コロナ禍が終息し、外国人観光客が殺到中の京都市だが、現地の住宅市場ではとある異変が起きているコロナ禍が終息し、外国人観光客が殺到中の京都市だが、現地の住宅市場ではとある異変が起きている
今、「京都」が注目されている。ここ数年、海外メディアから伝えられる「世界で観光したい都市」的ないくつかのランキングで1位になったという報道もあった。実際、今の京都は外国人観光客であふれている。

東京で言えば「銀座4丁目交差点」にあたるのは「四条河原町」。そこから東へ四条通りを少し歩けば八坂神社の入り口である。そのやや南側が、いわゆる「祇園」エリアだ。現在、そのあたりは観光客だらけでまともに歩けない状態だという。

私の生業はマンション市場についてアレコレ言うことである。エリア別に売り出される新築マンションを、物件別に資産価値評価するレポートをネットで有料頒布している。

主なカヴァーエリアは東京23区と川崎市などだが、私は22歳まで京都で生まれ育ったので、あの街に多少の土地勘がある。それを活かして「京都市」というタイトルのレポートも出している。最初のレポートを出してから約12年。その後ずっと3か月ごとに最新情報に更新してきた。

■京都マンション市場の異常事態

その「京都」レポートを最新版に更新したのは2023年5月6日。ここで取り扱った物件数は「47」。これは同レポート2月更新版に引き続き、過去最高の物件数だ。つまり、今の京都市内では私が把握する過去12年以内で、もっとも多く新築マンションが販売されているのだ。

これは「異常」といっていい。京都市の人口規模は、東京都の世田谷区と杉並区を合わせたくらいである。ちなみに現時点(2023.5.8)で、新築マンションの情報を最も広く網羅しているとされるネットサイトの「スーモ」を見ると、この両区で販売中の新築マンションは全部で25物件である。

念のために申し上げると、京都は未だに戸建ての街である。若い夫婦が新たに家を買うのに、マンションを選ぶ人は少数派であるはずだ。そんな京都で今、マンション居住が定着している東京の住宅エリアの倍近い物件数の新築マンションが販売されているのだ。

三井不動産レジデンシャルが四条河原町に建設中のマンションの完成予想図三井不動産レジデンシャルが四条河原町に建設中のマンションの完成予想図
このように、今の京都市のマンション市場は、東京や大阪のデベロッパーが血眼になって殺到している狂乱状態にあると言っていい。

前述47物件の売主(デベロッパー)の本社所在地は、東京が17社、大阪22社、名古屋3社、広島1社という構成。地元の京都が本社であるデベロッパーは僅か4社。全体からすると1割に満たない。なぜ、そうなっているのか。

京都というのは、基本的に排他的な街である。ただ、外からやってくる「お客さん」に対する当たりは柔らかいし、上手にもてなす。例えば、京都大学を始め、京都にある大学にやってきた学生さんたちは、そのほとんどが4年間を楽しく過ごし、この街に対していいイメージを抱いて去っていく。なぜなら、彼らは京都人にとってただ一時的にご近所さんになる「お客さん」だからだ。

しかし、京都にビジネスでやってきた人間に対しては冷たい。東京ではナンバーワンだったセールスマンが、京都ではさっぱり成績があがらずにウツになった‥なんて話は珍しくない。私は「元・京都人」なので、そのあたりの事情はわりあい理解できる。京都のビジネスのルールは、東京のそれとは明らかに違う。同じ日本語なのに、イエスとノーの使い方が逆だったりする。東京の商習慣に慣れたビジネスマンは大いに戸惑うことだろう。

■外来(ヨソモノ)資本の誤算

そんな排他的な京都へ、東京や大阪や広島の不動業者が大挙してやってきた。彼らは土地を買ってマンションを建設し、販売している。これが今の状況だ。果たして、彼らが開発・分譲しているマンションは、目論見通り売れるのだろうか?

そこには、かなりの危うさを感じる。「京都」という街には、日本一のブランド力がある。そのパワーは、日本の他の都市のどこにも追随を許さない。しかし、そのキラキラと輝く魅力を「住む」ことによって実感できるエリアは限られている。

最も強力な光を発するのは御所(ごしょ)周辺だろう。御所こそ、最も京都らしいスポットである。1970年に大阪万博が開催されたとき、昭和天皇は御所に設けられた臨時の御座所に滞在された。いわば、天皇家の「里帰り」であった。

次は二条城だ。こちらは江戸期を通じて徳川将軍が京に上った時の御座所である。この御所と二条城の近辺が、京都の光り輝くブランドエリア。その周辺で分譲される新築マンションは、東京方面の富裕層が「金に糸目をつけずに」買う。相場は東京の文京区並みだ。坪単価でいうなら400万円から500万円あたりが相場観だ。

「戸建ての街」だった京都市だが、近年、新築マンションが雨後の筍のように建設されている「戸建ての街」だった京都市だが、近年、新築マンションが雨後の筍のように建設されている
京都市内でこの「御所・二条城」エリアは、マンションを買う層が東京方面からの富裕層であったので、この10年ほど前から地元のマーケットでは別個の扱いだった。しかし、東京のデベロッパーはこの特別扱いのエリアを無理に広げようとしている。この「御所・二条城」で大儲けした東京の業者や、それを横目で見ていた大阪や東京の競合他社が「だったら自分たちも『京都』で‥」、などと考えたらしい。

しかし、このエリアでの事業用地の供給は限られている。だから、「御所・二条城」エリアの少し外側であっても、土地の売り物が出ると飛びついて買ったのだろう。それで、同じような雰囲気の広告を作って売り出す。

東京なら「中央区湊」あたりのタワーマンションに「銀座東」と名付けたり、文京区湯島の物件を「本郷台」と称したりするような感覚だ。ただ、そういうごまかしは京都では通用しない。それを東京系のデベロッパーは理解していないのかもしれない。

前述の「御所・二条城」エリアからやや離れたエリアに、そういう類の物件が多く出てきている。そういうところには東京方面の富裕層は食指を動かさない。地元の人しか買わないエリアでも、物件名に「京都」という名を冠して売り出しているのだ。

いま、東京や大阪のデべロッパーが京都に群がるようにやってきてピントのズレた新築マンションを開発しているのは、それが一種のブームだからだろう。そんな物件が思惑通りの価格で売れず、予定通りの事業利益を得られない結果になれば、彼らの熱も冷めるはずだ。

京都市内の新築マンションバブルに警鐘を鳴らす榊氏京都市内の新築マンションバブルに警鐘を鳴らす榊氏
京都は日本で最も観光的な魅力のある街かもしれない。しかし、私のかつての同級生たちの大半は、地元で地道に暮らしている。いくらインバウンドが押しかけようとも、それが自身の家計とは無関係な人が大半である。

そんな普通の京都人にとっては、インバウンドの急増やマンション価格の不自然な高騰は迷惑以外の何物でもない。インバウンドのブームは当面続くかもしれないが、外来資本によるマンション開発競争など、一過性に終わるのではないだろうか。

●榊淳司 
住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数