昨年末、金融緩和の縮小を電撃発表した日銀の黒田東彦総裁。4月の任期満了を前にした突然の方針転換に市場は大混乱となった昨年末、金融緩和の縮小を電撃発表した日銀の黒田東彦総裁。4月の任期満了を前にした突然の方針転換に市場は大混乱となった

世界で起きているインフレの波がついに日本にも到達した昨年。今年はその傾向がますます強まるかと思ったら、海外のインフレとは違い、なんと日本はデフレに逆戻りする可能性があるという。いったいなぜ?

■日本のインフレは「悪いインフレ」

長年続いたデフレから一転、急激なインフレに直面した2022年の日本経済。賃金が上がらない中、相次ぐ値上げが庶民の生活を直撃。アベノミクスで異次元の金融緩和を続けてきた日銀も、今年4月の総裁交代を前に実質的な利上げへと動き出した。

そんな中、「23年の日本経済は再びデフレに突入する可能性がある」と指摘するのが、経済アナリストの森永康平(もりなが・こうへい)氏だ。欧米諸国を中心に多くの国が深刻なインフレに悩まされている今、なぜ日本だけがデフレに逆戻りするのか?

「最初に言葉の定義を確認しておくと、インフレは継続的にモノの値段が上がることで、デフレはその逆ですから、物価上昇が続いている今の日本がインフレの状態にあるのは事実です。

ただし、インフレには『良いインフレ』と『悪いインフレ』があり、日本で起きているのはコロナやウクライナ危機による世界的なエネルギーや食料価格の高騰という外的要因と、円安という為替要因によるコストの上昇が物価を押し上げている『悪いインフレ』です。

日銀は金融緩和で2%の物価上昇を目指してきましたが、それは国内需要の高まりや賃金の上昇を伴う『良いインフレ』であり、現在のインフレとはまったく違うという点を理解する必要があります。

実際、消費者物価指数(22年10月分)の中でも生活実感に近いといわれる『持ち家の帰属家賃を除く総合』という指標を見ると前年同月比で4.4%増ですから、確かに物価は上がっています。しかし、これを『食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合』で見ると、物価上昇は1.5%程度なのです。

また、四半期ベース(22年7~9月期)で見ても、消費者物価指数が前期比でプラス1.5%なのに対して、GDPに計上されるすべての財・サービスを含むGDPデフレーターという指数はマイナス0.3%と、デフレの傾向を示している。

要するに、国内需要がそんなに強くない状況で、原材料や食料の値段が上がり、そこに円安の為替要因も加わって今のインフレが起きているだけっていうのが、僕の考え方なんですね」

なるほど。ただ仮に、今のインフレが国内需要の高まりを伴わない「悪いインフレ」だとしても、国際的なエネルギー価格や食料価格が簡単に下落するとは思えない。ならば、今年も「悪いインフレ」がさらに悪化するのでは? 森永氏が続ける。

「世界的に見たらインフレは長引くとは思っています。日本も世界の一部ですからその影響を受けるわけですが、日本が欧米諸国と違うのは、賃金がほとんど上がっていないという点で、実際、足元で見ても実質賃金は7ヵ月連続のマイナスで、物価の上昇に追いついていません。

じゃあ、その状態で企業が値上げに踏み切れるかというと、この先もどんどん物価が上がり続ければ、消費者はどこかでモノを買わなくなったり買い控えをします。消費自体が冷え込んでしまう。

来年以降も、国内企業が値上げを継続できるかといえば、難しいでしょう。逆に『今、安売りすれば売れるのでは?』と考える企業が出てくる可能性は高いと思います」

原材料価格が上がっているのに商品の値下げをする場合、企業が利益率を維持するには人件費を削るか、設備投資をやめるしかない。そうすると、ますます賃金は上がらず、将来の成長につながる芽も摘まれてしまうことになる。

「世界的にはインフレが続くのに、日本だけは構造的なデフレスパイラルに突っ込んでいって、実際にモノの値段が下がるかどうかはともかく、あまり物価が上がらないまま日本経済の体力だけが奪われてゆくという最悪のシナリオです」

■「金融緩和の継続」と「減税」を今やるべき

それでは"日本だけデフレ再突入"という最悪の事態を避けるために何をすればいいのか? 森永氏が考える処方箋は、ズバリ「金融緩和の継続」と「減税」だ。

「やるべきことは明確で、景気が悪いんだから日銀は金融緩和を継続して、政府は積極的に財政を出すことが大事です。減税も財政出動のひとつですから、シンプルに減税すればいいんです。

そもそも、今の日本のインフレは需要の高まりによるものではないのだから『インフレは中央銀行の利上げで抑え込む』という従来正しいとされてきた対応をしても効果は薄いでしょう。

一方、仮に賃金が上がらなくても、消費税を5%減税すればわれわれ消費者にとって給料が5%上がる、あるいは物価が5%下がるのと実質的に同じ意味があるため、消費を押し上げます。

ところが、日本の政府や中央銀行はというと、岸田文雄首相は増税しか言わなくなり、日銀も『インフレだから利上げしろ』という世論が形成される中、次期総裁が緩和の縮小に動き出してもおかしくない」

つまり、本当にやるべきことと、実際に起きていることが逆になっている状況で、このままなら今年の日本経済の見通しは非常に暗いと森永氏は警鐘を鳴らす。

「唯一、希望があるとすれば、今やるべきことがシンプルで明確だという点で、そのことに多くの人たちが気づくことで世論の流れを大きく変えることができれば、政府や日銀の誤った方針を改めさせることができるかもしれない。

そのためにも、まず今の日本が直面しているインフレの正体を、正しく理解することが大事だと思いますね」