GAFAの一角・アップルが、大手銀行の400倍の好条件を引っ提げて、先月アメリカで預金サービスに電撃参入! その狙いは? なぜ今? 採算は合うの? これらの疑問をひもといていくと、アップルがもくろむビジネス戦略が明らかに! そして、この"神銀行"は日本にも進出するのか!?
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■「なぜアップルが!?」専門家からも驚きの声
アップル社が4月17日に、米国内限定で開始した「アップル銀行」が世界に衝撃を与えている。といっても、異業種の企業が銀行業に進出すること自体は特段珍しいことではない。
話題を呼んだのは、4.15%という高金利だ。これは米国最大手のJPモルガン・チェース銀行の普通預金金利の400倍以上の水準であり、アップルの本気度がうかがえる。では、破格の好条件を提示するアップルの狙いは?
金融業界に精通する1級FP(ファイナンシャル・プランニング)技能士の古田拓也氏に、その全体像を語ってもらった。
「ニュースを見て、まず最初に『アップルがやるの!?』と驚きました。というのも、銀行業への意欲をにじませるITプラットフォーマーがほかにあったからです。
そのひとつ、アマゾンについては、2019年に『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(田中道昭著、日経BP)という本が出版され、話題になりました。すでに決済サービスの『アマゾンペイ』をアマゾン以外のEコマースサイトにも提供していることもあり、やるならアマゾンだろうと思っていたんです」
このほか、グーグルも19年に決済サービスの「グーグルペイ」に預金口座を連携させる計画を発表した(ただし21年に撤退を発表)。この間、まったく銀行業進出の気配がなかったアップルが意表を突いた格好だ。
古田氏はこう続ける。
「アップルの預金サービスについて、押さえておくべき点がいくつかあります。
まず、アップルが銀行業に進出するわけではないという点。正しくは『アップル銀行』ではなく、同社が顧客向けに預金サービスを始めたということになります」
預金サービスを始めるに当たり、アップルは米国大手銀行のゴールドマン・サックスと手を組んだ。預金サービスの利用者は、実際にはゴールドマン・サックスに預金口座を開くことになるのだ。
また、制限なく誰もが利用できる一般的な預金口座ではない点も重要だ。
「対象となるのは、アップルが米国在住者向けに発行しているクレジットカード『アップルカード』のユーザーに限られます。
預金金利というコストを負担するわけですから、不特定多数の投資家や人々から無尽蔵に預金を受け入れてしまうと、想定以上に預金が集まったときに困ることになる。その点、自社の顧客に限定したサービスであれば不測の事態は避けられます。お得意さま相手だからこその高金利だといえるでしょう」
■このタイミングでリリースされたワケ
では、アップルの狙いとは何か? ITジャーナリストの三上 洋氏はこう語る。
「預金サービスの裏には、アップルが自社商品の中でお金の流れを完結させる狙いがあると思います」
どういうことか。
「アップルのビジネスは垂直統合型です。iPhoneやMacなどのハードが上流にあり、そこからアプリ購入やアップルミュージック、クラウドなどのサービス利用へと顧客が流れ、こうした関連サービスを多く利用している人はハード買い替えなどの際にまた上流へと循環していく。
ポイントは、この流れの中で顧客が決済するお金はすべてアップルに落ちるということ。ですから、アップルとしては顧客のお金がこの循環から漏れ出していくことをどうしても防ぎたいのです。
対策としてアップルはすでに、アップルカードを利用した自社関連のショッピングにつき、3%の高還元を行なっています。これに高金利預金を抱き合わせることで、顧客のお金が自社内で循環することを狙っているのでしょう」
アップルカードの利用者数は、昨年初頭時点で約670万人。近年、米国におけるiPhoneのシェアは一貫して増加しており、それにつれてアップルカードの利用者数も増加しているとみられる。顧客資金の囲い込みは、以前にも増してアップルの経営に与えるインパクトが大きくなっているわけだ。
となると気になるのは、なぜアップルはこのタイミングで預金サービスを始めたのか、である。
古田氏はその背景に、米国の金利上昇があると推測する。
「米国の中央銀行であるFRBは、高インフレを鎮静化するために急速に利上げを進めており、米国の政策金利は現在、4.75~5%まで上がっています。
企業が資金を調達するには、主に銀行借り入れ、社債発行、株式発行と3つの方法がある。ところが、金利が上がるとこのどれもがコスト増となってしまうのです。
その点、預金の受け入れはこのどれにも当てはまらず、アップル預金の4.15%は政策金利に比べれば低い。つまり預金サービスの開始は、低コストの資金調達手段を新たに持ったともいえるんです」
集めた資金は他社に融資せずとも、自社グループに貸し出せばよい。
「アップル本体のビジネスは目下絶好調で、営業利益率は昨年末時点でなんと24.56%に達しています。米国大手企業の平均が約12%、IT大手の平均が約18%ですから、いずれも圧倒的に上回る好調ぶりです。
4.15%の調達コストをかけて自力で資金を集め、それを自社グループ内で貸し出しに回せば、24.56%の利益を生み出す超優良事業を拡大できます」
もっと言えば、アップル預金の金利は顧客の動向と自社の事情を見ながら自由に上げ下げすることができる。そのため、利用者がある程度増えたり、あるいは資金が想定以上に集まるようなら、ほかの銀行の預金金利を見ながら金利をじわじわ引き下げればよい。
要は、今の金利は客寄せ用の〝キャンペーン金利〟である可能性が高いということだ。
「こうした自力調達を確立させれば、例えば銀行借り入れを利用する際にも、それを背景に強気で交渉できるようになる。一石二鳥の妙手です」
■意外に冷ややかな米国消費者の声
ところで、当の米国でアップル預金はどのように受け止められているのか? 古田氏はこう言う。
「複数のニュースサイトに目を通していますが、やはり驚きをもって受け止められています」
米国のインフレ率は直近の3月で前年度比+5%。日本の+3.2%に比べてもいまだ高水準。そればかりか、米国のインフレは一昨年からの急上昇が収まっていないので、物価上昇の影響は積み重なる一方だ。
「景気実感の悪い中で、彗星(すいせい)のように現れた高金利預金はやはりインパクトがあったとみるべきでしょう。確実にもらえる4.15%は消費者にとってありがたいはずです」
とはいえ、さらに深く米国消費者の声を拾っていくと違った意見も聞かれる。テキサス州在住の日本人男性はこう語る。
「株式や暗号資産よりも簡単にお金を増やせそうだと思って、アップルカードと一緒に先日申し込みました。すぐに審査が下りましたが、画面もシンプルで操作しやすく、気に入っています。
ただ、周囲に話を聞くと、そもそもこのニュースを知らない人が多い。『米国株式インデックスのS&P500に連動した投資信託を買ったほうが儲かる』と語る知人もいます。ニューヨークやシリコンバレーでは話題になっているのかもしれませんが、テキサスではあまり知名度はないようです」
地域によっては日本ほど話題になっていない、というのが実態のようだ。
■アップル預金上陸に立ちはだかる壁
では、アップル預金は今後日本にも進出するのか?
三上氏は、当分は日本に来ることはないと言う。
「ポイントは、アップル預金がアップルカード利用者限定のサービスであること。カードから預金という順序で進めていかないと、顧客のお金の囲い込みになりません。
ではアップルカードが来るのかといえば、そもそもクレジットカードのビジネスモデルが日米で異なっているのがネックです」
日本のカード会社は加盟店(販売店)からの決済手数料収入がメイン。一方、米国のカード会社は原則がリボ払いで、顧客から徴収する金利収入がメインなのだ。リボ払いが敬遠される日本で、アップルカードを導入する利点を見いだすのは難しいというのが、三上氏の見立てだ。
古田氏もアップル預金は当面日本に来ない、という意見に同意した。
「資金調達の多様化という観点で考えると、そもそも日本では長くゼロ金利が続いており、銀行借り入れや株式発行といった通常の資金調達が非常にやりやすい環境です。
仮にアップルが今、円建てで社債を発行しても、1%程度の金利で飛ぶように売れるでしょう。また、日本で預金サービスをやるなら、ゴールドマン・サックスとは別の事業パートナーを探す必要があります。つまり、わざわざ新事業を始めるにはハードルが高いのです。
とはいえ、米国以上にiPhoneシェア率が高い国であり、アップルにとって魅力的な市場であることは事実。米国での地固めが終わった後に日本に目が向く可能性はあると思います」
アップルさま、どうか前向きな検討をお願いしますっ!