大手電力7社の電気代が6月から値上げする。ロシアのウクライナ侵攻による燃料費高騰を背景に原発活用論が高まり、各種世論調査でも原発の新設や運転延長への賛成が反対を上回り始めた。
「原発を動かせば電気代は安くなる」は本当なのか? 電気代に直結する「発電コスト」から検証する。
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■関電と九電はなぜ値上げしなかった?
6月1日から大手電力10社のうち、関西、九州、中部電力を除く7社の家庭向け電気代が値上げされる。
電力各社が昨年11月以降に政府に値上げを申請し、今年5月、値上げ率を圧縮する形で政府が承認。値上げ幅は最も小さい東京電力管内で14%、最も大きい北陸電力管内では42%にもなる。
資源エネルギー庁(以下、エネ庁)によると、日本の発電量の内訳は、火力82.6%(石炭+LNG+石油)、原子力8.1%(今年5月時点)。火力の割合が高く、ロシア・ウクライナ戦争や円安などの影響による化石燃料の価格高騰や原発の再稼働が進んでいないことを、政府や電力会社は値上げの理由としている。
実際に2月、西村康稔経産大臣は衆院予算委員会で、「原発再稼働が進んでいる関電、九電は値上げ申請を今回は行なっておりません」と答弁した。大手電力10社でつくる電気事業連合会の池辺和弘会長(九州電力社長)も、電気料金の高騰対策には「原子力の活用が不可欠」と発言。
政府や電力会社が主張する、〝原発を動かせば電気代は下がる〟は本当なのか?
エネルギー問題や地球温暖化問題に詳しい東北大学の明日香壽川(あすか・じゅせん)教授は、「原発で電気代が安くなるというのは短絡的な考え方」と反論する。
「確かに、石炭や天然ガスなどの化石燃料が高騰しているとき、火力発電の発電量を抑えて原発を動かせば、電力会社のキャッシュフローは一時的に改善するので、電気代が下がる可能性はあります。
ただし、原発再稼働による値下げの効果は一過性のものであり、必ずしも大きいとはいえません。実際、東北電力は32.94%の値上げを申請していましたが、原発(女川原発2号機)の再稼働で値上げ幅を抑える効果はわずか『5%』と、同社の社長自らが説明しています」
前述の西村大臣の発言についてはこうくぎを刺す。
「〝原発再稼働済み〟の関電と九電は値上げしていませんが、電気代は、原発再稼働の有無によって決まるような単純なものではありません。電力各社が化石燃料にどれだけ依存しているか、その中でも石炭、天然ガス、石油の発電比率はどうなっているか、再エネの発電施設をどの程度保有しているか、などによって大きく変わってきます。
例えば、中部電力は原発を1基も動かしていないのに値上げを申請せず、しかも22年度の経常利益は大手10社中、唯一の黒字でした。
それらを抜きにして、『関電と九電は再稼働を進めているので値上げはしていない』と説明するのは話を単純化しすぎですし、両社とも22年度は大幅な赤字なので、本来なら値上げを申請すべき財務状況にあります」
では、関電と九電はなぜ値上げできなかったのか?
「政府も電力会社も、これまで原発は『安い』、再稼働すれば『電気代が下がる』と主張し続けてきました。つまり、ホンネでは値上げしたいものの、自らの言説の正当性を守るために料金据え置きで我慢している、とも推察されます」
政府は2月10日、「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を閣議決定した。福島第一原発事故以降、想定されていなかった原発の新増設や、既存原発の60年超の運転を可能にする内容がその柱となる。
「政府は『GX』で〝原発回帰〟を鮮明に打ち出しましたが、そのベースになっているのも、『原発は安く、電力の安定供給や脱炭素に役立つ』というロジックです」
■「再エネのほうが安い」が世界のスタンダード
政府や電力会社はこれまで、経済産業大臣の諮問機関・総合資源エネルギー調査会が実施する「電源別発電コスト比較」に基づいて「原発は安い」と主張してきた。
発電コストとは、発電設備の建設費や運転維持費、燃料費、社会的費用(CO2対策費、事故リスク対応費など)、政策経費(原発立地自治体への交付金など)の総費用を総発電電力量で割った、1kWh当たりの金額で算出される。
これが、「どの電源が経済合理性を持ち、どの電源に投資すべきかなどを決める最も大きな判断材料になる」(明日香氏)。
政府の発電コストの比較計算は4、5年に一度実施され、最新の数値は21年に公表された。その報告では、20年に新たな発電設備を更地に建設・運転した場合、原子力の発電コスト(1kWh当たり11.5円~)はLNG火力、中水力に次いで3番目に低い。すなわち、原発はまだ安いという結果になっている。
だが不思議なことに、海外では日本とは真逆の見方がスタンダードになっていた。
「IEA(国際エネルギー機関)、米国政府、調査会社や投資会社のほぼすべてが、『原発より再エネのほうが大幅に安い』としています」(明日香氏)
そのひとつが、米投資会社Lazardが公表した発電コストの経時的変化を示したグラフだ。これを見ると石炭、天然ガス、太陽光、陸上風力を含む主要な電源の中で原子力が最も高いのが一目瞭然。太陽光は09年から発電コストが急落しており、21年には原子力の4分の1程度になっている。
米国の政府機関、エネルギー情報局(EIA)の最新のデータも同様だ。
「1MWh当たりのコスト(ドル)が示されていますが、『陸上風力40.23ドル』『太陽光33.83ドル』に対し、原子力は『81.71ドル』と再エネの2倍以上の水準です」
なぜ、これほどの差が生まれているのか?
「過去10年の発電コストの推移を見ると、太陽光発電は約10分の1、風力発電は約3分の1になっています。特に太陽光発電の分野で顕著なことですが、多くの企業が参入し、競争原理が働いたため、太陽光パネルなどの技術革新が進んで生産効率も良くなりました。それが発電コスト下落の大きな要因です。
原発のコストについては福島第一原発の事故を受け、各国で安全性を高めるためのコストが増大する一方、競争原理や市場原理が働くことはありませんでした。これらにより、この10年で発電コストは約2倍に上昇しています」
その結果、今では「世界のほとんどの地域で再エネが〝最も安い発電エネルギー技術〟になっている」(明日香氏)という。
では、なぜこの国では、政府による計算では依然として〝再エネより原発のほうが安い〟ままなのか?
「政府の数値は、ダイナミックに変化している技術や市場を十分に反映していません。例えば、原発の発電コストの多くを占める建設費は今、欧米で実際に造られている原発の建設費よりもかなり安く見積もられています。これは明らかな現実無視です。
使用済み核燃料の処分や廃炉など、原発使用後に生じるバックエンドコストについても低く見積もりすぎという批判もあります」
原発のコストに参入される福島第一原発事故関連の費用も、民間シンクタンク・日本経済センターは総額81兆円まで膨らむ可能性があると試算している一方で、政府の試算は21.5兆円と低い見積もりになっている。
「さらに、原発や化石燃料発電を再エネよりも優遇する制度や補助金が今でも数多くあります」(明日香氏)
つまり、この国の発電コストの想定は「現状を適切に反映しておらず、かつ原発は政府が長く税金などを原資として援助してきたので安く見える」(明日香氏)のだ。
■それでも原発にこだわる理由
とはいえ、日本も世界の潮流を無視できなくなったのか、
「(前出の)政府・エネ庁の下での発電コスト比較では初めて、『30年の段階では太陽光発電が原発より安くなる』と認めました。
ただ、太陽光や風力は時間帯や天候によって出力が変動する電源のため、政府は『変動性再エネの割合が増えると電力システム全体のコストは上がる』と言い出すようになりました」(明日香氏)。
だが、そのような主張を否定するようなデータをIEAが出している。
「IEAはすでに、再エネ割合が45%以下であればシステムコストの増大はないという報告書を出しています。また、ごく最近、30年の段階で再エネ(太陽光・風力)設備の新設コストと蓄電池を組み合わせた発電コストは、原発の運転コストとほぼ同じレベルまで下がるという報告書も出しています」
補足すると、一般的に新たな発電所の建設コストは、既存の発電所の運転コストより「はるかに高い」(明日香氏)。再エネの新設コストは、原発の運転コストと比べても同等の水準まで下がっているということになる。
原発の新設のみならず運転延長の優位性も失われた今、欧米先進国ではエネルギー政策の軸足を再エネ・省エネに移す動きが加速している。
「EU諸国では、30年時点で再エネによる発電量の割合を70~80%にすると目標を掲げています。4月に国内すべての原発を停止して脱原発を完了させたドイツは、30年に再エネ電源割合を80%とする目標です。そのドイツは今、電力輸出国です。
米バイデン政権も、30年にゼロエミッション電源(原発・再エネ)発電比率80%が目標。米国の原発比率は約18%なので、日本よりはるかに高い再エネ比率です。
IEAは『22年から26年の5年間で新設される発電設備の95%は再エネ』と21年に予測しています。それは脱炭素の流れもありますが、発電コストが高い原発ではなく、より安価な再エネに投資したほうがリターンがはるかに大きく、電気代値下げにもつながるからです」
明日香氏がこう続ける。
「原発をやめれば、原発の維持コストは不要になり、電気代の値下げも可能です。非営利の調査研究機関『原子力資料情報室』は、東京電力管区での最新データを用いて、原発を使い続けるよりも原発を止めた方が発電コストは小さくなるはずと具体的に計算しており、同様の趣旨の計算結果は海外の他の研究機関も出しています」
一方、日本の再エネ比率の目標値は、30年時点で36~38%と欧米諸国の半分にとどまり、「GX」を掲げて原発回帰の道を歩もうとしている。
政府や電力会社が世界の流れに逆行し、原発にこだわる理由はなんなのか?
「原発1基を造るとなると数兆円のお金が動くので、大きな利権が発生します。新設がなくても、とりあえず現状維持や研究開発のための補助金をもらえれば業界はハッピーでしょう。
一方で無視できないのが原発技術の核兵器転用ポテンシャルです。これは核保有国では常識で、例えば20年12月に仏・マクロン大統領は『原発なくして核兵器産業なし、核兵器産業なくして原発なし』と発言しています。日本では表立った議論こそ最近はありませんが、政策決定に関わる人たちの一定割合が重要視していることは確かです」
原発は高くない!にすがる、日本のエネルギー政策の〝ガラパゴス化〟がもたらす未来とは?
「まず電気代が高くなるでしょう。また、再エネ・省エネの導入は進まず、脱炭素は遅れます。産業も育ちません。さらに、国際ビジネスは再エネ電気を使うことが必須になりつつあるので、輸出に頼る製造業は困っています。
一方、自由化以降、約700社が新電力会社として参入しました。しかし、この1、2年で約100社が姿を消しました。大きな理由のひとつは公正な競争がないまま大手電力会社が相変わらず電力市場を支配・独占しているからです。
かつて日本企業は再エネ・省エネ分野でも最先端を走っていましたが、今は多くが市場から消えており、EV市場に乗り遅れた自動車産業の今後も懸念されます。現状の旧態依然の電力システムを維持するためのエネルギー政策や産業政策によって、日本のビジネス全体が衰退していく流れは本当に心配です」
●明日香壽川(あすか・じゅせん)
東北大学東北アジア研究センターおよび環境科学研究科環境科学政策論教授。著書に『グリーン・ニューディール―世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書)など