坂口さんがほぼ全作を読んだという開高健さん(1989年没)は、週プレでも人生相談など長年連載を執筆されていました 坂口さんがほぼ全作を読んだという開高健さん(1989年没)は、週プレでも人生相談など長年連載を執筆されていました
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「面白い本」について。

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評論家の故・渡部昇一さんは15万冊の蔵書を「個人図書館」としていた。実際に目を通した本の数はもっと多いはずで、あまりの量に卒倒する。

このところ「1000冊を読んできた私がオススメする書籍」なるSNS投稿があふれているらしいが、私ならその数で自慢する気にはなれない。しかも推薦しているのは売れたビジネス書と成功哲学など自己啓発書ばかり。紹介者は成功者なのかな。

私は一日一冊以上を購入しているが、ここで「ビジネスに役立たない、ただただ面白い本」を紹介したい。中学生から乱読し、本を次々に捨てる私が本棚に残している愛すべき奴(やつ)らだ。

『肉体の門』(田村泰次郎):終戦直後のドヤ街を生きる女性たちの物語。文章の上手さに驚愕(きょうがく)する。

『耳の物語』(開高健):開高作品はほとんど読んでいるが最高傑作。自伝であり日本語の実験作でもある。すべての文章が実験的でまどろっこしく魅惑的。なんでこんな作品が書けたんだろう。

『リプレイ』(ケン・グリムウッド):人生を失敗したかもしれないというすべての人に捧(ささ)げる。人生を何度も繰り返す男性の物語。以前、爆笑問題の太田光さんが紹介していて共感した。

『ニューヨーク・ブルース』(ウイリアム・アイリッシュ):著者は『幻の女』が有名だが、この短編集の息もつかせぬ疾走感は最高。無駄な文が一つもない。

『人間臨終図巻』(山田風太郎):著名人が死んだ年齢順に人生をまとめたもの。若く死んだほうが波乱の生を送っている事実にロートルは戦慄(せんりつ)する。

『欲望のオブジェ』(エイドリアン・フォーティー):社会変遷や工場の生産システムの進化がいかに工業デザインに影響を与えたかを圧倒的な知識で語る。知的でスリリング。

『東欧革命1989』(ヴィクター・セベスチェン):震えが止まらなかった。ジャーナリストとしてこれほど調査できる人がいるのか。異常な細部の記述とストーリーテリング。ノンフィクションの枠を超え著者の世界に没頭させる。圧倒的さのみが残る。

『反逆する風景』(辺見庸[よう]):何か文章を書く人=すべての人、は一読したほうがいい。誰もがわかりやすいストーリーで書こうとする。しかしそれは現実を正確に記述しているだろうか。私に深い影響を与えた。

『デーブ・スペクターのTOKYO裁判』(デーブ・スペクター):対談相手とすべて喧嘩する。昨今の予定調和の対談本とは対極にある。対するは赤尾敏(びん)、島桂次、笹川良一(りょういち)、etc。ヤバすぎる。ご本人に会ったら10代の私が悪影響を受けたと伝えたい。

『アメリカン・ビート』(ボブ・グリーン):著者の文章を書き写すだけでエッセイストになれるのでは、との仮説を私は持っている。同書のなかでも『帰らざる日々』は大好きな人と別れた経験のある男性に薦めたい。泣ける。

ところで本の選び方。知らないから本を読む。ならば論理的に考えて、自分は本を選別できない。だから気になる本はすべて買えばいい。

経済コラムだからビジネス書も推薦すると、『プロ法律家のビジネス成功術』(金森重樹)。自己啓発だろうって? 違う。法律家でなくても最高の一冊。金森氏が監修の立場で内容を完全否定して解説した『大富豪になる人の心の法則』(パット・メシティ)も笑えてお薦め。

●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。最新刊『調達・購買の教科書 第2版』(日刊工業新聞社)が発売中!

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