あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「夏の平均気温と企業の営業利益率」について。
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「世の中に断言できるものはほとんどないんです」。故・上岡龍太郎さんの卓見だ。世の中が即時の反応を求めたり、コメンテーターが結論を急いだりするのを諌(いさ)めているように感じた。もっと世の中は複雑だ。単純な言論に抗(あらが)うべし。私が勝手に上岡さんから受け取ったメッセージだ。
最近、「暑いですねえ」が会話の口上となっている。社会人になりたてのとき、ビジネスでは「政治と歴史観とプロ野球の話はするな」といわれた。意見が対立したら収拾点がない。あくまでビジネスなのだ。
とはいえ、「三上悠亜(ゆあ)さんの引退についてどう思いますか」「いやあ大変お世話になった女性を失いますなあ」といった会話で商談が盛り上がるとは思えないから、天気や気温の話題は万国共通なのだろう。無難だしね。だからテレビは話題に困れば天気と気温のニュースで盛り上がる。
ところで今年の夏は何が売れているのだろうか。1年前と比較しPOSデータの上昇率を見てみた。ふたたび新型コロナが流行しているためか、風邪薬や咳痰薬が売れている。インバウンド需要も旺盛らしい。
明るい話題でいえば、リップに顔パック、ヘアトリートメントが伸びている。なるほど、いよいよ外出が本格化しているためだろう。また発泡酒、スピリッツ類の動きもいい。これは連日の猛暑ゆえだろうか。
猛暑や厳冬だと人びとが消費に走るイメージがある。夏なら暑気払いにビール、冬なら重衣料を買い求める。実際、気温と企業業績の好調さを関連付けて語るニュースもある。
それは一部の側面では正しいかもしれないが、ほんとうにそうなら灼熱(しゃくねつ)の国と極寒の国は経済が大成長しているはずだ。「世の中に断言できるものはほとんどないんです」よ。
そこでデータが残る2004年から2019年までの、夏の平均気温と企業業績を調べてみた(上図)。特殊要因を排除するため、2020年からのコロナ禍は除いた。横軸はその年の7~9月の平均気温、縦軸は企業の当該四半期の売上高比営業利益率で、全産業平均と飲食サービス業のみの数字を抽出した。経常利益は突発的な事情で左右されるから、本業の営業利益を見たが、見事に無相関だ。
ほかの産業でも平均気温との関連分析を試みたが、ほぼ相関は見当たらなかった。暑くて儲かる年もあれば、儲からない年もある。それよりもほかの因子が複雑に絡み合うし、全体の景況感にも左右される。なあんだ、考えてみれば当然のことだ。
また、経済波及効果についてもよく語られる。「ある日の気温が40度を超えた。ビアホールやかき氷、冷感スプレーの売上げがすごい! 猛暑の経済効果は〇〇〇億円だ!」なるものだ。
これが本当ならば温暖化するほど経済は成長するんだろうな。しかし考えてほしい。そのタイミングではそうかもしれないけれど、月間のお小遣いは変わらないでしょ? 何かに支出したら、何かを節約するでしょ?
巷間(こうかん)いわれる経済波及効果はマイナス分が計算されていない。マイナス分を含めるとしょぼい効果だ。消費行動と企業業績は単純ではない。「風が吹けば桶屋(おけや)が儲かっても、その分を節約する人がいる」のだから。と、このような話を会社の同僚らにしていたら面白い反応があった。「面倒くさくて暑苦しい話ですね」
●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI)
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!