2年以上続いたコロナ禍で、海外旅行は以前と比べて格段に縁遠い存在となってしまった。その一方で、話題となっているのが海外への「出稼ぎ」だ。このところの円安の影響もあり、同じ職業でも収入が2倍以上になることもザラだという。こうした状況は今後も続くのか。経営戦略コンサルタントの鈴木貴博氏が説く。
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経済の常識が変わり始めた。未来予測の専門家として私は「日本の途上国化」が始まっていると考えている。実際、多くの若者の職場では残業が多いうえに、給料は最低賃金レベルで年収200万円しか手にはいらない。日本に住んでいる限りこの構造はこれから先、悪くなることはあれど変わることはないだろう。
そんな若者が海外に出稼ぎに出かけたら人生が逆転するほどの給料をもらえるようになったと話題になっている。その仕事は「美容師」と「寿司職人」。
このふたつの職業が狙い目なのだが、「なぜそのふたつなのか?」「このチャンスはこれから先も長く続くのか?」について、経済的な観点から解説したい。
日本人の出稼ぎがチャンスになった背景にあるのは急激な円安と、海外の人件費高騰だ。
例えば、アメリカのカルフォルニア州の最低賃金は15ドル、日本円にしたら約2100円と日本の倍以上だ。しかも好業績の企業の時給は、最低賃金よりずっと高い。アマゾンの倉庫勤務の時給は19ドル(約2660円)だし、マクドナルドの最低賃金は22ドル(約3080円)だから、日本で働くのがバカバカしくなる水準だ。
日本で働くのがバカバカしいのは外国人も同じで、これまで日本を目指していた出稼ぎ外国人が、最近は日本ではない他の国を選ぶようになってきた。もう円で給料をもらうのは世界的には時代遅れなのだ。
ただ、日本人が海外で働くためにはビザが必要だ。特別な技術がないとなかなかビザの申請は下りない。話題の美容師と寿司職人はどちらも専門的な技術が必要なため、日本人でも海外の就業ビザを取得しやすい。そのうえで、このふたつの仕事は海外ではかなり待遇がいい。
美容師の場合は、日本で最低賃金すれすれで働いていた人が、海外へ出稼ぎに出たとたん急にまともな給料になったという。オーストラリアの美容師の時給は25豪ドル(約2300円)で、フルタイムの勤務なら月給は40万円近くなる。
もちろん物価も高いのだけど、シドニーに渡ってシェアハウスで生活するようになったら、急に人間的な生活が楽しめるようになったという美容師の証言もあるのだ。
確かに日本人は手先が器用だということで、海外では日本人美容師の人気は高い。ただ、美容師の出稼ぎはどこの国でも良いというわけではなさそうだ。先進国でかつ理美容に高いお金を払うのが当然だという国に行かないとダメだという。
その観点から見ると、美容師の給料が高いのはシンガポール、ビザが取りやすくて給料がそこそこ高いのがオーストラリア、というのが業界の評判らしい。
一方で、世界のどこの国に行っても需要があって、どこでも給料が高いと評判なのが寿司職人だ。
日本だと寿司屋に弟子入りして最初の3年間、寿司を握らせてもらえなかったという話もあるが、日本の寿司スクールを卒業して海外のお店に勤務すれば、初日から寿司を握らせてもらえるという。
狙うとしたらアメリカの大都市で、ハイクラスの寿司店になんとか入り込むのがよいだろう。理由はチップの額が違うからだ。それを踏まえると、アメリカに出稼ぎに出た寿司職人の場合、月収50~60万円の寿司職人はザラで、月収100万円超えも現実的なのだ。
このような「日本人が出稼ぎの方が稼げる」という状況は永続的なのだろうか?
日本経済が長期的に途上国化していく未来では、ゆっくり為替は円安方向に進む。しかし、短期的には為替は水物で、いつまた円高がやってくるかはわからない。だから単に時給が高いだけではなく、その仕事の価値が急速に高まっているという、もうひとつの条件を重視したほうがいいかもしれない。
その前提であれば、永続的に日本人が高給の出稼ぎを狙える仕事は、寿司職人一択かもしれない。アジアの巨大マーケットでは寿司人気が非常に高いにもかかわらず、技術をもった日本人寿司職人が希少なので、他の飲食業やサービス業とは格段に違う待遇が狙えるのだ。
日本でくすぶっている若者はとても多い。国立大学の大学院で博士号と取得しても仕事がない国が今の日本だ。だったら、大学院に進むこと自体が間違っている。大学を卒業したのにいい仕事がないとぼやくのなら、若者よ、寿司スクールに進め!
●鈴木貴博
経営戦略コンサルタント、百年コンサルティング株式会社代表。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年に独立。未来予測を専門とするフューチャリストとしても活動。近著に『日本経済 復活の書 ―2040年、世界一になる未来を予言する』 (PHPビジネス新書)