鳥インフルエンザの感染経路は実はわかっていない。近年は窓のないウインドーレス鶏舎が増えてきているが、そこで感染するケースも 鳥インフルエンザの感染経路は実はわかっていない。近年は窓のないウインドーレス鶏舎が増えてきているが、そこで感染するケースも

"物価の優等生"とも呼ばれる卵だが、最近は高い上に、スーパーに行っても夕方にはほとんど売り切れている......。「しばらく耐えていれば落ち着くはず」と思っていたけど、どうやらそんな簡単な話じゃないみたい! そこで、刊行99年の専門誌『鶏の研究』の編集部に素朴な疑問をぶつけてみた!

■鳥インフルエンザの感染源は渡り鳥? ネズミ? ハエ?

卵が売り切れている。売られていても、値段が上がりまくっている。「一時的に耐え忍んでいればいずれ落ち着くだろう」と思いきや......。

「このエッグフレーション(卵価格の高騰)は、さまざまな要因が重なっており、収束のめどが立っていません」

そう話すのは、大正13(1924)年の創刊以来、日本の鶏に関する情報を発信してきた専門誌『鶏の研究』(木香書房)編集部の関川耕平氏。そもそもなぜ今、卵価格は高騰しているのか?

「ここ数年、鳥インフルエンザのひどい流行が主な原因です。少ない年だと一年で数件ほどだったのが、去年の10月28日から現在までに80件以上も発生しています。また、以前は早くても12月頃の乾燥した時期に出始めていたのが、ここ数年は11月には日本で最初の感染が確認されるようになりました。

今シーズンは5月になっても各地で発生が続き、殺処分の対象になった鶏は過去最多の約1770万羽。肉用鶏はそのうち1割にも満たないほどで、9割以上が採卵鶏でした。実に、日本全体の採卵鶏の約10%が殺処分されたのです。

鳥インフルエンザは日本だけではなく、世界的に流行しており、海外でも卵不足が続いています。日本へは、シベリアなど大陸の野鳥が韓国などを経由して持ち込んだといわれていますが、鶏に直接感染させているのは渡り鳥だけではないと考えられています」

どういうこと?

「最近は、ウインドーレス鶏舎といって、窓のない鶏舎も増えています。温度や湿度を保ちやすいし、粉塵(ふんじん)などに混ざってウイルスが飛んでくる心配もないので管理がしやすいのですが、そんなウインドーレス鶏舎の鶏にも感染が確認されたのです」

鶏舎は臭気の問題で、都市部ではなく山間部に造られる。複数の棟が連なるのが一般的だが、感染が見つかれば全農場の鶏が殺処分される 鶏舎は臭気の問題で、都市部ではなく山間部に造られる。複数の棟が連なるのが一般的だが、感染が見つかれば全農場の鶏が殺処分される

では、直接感染させているのは?

「実は、それがまだわかっていないんです。業界では、塵芥(じんかい)感染か、鳥インフルエンザウイルスを保菌したネズミが鶏舎に入って感染させたんじゃないかとする説が有力です。ネズミであれば、窓がない鶏舎にも小さな隙間から入れてしまうので。

ところが、とあるウインドーレス鶏舎の中央部分にいた鶏に感染が確認されたことで、端を走って移動するネズミが持ち込んだとは考えづらく、よけい原因がわからなくなっています。また、一部の研究者が『ハエが持ち込んだのではないか』と新たな説を立てたりと、原因に関しては現在も議論が起きています。

感染の原因がわからないため、鶏舎で働く人々も普段から慎重に出入りしています。手指消毒はもちろん、靴の裏の消毒も行ない、農場に出入りする車両も、タイヤにウイルスが付着している可能性があるので、消毒液をためたくぼみにザブンと通ってから農場に入ります。感染源が解明されていない以上、現場はできる限り気をつけるしかないのです」

結局、原因がわからないため、対処法も定まっていない。それこそが卵不足を引き起こしている諸悪の根源なのだ。

「原因不明ということは、どのように感染が広がるのかもわかりません。そのため、ひとつの鶏舎で一羽でも感染が確認されると、該当する鶏舎の鶏だけではなく、その農場全体の鶏が殺処分対象となるんです。

また、原則として発生農場を中心に半径3㎞が移動制限区域とされます。交差汚染の可能性もあるためです。鶏舎は臭気の問題で民家が多い都市部には造れず、郊外に建てざるをえないのですが、急峻(きゅうしゅん)な日本では建てられるような土地が少なく、別の会社の鶏舎が隣接することも少なくありません。

そのため、鳥インフルエンザが発生していない鶏舎でも、移動制限区域に入ってしまった影響で鶏の面倒が見られなくなり、処分に至ったというケースもあります」

■腰が重い農林水産省

移動制限を設けなければほかの鶏舎にも広がってより悲惨な状況になる可能性もある。しかし、過剰な制限に現場が困窮しては元も子もない。

そんな厳しい状況の中、3月30日に一般社団法人「日本養鶏協会」は農林水産省に要請書を提出した。そこに書かれた要請のひとつが「農場の全群処分を採用せず、部分処分とするお願い」だ。

「全羽を処分するとなると生産者への経済的な打撃が大きく、また消費者への供給にも大きな支障を来すことから、本病が発生した鶏舎とその周辺に処分を限定することが可能なように、適切な検査や飼養衛生管理の具体的手法とその周知、必要に応じて都道府県との調整などを進めるようお願いする、というものでした」

昨年12月、鹿児島県出水市で発生した鳥インフルエンザに伴う殺処分作業の様子。殺処分方法は脊髄断絶や炭酸ガスなどにより行なわれる 昨年12月、鹿児島県出水市で発生した鳥インフルエンザに伴う殺処分作業の様子。殺処分方法は脊髄断絶や炭酸ガスなどにより行なわれる

しかし、農林水産省からの回答は「NO」だった。

「『各都道府県の首長と話し合って決めてください』という丸投げ同然の回答でした。養鶏業者の中には、複数の都道府県に農場を持っているところもあります。そういう業者は農場ごとに首長とルールを決めなければいけない。また、自分の鶏舎で鳥インフルエンザが出たら対応に追われ、そんな切迫した状況で知事と話し合いなんて非現実的な話です」

ほかにも、要請書には殺処分された鶏の処理に関する要請もある。

「実は、殺処分された鶏の3割は焼却されますが、残りの7割は埋却されているんです。埋却には土地を借りるか買う必要がありますが、それにも限度があります。そのため、焼却施設の充実を図ってほしいという要請です。

また、埋却処理はにおいも問題になっています。盛り土を何度しようが、しばらくたつとまた死臭が出てくる。鶏の死骸を埋める、というイメージも悪いため、地域住民からの了解を得るのも大変なんです」

殺処分された鶏の3割は焼却処分されているが、7割は埋却処分されている。埋却は臭気やイメージの問題で近隣住民からの了解を得るのが難しい 殺処分された鶏の3割は焼却処分されているが、7割は埋却処分されている。埋却は臭気やイメージの問題で近隣住民からの了解を得るのが難しい

さらに、要請書の中にはワクチンに関するものもあった。ワクチンが鳥インフルエンザを解決する可能性は?

「要請の内容は、海外先進国の情報収集と調査を進めて、効果の高いワクチンの研究開発をしてほしい、というものでした。海外では鶏に鳥インフルエンザのワクチンを打ったりしますが、日本ではほとんど例がありません。

鳥インフルエンザも、新型コロナウイルスのように変異するので、ワクチンを打っても翌年はそれに耐性を持つ変異体が出てしまう可能性があります。お金をかけて農場の鶏に一斉にワクチンを打っても、いたちごっこになっては意味がない。

ワクチンを打つことで強毒化するリスクやそもそもの必要性を疑問視する専門家がいる一方で、少しでも意味があるなら打ちたいという生産者がいたり、とコロナワクチンのときと同様な議論が起きています」

■一羽感染したら1年以上生産できない

ここまで採卵鶏(レイヤー)の話ばかりだったが、一方で肉用鶏(ブロイラー)は?

「先ほども話したとおり、鳥インフルエンザに感染した鶏のほとんどがレイヤーだったため、卵の供給に甚大な被害が出ていますが、鶏肉に関しては比較的安定して供給がされています。ただ、なぜブロイラーよりもレイヤーのほうが感染しているのかの理由はわかっていません」

確かに、スーパーでも鶏肉の値段は卵に比べるとそこまで変わっていない気もする。

「ちなみにブロイラーは、品種にもよりますが、早く大きく成長するように交雑されているので、育成農場に入ってからおよそ40~50日ほどで出荷されていきます」

そもそも鶏はほかの家畜に比べて成長が早いはず。それなら卵の供給も来年には安定するのでは?

「それがそうではないのです。まず、鳥インフルエンザの感染が確認されるとその農場にいる鶏全羽を殺処分します。その後、鶏舎の消毒作業などの防疫措置を行なうのですが、そのテストが終わるまでに半年ほどかかるんです。

それをクリアしたら、次はモニター鶏と呼ばれるテスト用の鶏を入れて育てて、その鶏が成長したら血液検査などを行ない、ウイルスが完全にいなくなったかチェックをする。それをクリアして、ようやく本番のひなを入れて鶏を育てられます。

そのひながお店に並ぶサイズの卵を産めるようになるまでまた150日くらいかかるので、こうしたプロセスをすべて終えるまでに1年2ヵ月くらいかかるんです」

今年1月の米ニューヨーク州のスーパーの様子。12個入りの卵が約7ドル(約953円)で売られている。エッグフレーションは世界中で起きている 今年1月の米ニューヨーク州のスーパーの様子。12個入りの卵が約7ドル(約953円)で売られている。エッグフレーションは世界中で起きている

自分の鶏舎で一羽でも鳥インフルエンザが出たら、1年2ヵ月は生産できなくなると。

「その間、農家は国からの補償金に頼るしかありません。しかも、1年以上かかるということは、いざ生産再開となった頃には次の鳥インフルエンザのシーズンがやって来るワケです。

今年は大丈夫でも来年、鳥インフルエンザが発生する農場も出てくるでしょう。そうなると、かつてのように供給が安定するまでに3年はかかると思われます。また、鳥インフルエンザが落ち着いても、価格高騰の要因にはウクライナ情勢もあります。

ウクライナ産の飼料原料が滞り、海運にも影響が出たことでエサ代が上昇し、卵の価格も上がっていたところに鳥インフルエンザが大打撃となった。感染状況が安定しても、飼料情勢が落ち着かなければ、価格は以前のようには下がらないかもしれません」

生産者の経済面だけでなく精神面にも大きな打撃だ。

「鶏も生き物ですから、やっぱり自分が手間ヒマかけて育てた鶏をすべて殺処分するのは精神的負担もかなり大きいでしょう。今は、新型コロナウイルスのピーク時のように"気をつけていてもかかってしまう"状況。どの農場も明日はわが身という状況です」

■「鶏がかわいそう」世界で広がる考え方

こんなにもお世話になっているのに、知らないことばかりの鶏業界で今、世界的にホットワードなのが「アニマル・ウェルフェア」という考え方だという。

「アニマル・ウェルフェアとは、家畜を快適な環境下で飼養することにより、家畜のストレスや疾病を減らすことが重要だという考え方で、世界中で注目されています。

米カリフォルニア州では、州内においてケージフリー(平飼い)で生産された卵以外の販売を禁止する州法が2022年に発効されました。他州でも同様の動きがあり、EUでは続々とケージフリーに向けた法整備が進みつつあります」

しかし、この考え方は日本ではイマイチ広がっていないという。

「スターバックスやマクドナルドも、平飼いされた鶏の卵しか使わないと宣言しているほどで、海外では価格が高くても平飼いされた鶏を買う人がいるんです。彼らは『家畜がかわいそうだから』などの道徳心からそういった行動を取るワケですが、日本の消費者の間では、その意識は浸透していません」

世界で流行中の鳥インフルエンザ。南米ペルーで、感染したペリカンの死骸が海岸沿いに転がっている様子 世界で流行中の鳥インフルエンザ。南米ペルーで、感染したペリカンの死骸が海岸沿いに転がっている様子

その要因のひとつに、日本の生食文化があるかもしれないという。

「平飼いだと卵が地面に産み落とされます。卵の表面には細かい穴がたくさん開いていて(多孔質)、鶏糞などが付着すると、そこから雑菌が入ることもあるんです。また、産み落とされた卵がいつのものなのかわからず収穫されることもあって、割ったら悪くなっていたということも。

世界で2番目に卵が好きな日本においては生でも食べるため、衛生管理のことも考えると、飼育方式を移行するハードルは高いのです」

とはいえ、インバウンドが増えている中でアニマル・ウェルフェアに対応すべく、平飼いの卵に切り替える必要性が出ている。実際に日本でも、多くのホテルグループや食品会社が、大阪万博の控える2025年までにケージフリーに変えると宣言している。

変革が余儀なくされている日本の鶏卵業界。大変なときだからこそ、買い支えて応援したい!