日本ですでに多くの人が目にしているリテールメディアの代表格は、ファミリーマートのレジ上に設置されたデジタルサイネージだろう。大型ディスプレーが3つ並んでいるケースが多い(伊藤忠商事提供)日本ですでに多くの人が目にしているリテールメディアの代表格は、ファミリーマートのレジ上に設置されたデジタルサイネージだろう。大型ディスプレーが3つ並んでいるケースが多い(伊藤忠商事提供)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「リテールメディア」について。

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「売り上げを増やす方法を教えてやろう」。12年前にこの話を聞いた私は幸運だった。私はコンサルティング、会社員向け学習教材の販売、研修・セミナー事業を営む会社を知人と経営している。個人向けでなく企業向けだ。

冒頭のアドバイスの中身は「商品や請求書にもチラシを同梱しろ」というものだった。絶対に開封してくれるからだ。たった数%の人が買ってくれるだけでも大きな売り上げを見込める。現在では、私たちは料金をいただいて他社セミナー等の宣伝もチラシに載せている。実は自社こそが宣伝媒体になるのだ。

世界的に「リテールメディア」が急成長している。小売店の実店舗やアプリ、ECサイトなどを媒体として掲載する広告のことだ。

日本で有名なのはファミリーマートのレジ上にある、ファミペイなどが宣伝されているディスプレー広告だろう。スーパーマーケットなどで似たようなデジタルサイネージ(電子看板)を見たことがある人も多いと思う。調査によってさまざまだが、米国での市場規模は10兆円弱にいたるとの推計もある。数年でテレビ広告の規模を抜くかもしれない。

これまで小売業は広告を出稿する側の立場だった。しかしメディア(媒体)を広く「お客と商品の媒介」と再定義すれば、自社店舗は立派な広告媒体だ。

来店者にディスプレーでおすすめ商品を紹介できれば、売り上げにつながるだけでなく広告料も入る。自社のECサイトに応用すれば、会員特性などを活用して最適な商品を提示したり、キャンペーンしたりもできる。

マス媒体に出稿するよりも小売店に出稿したほうが、直接的な効果を期待できると考える広告主も多いだろう。実店舗であれECサイトであれ、訪問者は何かを買う気でやってくる。

ところで、2016年にベルリンの駅で、通行人のクシャミが聞こえたら風邪薬の宣伝がディスプレーに流れるという試みがあった。それを知ったときはつい爆笑した。

しかし、今や笑い話ではない。もしかすると小売店では訪問者の画像を分析し、好みに合いそうな商品をデジタルサイネージで推薦してくるかもしれない。入り口で会員カードをかざしチェックインする店なら、購買履歴からマッチした新商品を教えてくれるかもしれない。セルDVD店では、これまでの傾向から好みの性癖やスタイルの新人女優を教えてくれるだろう(かなり恥ずかしいが)。

もちろん流すのは広告だけでなくてもいい。アーティストの新曲を流せば新たなラジオになるかもしれないし、入店時間内で完結するお笑いコンテンツがあればそこから火がつき、新たなM-1になるかもしれない。最新ニュースの独自解説があれば、それを目当てにお客が来る可能性もある。私もそんな仕事やりたいな。

100円ショップで売られる書籍は既存書店と違う第二の出版ルートになったが、リテールメディアも既存メディアを代替する表現舞台になり「小売店発の有名人」が登場する。

それにしても、と私は思う。天才集団のGoogleは「あれだけ頭がいい人たちが考えても、結局、儲かるのは広告を出稿してもらうビジネスモデルだったんだね」と教えてくれた。小売店は商品販売が薄利でも、広告で儲かるとすれば......それは「小売広告業」のはじまりだろう。

●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。最新刊『調達・購買の教科書 第2版』(日刊工業新聞社)が発売中!

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