「最近『日本の半導体産業を復活させる』といった話をよく聞きますが、それは『復活』ではなく、むしろ『新たな挑戦』だと考えたほうがいい」と話す湯之上氏「最近『日本の半導体産業を復活させる』といった話をよく聞きますが、それは『復活』ではなく、むしろ『新たな挑戦』だと考えたほうがいい」と話す湯之上氏

日常生活のあらゆる場面でIT化や電子化が進み、今や欠かせない存在となった半導体。2021年に起きた世界的な半導体不足は自動車生産をはじめとした日本の産業にも深刻な影響を与え、グローバル経済を支える戦略物資としての半導体の重要性を改めて印象づけた。

最先端の半導体量産を巡り、世界中で繰り広げられる過酷な競争、凋落(ちょうらく)した日本の半導体産業の復活を目指す「官民一体」のプロジェクトの行方、そして米中対立の中で台湾有事の引き金になりかねない「対中輸出規制」の影響など、激動する半導体産業の今と未来に鋭く切り込んだ『半導体有事』の著者で、元半導体技術者の湯之上隆(ゆのがみ・たかし)氏に話を聞いた。

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■「復活」ではなく、「新たな挑戦」だと考えたほうがいい

――かつては、世界トップレベルともいわれた日本の半導体産業はその後、急激に衰退し、今や世界から大きく後れを取っているように見えます。これを官民一体で復活させようという動きがあるようですね?

湯之上 私が技術者として日立製作所に入社した1980年代の後半は日本の半導体産業の全盛期で、その当時、世界の半導体生産における日本のシェアは約50%を占めていました。

ただし、ひと言で「半導体」といっても、半導体には大きく分けてデータを保存する「メモリー半導体」と、演算を行なう「ロジック半導体」、そしてセンサーなどに使われる「アナログ半導体」の3種類があります。日本が圧倒的なシェアを誇っていたのは、メモリー半導体のDRAMです。

その後、このDRAMは韓国メーカーとの競争に敗れて、2000年頃にはエルピーダメモリを残して撤退。そのエルピーダメモリも、12年に倒産してしまいます。

一方、今、最先端の技術開発競争の舞台となっているロジック半導体に関していえば、日本はもともとロジック半導体の分野では強くなくて、それがさらに弱くなり、世界の技術レベルから大きく後れを取って、現在に至っています。

ですから、最近「日本の半導体産業を復活させる」といった話をよく聞きますが、それは「復活」ではなく、むしろ「新たな挑戦」だと考えたほうがいい。そこを勘違いしている人が多いのが気になります。

――そのロジック半導体の技術で、日本はどのくらい後れを取っているのでしょう?

湯之上 ロジック半導体は微細化するほど演算速度が上がって高性能化するため、いかにトランジスタという素子を微細化するかという技術競争が60年ほど続いてきました。

一般的に半導体は、1世代ごとに約70%の微細化が進みます。それを「テクノロジーノード」という数値で表すのですが、日本の技術開発が10年頃に45ナノメートル(注:1ナノメートルは100万分の1ミリ)付近で止まってしまったのに対し、米インテルが現在10~7ナノメートル付近、そして最先端を走る台湾のTSMCと韓国のサムスンが3ナノメートルで争っていて、日本はこれらのトップグループから「9世代」も遅れている、というのが現実です。

■「リトルリーグの野球少年が、いきなりMLBで二刀流に挑戦する」ような話

――トヨタ、ソニー、NEC、三菱UFJ銀行など、日本企業8社が出資し、政府(経産省)からも3300億円の支援を受ける新たな日本の半導体メーカーの「ラピダス」が、27年までに2ナノメートルのロジック半導体の量産を目指すとしています。

湯之上 ロジック半導体の微細化は1世代進めるだけでも、「本当に解決策があるのか」と思えるほどの困難を伴います。そして、微細化が進めば進むほど、解決すべき技術的課題が増えていくという「逆ピラミッド」のような世界でもある。

今、この分野でトップを走るTSMCやサムスンも、文字どおり気が遠くなるほどの試行錯誤を繰り返し、巨額の投資を続けながら、一段ずつ微細化の技術的課題を乗り越えてきた結果として、今がある。

それを一気に9世代分も飛び越えて、世界最先端の2ナノメートルロジック半導体の開発と量産を目指すというラピダスの目標は、たとえるなら「大谷翔平に憧れるリトルリーグの野球少年が、いきなりMLBで二刀流に挑戦する」ような話で、私は正直、無理だと思います。

――そのラピダス以外にも政府が支援する、大型の半導体関連プロジェクトがいくつかあるようですね?

湯之上 熊本では、政府が4760億円の補助金を投入してTSMCの工場を誘致しました。広島では、倒産したエルピーダを買収した米「マイクロン」のDRAM工場に465億円(その後2000億円追加)、そして三重県の四日市などでは、元東芝の「キオクシア」と米「ウエスタンデジタル」が共同経営するメモリー工場に929億円を支援するとしています。

経産省主導の下、巨額の公費が補助金の形で投じられていますが、ソニーとデンソーが資本参加するTSMC熊本工場における日本の出資比率は30%、広島のマイクロンは100%米資本、四日市などのメモリー工場も50%は米資本ですから、これで日本の半導体シェアが大きく上がることはありません。

唯一、ラピダスだけは100%日本資本ですが、こちらは前述したように2ナノメートルが量産できるとは思えないし、百歩譲って成功したとしても、2ナノで何用の半導体をつくるかが明らかになっていない。

台湾のTSMCが技術的な困難を乗り越え、多額の投資で半導体の微細化を続けられるのは、最大の顧客であるアップルの存在と切り離せません。

アップルが毎年、クリスマス商戦で「最新のiPhone」を1億台売るためにTSMCがより高性能な半導体を開発し、その莫大(ばくだい)な売り上げが次の微細化を実現するための開発や設備投資に使われる。このサイクルが存在したからこそ、TSMCは半導体の微細化をリードし続けることができたのです。

■「自分たちの強み」を維持することが重要

――では、日本の半導体産業の生き残りのために、何をすればいいのでしょうか?

湯之上 私は、日本の「強み」を生かすべきだと思います。

半導体の生産には非常に多くの複雑な工程があるのですが、実はその過程で絶対に欠かせない製造装置(その部品)、および製造材料に注目すると、実は今も日本企業が大きな世界シェアを占めているものが多い。

製造装置では、6種類ほどシェアが高い製造装置がありますし、それ以外の製造装置でも、その部品に関して日本製が6割から8割を占めている。材料に関してもシリコンウエハー、感光性材料、研磨材、洗浄に必要な薬液などは日本製ばかりなんですね。こうした半導体製造工程の上流にある、日本の強みを生かし、育てる戦略が絶対に必要です。

これまで日本の半導体産業が衰退していく過程で、政府や経産省が主導した半導体関連のプロジェクトはことごとく失敗を繰り返してきました。

半導体の微細化に伴う技術的な困難や自分たちの実力もわきまえず、いきなり世界最先端に挑戦するという無謀な試みや、世界的な「半導体製造能力囲い込み」の流れを後追いしようとしている日本が、再び同じような過ちを繰り返すのではないかと心配しています。

それよりも、世界の半導体製造に絶対に欠かすことができない日本の装置や材料技術、それを支える中小企業などを支援し、グローバルに広がる半導体製造工程の最上流に位置する「自分たちの強み」を今後も維持し、さらに強化していくことが重要で、それが結果的に日本の半導体産業の未来を輝かせることにもつながると思います。

●湯之上 隆(ゆのがみ・たかし)
1961年生まれ、静岡県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所に入社。以後16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、デバイス開発センタ、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年、京都大学より工学博士授与。現在、半導体産業と電機産業のコンサルタントおよびジャーナリスト。微細加工研究所所長。著書に『日本型モノづくりの敗北』(文春新書)ほか。『微細加工研究所』公式ホームページ【https://yunogami.net】

■『半導体有事』
文春新書 1045円(税込)
かつては世界トップレベルといわれた日本の半導体産業はなぜ衰退してしまったのか? そして今、政府が多額の補助金を投じて日本の半導体産業を復活させるもくろみは、本当に成功するのか? 日立製作所などで半導体の微細加工技術開発に従事していた著者が、日本が凋落した理由、今こそ力を注ぐべき半導体産業における「日本の強み」を説く

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