レーズンのヘタをきれいに除去するような、徹底的にお客さま(消費者)思いの丁寧な「日本品質」は日本の長所だと思われているが、その結果として「買い負け」が加速している?(写真はイメージ)レーズンのヘタをきれいに除去するような、徹底的にお客さま(消費者)思いの丁寧な「日本品質」は日本の長所だと思われているが、その結果として「買い負け」が加速している?(写真はイメージ)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「日本企業の悪習」について。

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「くぎの色は灰色ではなく白のはずなので、このままでは認められない」。

衝撃的な話を聞いた。東日本大震災のとき、日本の某住宅メーカーは復興に役立とうと、仮設住宅やプレハブの建設に最優先で取り組んだ。検収を迎えた日、某県の担当者が放ったのが冒頭の言葉だ。たしかに職員としては真面目に職務をまっとうしたのだろう。しかし緊急時だ。メーカーは反論したが埒(らち)が明かず、くぎを白色に修繕して納品したという。

某外資半導体メーカーをヒアリングした際にも面白い話を聞いた。2021年から2022年にかけて、日本企業が半導体入手で困っていた。なぜ日本は苦労するのかと売り手である同社に質問すると、「とにかく決断が遅いんだ」。

ブツを確保するからすぐに注文書を出してくれといっても、決裁まで多層の承認に数ヵ月。ただでさえ発注量が減少しているのに、日本企業はいまだに納品されて当然の態度で接してくる、と。

きわめつきは日本の某食品メーカーの話だ。国内向け製品のみ、パンに入れるドライレーズンのヘタを除去しているという。ヘタといっても微細でほとんどわからないのに、中国やベトナムに送って処理をしてから日本の消費者に供給する。

もちろん歩留まりは悪化し、時間もコストもかかる。「こんなことをさせて供給難とは笑わせますよ。日本品質についていける海外企業は少ない。同じ金額なら他国に売るでしょう」。

経済評論家と呼称されがちな私だが、自ら名乗ったことはない。あくまで現場で、現実と現物を見つめ続ける実践者にすぎない。国力が下がり、日本企業は食料をはじめ多くの品目を他国に買い負けしているといわれる。しかし、私の地べたからの視線で見ると、他国の経済成長だけが理由ではなく、日本企業の悪習というべき背景もあるように思える。

先述の三例をなぞれば、それは杓子定規(しゃくしじょうぎ)さ、決断の遅さ、品質要求の過剰さだ。

日本では明治維新から150年ほど人口増加が続いた。企業の成長率と人口増加率はほぼ同じだと結論づける経済学者もいる。人口増の社会では横並びで、大量生産に邁進(まいしん)し、ルールを守ればよかった。まさにJTC(Japanese Traditional Company)だ。

経済学者や経営評論家はマクロな観点から日本を嘆いてみせる。ならば私は現場の事象を一つひとつ愛撫(あいぶ)することで、身に迫る危機感を醸成できないか。このたび発売される私の書籍『買い負ける日本』では半導体、食料、資源、人材などすべてに"買い負け"する日本企業の現状を書いた。本業と並行し、1年かけてさまざまな人に話を聞いた。

日本企業は面倒くさいことで知られる。取引開始時の書類審査や監査などは煩雑だ。不具合が生じたら、どの製品が原因かわからないのにレポートを要求する。すると、必然的に海外メーカーは日本の商社に対応を任せる。日本の買い手にいたるまでに、商社や代理店が何重にも関与しているケースがある。

私が聞いて印象的だったのは、海外メーカーが日本企業に販売している事実を知らなかった事例だ。彼らからすると極東の商社に卸しているだけ。「え、日本企業ってウチの製品で困っていたんだ?」と笑われた。日本企業よ、勝負に負けた事実すら理解されぬ現状を直視せよ。

●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が今月26日発売予定!

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