庶民の味、アジフライがブームだ。それも素材や調理法にこだわって提供する店が増えている。なぜ、アジフライブームになったのか? 専門家に聞き、聖地といわれる場所に行って、その謎を解いた!
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■アジフライの聖地、長崎県松浦市を直撃!
庶民の味〝アジフライ〟が、今、ブームになっている。テレビの情報番組などが連日取り上げるほどの盛り上がりぶりだ。その理由をフードジャーナリストのはんつ遠藤氏が解説する。
「きっかけは、2019年の長崎県松浦市による『アジフライの聖地』宣言です。
松浦市はアジの水揚げ量が日本一ということで、市を挙げて大々的にアジフライの聖地を宣伝しました。僕も松浦でアジフライを食べたことがありますが、今まで食べたアジフライの中で本当に一番おいしかった。
普段食べているアジフライは、尾が残っていてぺったんこな感じのものが多いのですが、松浦市で食べたのは背骨や腹骨、ぜいごと尾を外した半身のフィレタイプで、身が厚くふっくらしている。鮮度も抜群です。
そこで『松浦のアジフライはおいしいぞ』と評判になって、19年頃から福岡でアジフライブームが起こりました。
その影響で昨年くらいから東京でも松浦のアジを使ったアジフライを出す店が増えました。また昨年『マツコの知らない世界』(TBS系)でも取り上げられて、全国的なブームへと広がったんです」
現在のアジフライブームのきっかけは、長崎県の松浦市だったのだ。
そこで(羽田空港から福岡空港まで約2時間、JR博多駅からJR有田駅まで特急で約1時間30分、JR有田駅から松浦鉄道の松浦駅まで約1時間20分の合計4時間50分。乗り換え時間などを含めると7時間近くかけて)、アジフライの聖地・長崎県松浦市に行き、仕掛け人といわれる友田吉泰(ともだ・よしやす)市長を直撃した。
――なぜ、松浦をアジフライの聖地にしようと思ったんですか?
友田 私の友人に神社の神主さんがいるんですが、彼が松浦市内のあるお店のアジフライがすごくおいしいと話していたんです。それで、そのお店に食べに行ったら、確かにおいしいけれども、私にとってはいつも食べている普通の味でした。ですから、そのときは「普通の味だよなぁ」と思っていたんです。
その後、関西に出張で行くことがあり、仕事終わりに家族経営をしている居酒屋さんに入ったら、メニューにアジフライがあったので頼んでみたんです。すると、なんだか薄っぺらくて、食べると独特の臭みが広がりました。それで「えっ、みんなこんなアジフライを食べてるの?」と思ったんです。
そして「このアジフライを食べている人が松浦のアジフライを食べたら、おいしさに驚くぞ」と確信しました。
実は、私が市長になる前、ある地方創生に関するセミナーに行くと、講師の方が「地方再生の鍵はその地域にある宝物を見つけることだ。そして、それを磨いて発信することだ」と話していたんです。
そこで、私が市長として立候補したとき(17年末)に公約として「アジフライの聖地を目指す」という項目を入れました。
――え、公約に入れたんですか(笑)。
友田 はい。それで出馬の記者会見をしたら、ある記者の方から「この『アジフライの聖地を目指す』ってなんですか?」って聞かれたんです。
――聞くでしょうね。気になりますもん。
友田 ですから「大分県の中津市は『からあげの聖地』と呼ばれています。唐揚げの聖地があるなら、アジフライの聖地があってもいいと思います。
松浦市はアジの水揚げ量が日本一の街です。いつでも新鮮なアジを提供できます。その新鮮なアジをフライにして食べていただければ、皆さんに松浦のアジフライのおいしさを知ってもらえるはずです」とお答えしました。
すると、ほかの記者の方からも、アジフライに関する質問がどんどん飛んできました。45項目あった公約の中で、アジフライの質問が一番多かったんです。
それで「アジフライの聖地」に関する政策を真っ先にやれば、マスコミの方もたくさん報道してくれるんじゃないかということで特に力を入れてきました。
――でも、アジの水揚げ量が日本一なら、アジフライじゃなくてもアジの刺し身でもよかったわけですよね。
友田 刺し身は海の近くであれば、新鮮でどこで食べてもおいしいじゃないですか。だから、差別化できないと思ったんです。
それにアジフライは庶民の味で、小さなお子さんからお年寄りまで食べますよね。外国人の方も、刺し身は苦手だけれどもアジフライなら食べられるという人が多そうな気がしたんです。インバウンドにも対応できるんじゃないかと思いました。
■宣言後、松浦市の観光客は13万人増!
――ちなみに、松浦のアジフライの定義とかってあるんですか?
友田 まず、松浦市で水揚げされたもの、または松浦市周辺海域で漁獲されたアジを使うこと。
それから、ノーフローズン(冷凍していないもの)、またはワンフローズン(1回だけ冷凍したもの)を提供すること。ワンフローズンも水揚げされたばかりのアジを新鮮なままさばいて、パン粉をつけて冷凍したものです。
松浦に来ていただいて食べる場合は、ノンフローズンで出せると思うんですが、時化(しけ)などでどうしてもアジが取れなかったりする場合があるので、そういう場合はワンフローズンになると思います。
冷凍・解凍を繰り返すと、解凍したときにドリップ(食材の水分)が出て、それが臭みの原因になると思います。ですから、松浦のアジフライは2度凍らせない。そうしたこだわりはあります。
――で、実際にどんな戦略でアジフライを広めようと思ったんですか?
友田 まず、松浦市でアジフライが食べられる飲食店のマップを作りました。また、福岡市の行列のできるお店として有名な「梅山鉄平食堂」さんにご協力いただいて、2018年に3日間の期間限定で松浦のアジフライ定食を提供する「アジフライジャック」をしたんです。すると、福岡のテレビ局などたくさんのメディアが取り上げてくれました。
さらに、翌年の19年に聖地宣言をすると、また、たくさんのメディアが伝えてくれて、松浦市内のアジフライを出す飲食店に行列ができるほどのお客さんが松浦にアジフライを食べに来てくださったんです。
その頃のお客さんは九州の方が多かったと思います。福岡でのPRがメインでしたし、福岡都市圏から人を呼ぼうというのが最初の戦略でしたから。ちなみに、聖地宣言後は、松浦市を訪れた観光客が約13万人増えました。
――でも、その翌年からコロナ禍が始まるわけですよね。
友田 はい。ですから「コロナ禍でもできることをやろう」ということで、市内にアジフライのモニュメントをいくつか建てたり、松浦鉄道とコラボして、つり革にアジフライの食品サンプルがついているアジフライ電車を走らせたりしました。
コロナ禍でなければ、モニュメントを建てようとか、アジフライ電車を走らせようとは考えなかったと思います。
――福岡を中心としていたアジフライブームが、今、東京にも来ているようですが、どう思いますか?
友田 そのあたりの流れは、私はよくわかりません。ただ、東京・高田馬場の「酒肴新屋敷」さんには、松浦アジフライのPRに協力していただいており、市ヶ谷のアジフライ専門店「トーキョーアジフライ」さんなどでは、松浦産のアジを使っていただいていると聞いています。
――あと、松浦のアジだけでなく、ほかのブランドアジでアジフライを提供する店もありますが、それについてはどうですか?
友田 それは、ほかのブランドアジのアジフライを食べて、おいしいなと思ったら、「じゃあ、今度は聖地宣言している松浦のアジフライを食べてみよう」と考えるのではないでしょうか。相乗効果が生まれるので、いいのかなと思っています。
――ありがとうございました。
■フィレ、半熟、低温調理。バリエーションも豊富に!
松浦市のアジが福岡でブームになり、それが東京に飛び火した。そして、今、さまざまな形でアジフライが提供されている。
昨年3月、お昼のアジフライ定食だけに特化してオープンしたのが、市ヶ谷の「トーキョーアジフライ」だ。店主の宮木聡司(みやき・そうし)氏が語る。
「私は福岡でお昼だけの定食店をやっているのですが、松浦にアジフライを食べに行ったとき『これは別物か』と思うくらいおいしくて驚きました。それで、アジにもお米にもパン粉にもこだわったお昼だけのアジフライ定食の店を東京でオープンしたらはやるのではないかと思ったのです」
実際、トーキョーアジフライは連日行列ができるほどで、早いときには午後1時半で品切れになるという。
また〝半熟〟のアジフライにこだわったのが、今年2月にオープンした五反田の「酒肴あおもん」だ。店主の渡辺慎一郎氏が話す。
「開業時に普通のアジフライと食感の違いを出すにはどうしたらいいのかを考えたんです。そこで、揚げ時間を20秒くらいにしたら、口溶けがやわらかなアジフライができました。
それで、いつもと違うアジフライが食べられるお店として認識してもらえるんじゃないかと思ったんです。アジフライブームは感じています。実際、うちのお店も3月の頭くらいから急激にお客さんが増えましたから」
最後に前出の遠藤氏が、最近のアジフライブームの広がりについて解説する。
「アジフライというと、尾がついたものをイメージしますが、東京などのこだわりのあるお店ではフィレタイプのものが多くなってきています。
また、今、とんかつなどは低温調理で白く衣を揚げるのがはやっているのですが、21年に練馬にできた『アジ好きですか?』というお店は、それを取り入れて低温調理したアジフライも出しています。
そして、アジフライは今後、レアな状態のフライに向かっていくと思います。実は宮城・仙台の『和呑旬通木』や『酒肴ノ食卓 氏の木』などでは、中まで火が通っていない少し生なアジフライを出していて、これが注目されています。今後は、こうしたレアなアジフライも全国に広がっていくのではないでしょうか。
また、唐揚げのように衣をカレー風味にするなどのバリエーションも考えられます。アジフライはまだまだ伸び代があるので、今後の展開が楽しみです」
アジは6月から8月が旬の魚だ。これからがアジフライのおいしい季節となる。アジフライブームは、この時期に一気に加速しそうだ。
※「鉄道むすめ」は株式会社トミーテックが展開する、全国の鉄道事業者の制服を着たキャラクターです。
※「西浦ありさ」は松浦鉄道株式会社で広報担当として勤務し、松浦アジフライ大使も務めています。