環境負荷などの観点から注目されている昆虫食(写真はコオロギパウダー入り玄米スナック)。今の社会を維持するのに、この流れは本当に有用か? もう少し幅広い議論があってもいいのでは 環境負荷などの観点から注目されている昆虫食(写真はコオロギパウダー入り玄米スナック)。今の社会を維持するのに、この流れは本当に有用か? もう少し幅広い議論があってもいいのでは
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「昆虫食」について。

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「コオロギ食など昆虫食はほとんど意味がないと思います」とテレビ番組でコメントしたらちょっとした騒ぎになった。コオロギ食を紹介する企画をほぼ否定しただけではなく、スタジオの雰囲気を壊したからだ。スタジオはかなり過熱してしまった。

私は芸能人ではなく、心も強くないのでエゴサーチなるものができない。ただその日以降、仕事で会う人たちから「切り抜き動画を見ました」といわれ、当連載をご担当いただいている編集の星野晋平さんからも「話題ですね」とメールが来た。

週末にライブハウスに行ったら、メロディックデスメタルバンド・THOUSAND EYESのボーカルDOUGENさんから突然に手を差し出され、「コオロギの握手です」と言われた。

もっとも私たちは自由主義社会にいる。コオロギ食を研究したい人はすればいいし、誰も止める権利はない。反対者にコオロギ食の凄さを見せつければいい。その上で、環境負荷や食料安全保障などの観点から考える私の意見は次の通りだ。

【1】そもそも日本はフードロスが多く、年間522万tといわれる。東京ドーム4杯分ほどだ。私は仕事で食品流通の方々とかかわりがあったが、加工食品は次々に返品されたり廃棄されたりしていく。

賞味期限が迫れば小売店は置いてくれず、期限の大部分が残っていなければ納品もできない。業界は期限の延長に力を入れているが、それでもかなりの量が捨てられ、廃棄にもエネルギーを要している。

さらに流通の上流である農家の段階でも、せっかく出荷間近の食料を価格暴落などの理由で捨てる様子がニュースになることがある。下流の家庭でも食べ残しや作りすぎで捨てる量は少なくない。

【2】コオロギなど食用昆虫は養殖時に飼料として穀物などが使用される。食料危機時にはそれらが輸入できない状況に陥るのではないだろうか。廃棄済み食品等でも養殖できるのかもしれないが、まずは廃棄を減らしたり、あるいは同じく廃棄済み食品で養殖できるほかのたんぱく源と比較したりするほうが先だろう。

よく1㎏生産するのに必要な飼料の量は牛や豚や鳥や魚よりコオロギが優位だといわれるが、そもそもコオロギなどの虫を、牛や豚や鳥や魚と同じようなレベルで大量生産し、コスト削減を図るのは可能だろうか。コスト的に見合わないのでは。

【3】批判や異論があるのは承知しているが、遺伝子組換えやゲノム編集で新たな商品を作るほうが、私は可能性があると思っている。

たとえばゲノム編集のトマトやマダイなど、栄養素や可食部分を増やした事例がある。遺伝子組換え食品は理屈を超えて食べたくない人もいるだろうから無理強いはできないが、コオロギと比べてどうだろうか。

私は、ほんとうに食料危機になったら日本人はコメを食ってしのぐしかないと考えている。そしてそれ以前に、そもそも日本においてはあまり過剰に食料危機を煽(あお)るべきではない、という立場でもある。

冷静に考えたい。イデオロギーから反対するのは馬鹿げている。私の理屈が間違っていたら教えてほしい。素直に考えを修正したい。

そうそう、話をテレビ番組のスタジオに戻す。白熱したゆえに、「虫ゆえに無視はしませんがねえ。わはっは」というギャグを言い忘れた。

●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。最新刊『調達・購買の教科書 第2版』(日刊工業新聞社)が発売中!

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