「相続と生前贈与のどちらも締めつける税制が敷かれているため、この『負動産問題』には出口がないのが実情なんです」と語る牧野知弘氏 「相続と生前贈与のどちらも締めつける税制が敷かれているため、この『負動産問題』には出口がないのが実情なんです」と語る牧野知弘氏

遺産相続といえば何やらリッチな気配が漂うが、それも今は昔。地方や郊外の実家、使わなくなった別荘、シャッター通りの商店など、親が残した「いらない不動産」には、相続税より恐ろしい負担が待っている。

新刊『負動産地獄 その相続は重荷です』で、そのからくりの全容を明かす不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏に、これからの時代に押さえておくべき不動産相続の心構えを聞いた。

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――「負動産」という言葉を目にする機会が増えています。

牧野 昔から親が残した財産を巡り、「相続」ならぬ「争族」になるケースは珍しくありませんでした。こうした問題は長らく、一定の資産を持つ富裕層特有のものでしたが、最近は様相が異なり、普通のサラリーマン家庭が相続問題に悩むケースが増えています。

両親が亡くなり、実家に帰属していた土地や家屋、マンションなどを、不要なのに相続しなければならない事例が頻発しているからです。

実家の相続にあたっては、相続税がかかる、かからないとは関係なく、相続した家の維持費がかかるようになります。すでに住居を所有している子供世代からすれば、実家の不動産は不要なため売却を考えるわけですが、地方や郊外の不動産に需要はなく、売るに売れない事態が待っている。これを「負動産」と呼んでいます。

――この問題に着目したきっかけは?

牧野 2014年に『空き家問題』という本を書いたときから、遠からずこういう時代が来ると想定していました。空き家問題とは、地方から都会へ出た人が、両親の死後も地元へ戻らないケースが多く、地方に空き家が増えていく現象です。

また高度成長期以降、大都市圏の郊外には次々とニュータウンが造られ、そろそろ相続が始まります。しかし、子供は都心のマンション住まいというケースも多い。空き家問題が地方だけの問題で済まなくなっています。

何しろ東京都の空き家率は、2018年時点ですでに10.6%、戸数にして約81万戸に達しています。そのおよそ半数が個人宅ですから、一般的な家庭にとっても決して縁遠い問題ではないことがよくわかります。

高度成長期の頃に建てられたマンションには築60年を超えるものもあり、老朽化しています。これが青山や麻布に立っているマンションなら"ビンテージ"の価値もつくかもしれませんが、その多くは大規模修繕すらままならないのが実情なのです。

――マンションの建て替えは、現実的ではないですか?

牧野 例えば、住民の5分の4以上の賛成があれば建て替えられますとか、4分の3以上で大規模修繕ができます、といったルールを設けるのは簡単です。しかし、いくら管理組合で決議したところで、もし寝たきりの老人が住んでいたら、無理やり引きずり出すことは誰にもできません。こういう問題は決してルールどおりにいかないのです。

一戸建ての場合は、土地も残るのでまだ売りやすいですが、やはり場所によっては需要が少なく、農地や駐車場などに転用できる環境でなければ、負動産化は避けられないでしょう。

――その先には、どんな未来が待っているのでしょう。

牧野 マンションの場合でいえば、そこで暮らしていた住民が亡くなった後、管理費や修繕積立金の負担が発生することを嫌い、相続人が名乗り出ないケースが頻発することが予想されます。そして、そういう住戸が増えて管理費の滞納が重なれば、そのうち管理会社も撤退してしまい、環境がどんどん悪化して資産価値が激減します。

そうなると、不法滞在の外国人が大勢押し込められて暮らすような住戸が増えたり、都内のマンションであってもスラム化することが起こりえると思います。

――なぜ日本はこんなことになってしまったのでしょう。

牧野 私が以前から指摘しているのは、まず世界最高水準レベルに高い相続税が問題で、これでは不動産の継承が進まないのは当然といえます。そしてさらに問題なのは、この国は贈与税もまた、世界最高水準レベルであることです。つまり、相続と生前贈与のどちらも締めつける税制が敷かれているため、この問題には出口がないのが実情なんです。

――うーん。現状で考えられる対策はなんでしょうか?

牧野 ひとつは、マンションは永住資産には不向きであると知っておくことでしょう。前述のスラム化問題にしても、自分だけが修繕費を払い続ければ解決するものではないですから、理想は賃貸です。それでも購入したいのであれば、数年住んで売れるうちに売ってしまうしかありません。

――いっそ、相続を放棄するというのはいかがですか!?

牧野 これについては皆さん誤解しがちですが、不動産資産だけを放棄することはできないんですよ。そのほかの現金や金融資産なども放棄しなければならないですし、不動産の場合は次の管理者が決まるまで、相続義務が発生することも覚えておいたほうがいいでしょう。

――八方塞(ふさ)がりですね。

牧野 今回の本でも触れていますが、この問題は根が深くて、お金をあまり使わない高齢者層に資産が残ってしまうことが、結果的に国力の衰退にもつながっています。それなら、趣味や子育てにお金を使う若い世代に資産を回すべきで、そうなれば景気も賃金問題も好転するのではないかと私は考えています。

例えば、いっそのこと相続税を100%にして、相続が発生したらすべての財産は国庫に帰属するよう改めるほうが、国民の負担が少なくなってポジティブでしょう。その代わりに一定額までの贈与をフリーにすれば、いやが応でも生前贈与が進むはず。

贈与税がフリーなら、もしも両親が子に財産を譲ったことで生活に困ってしまうような場合でも、また親にお金を戻すことも可能ですからね。

――それしか打つ手はなさそうですね。

牧野 ところが、今のところ政治家は税金を搾り取ることにばかり頭がいっていて、そうした発想は皆無のようです。

実際にアメリカなどは配偶者や50歳未満の子供への相続をフリーにして、財産移転を促す仕組みができています。このままではただただ社会が崩壊するのを待つばかりですから、日本もそのくらいドラスティックに、資産の流動化に向けて動き出さなければならないでしょう。

●牧野知弘(まきの・ともひろ)
不動産事業プロデューサー。経済・社会問題評論家。オラガ総研代表取締役。東京大学経済学部卒。第一勧業銀行(現・みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、三井不動産に勤務。その後、日本コマーシャル投資法人執行役員としてJ-REIT(不動産投資信託)市場上場を経験後、2009年に独立。現在は、不動産などのアドバイザリー業務のほか、不動産事業プロデューサーとして企画立案、市場調査、講演活動を展開。『ここまで変わる! 家の買い方、街の選び方』(祥伝社新書)、『不動産の未来 マイホーム大転換時代に備えよ』(朝日新書)など著書多数

■『負動産地獄 その相続は重荷です』
文春新書 1045円(税込)
団塊世代が後期高齢者に差しかかり、超高齢化社会と深刻な人口減少に苛まれる日本では、親が残した「いらない不動産」に悩まされる新たな相続問題が多発している――。誰も住む予定がなく、借り手も買い手も現れない「負動産」を前に、団塊ジュニア以降の世代はどう対応すべきなのか? 不動産のプロが対策をレクチャーする