あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「百貨店の外商」について。
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「外商に任せっきりだから」。数年前、そう聞いたときの衝撃は忘れられない。テレビで芸能人とご一緒した際、買い物についての雑談時に出た言葉だ。
「が、外商?」。私は外商なんて絶滅危惧種の類いで、富裕層だけが対象だと思っていた。もちろん芸能人も富裕層だろうが、桁が二つほど違うのではと。「アートなども買いましたよ」。アート? 想像と違う。
その後、私は本業で中小企業に関わり「一日の飲み代が20万円」なる社長と懇意になった。この社長も外商に世話になっているようで、海外旅行に無料招待され観光とショーを楽しんだといっていた。
「ぬぬ。海外旅行?」。私はてっきり顧客の自宅に宝石などのアタッシュケースを持ち込み「でへへ、どれもお似合いですよ」と言う外商の姿を想像していた。もっとも旅行の最後には高級腕時計が披露され、買わないと旅行を終われないようなプレッシャーを受けるらしかったが(笑)。
そこで、百貨店の全売上高に占める外商比率を調べてみよう。どの百貨店も正式には公表していないが、おおむね20~30%のようだ。意外なほど多い。
しかも苦境の百貨店において、外商比率は伸びている。先日、閉館した百貨店の外商部員が「大きな財産を失った」と嘆く記事を読んだが、それもわかる気がした。
ある百貨店では一人の外商顧客が年150万円ほどお金を使う。内容はブランド物などラグジュアリー関連、高級腕時計、アートと続く。マジでアートなのかよ。さらにクルーザーやプライベートジェットなどでの特別な旅行に誘うケースも多い。
では、どのようにすれば外商の顧客になれるのだろうか。百貨店の資料によると、顧客データから潜在顧客を炙(あぶ)り出すらしい。実際に外商の顧客になっている人たちに訊(き)くと、とりあえず既存店舗でたくさんお金を使えばいいようだ。
これは百貨店の立場から考えても合点がいく。優良顧客は囲い込みたい。人間関係を構築し、継続的に売り込みたい。なかには親の代から外商とつながりがある方もいるが、やはり親の代が多額のお金を費やしたのだろう。
金額はバラつきがあるが、年に数百万円使い、かつ個人情報を開示している≒百貨店カードを持っていることが条件のようだ。たしかに、そうじゃなきゃ連絡できないもんね。メールで連絡が届き、開封した受信者には電話等で個別の連絡が届く。40代までの新規加入が多いようだ。
外商の顧客は新アイテムや一般的には手に入らない商品を好み、催事の一環であるアート作品の紹介も受ける。どこかで見た商品が手に入らないかと問い合わせるケースも多いという。価格がいくらかを気にしない顧客を相手にする外商は、コンシェルジュか何でも屋に近い存在だ。
ただ意外なことに、自宅で外商員を迎える機会はさほどなく、百貨店の特別室で会話をしたり、メールで個別のお知らせをもらったりする場合がほとんどのようだ。いまではネット等で調べられない情報はないが、おそらく「外商の顧客」であること自体がステータスなのだろう。
外商が百貨店復活の可能性だと語る人がいる。百貨とは無数の商品を置くことだが、外商は一貨の推薦商品を売る。この皮肉。もはやリアル店舗はリスト集めのみ、利益源は外商、という時代が来るかもしれない。
●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI)
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。最新刊『調達・購買の教科書 第2版』(日刊工業新聞社)が発売中!