっていくものなんです。輸出には不利になりますが、競争力のある国っていうのは通貨が高くなっても買われて、また通貨が高くなる、という繰り返しになるんです。日本は完全に逆方向。
つまり、競争力が落ちているということなんです。安く売るっていうのは安く買われるということ。安さで差別化を図るのは一時的にしのぐ方法であって、根本的な解決にはなりません。
じゃあ日本はどうしたらいいか。やはり値段ではなく品質で勝負すべき。最近家電でも中国製が増えてきましたが、買われている理由は安いからじゃないです。質がいいんですよ。獺祭やレクサスは安いから売れているんじゃない。
高いレベルの商品を生み出しているから利益をしっかり上げているんです。日本に求められているのは海外製品と並ぶ品質。それがゆくゆくは円安を脱する鍵となるでしょう」
超円安時代。値上げを悲観している場合じゃなさそうだ。