10月より酒税が改正され、ビールが安くなる! その一方で、第三のビールは税率が引き上げられ、発泡酒と一本化。こうした環境の激変に、大手各社の戦略は4者4様。最後に笑うのはどこだ!? その先行きを占った。
■ビールへの回帰が始まる?
10月の酒税法改正に向け、ビールメーカー各社の動きが活発だ。
ビールに関わる酒税の改正は2020年以来、3年ぶり。これは26年に予定される次の改正と合わせて、3段階で予定されるビール税改革の一端だ。
では、それによってビール市場はどう変わるのか? ビール業界を長年取材してきた経済ジャーナリストの永井隆氏が解説する。
「今年10月の改正でのポイントはふたつ。ひとつは、ビールへの課税が6円65銭減税されて63円35銭になり、安くなること。もうひとつは、第三のビールが9円19銭増税され、発泡酒と同額の46円99銭となる点です(いずれも350ml当たり)」
ちなみに、発泡酒と第三のビールは何が違う?
「平たく言えば発泡酒は麦芽の使用率が50%未満の酒で、ほとんど麦芽を使わずに造る第三のビールとは製法が異なります。従来は第三のビールの税率が発泡酒に比べて安かったのですが、今回の改正で第三のビールという区分はなくなり、定義上は発泡酒になる。
それによって消費者もメーカーもある程度、ビールへの回帰が進むことになるのではないでしょうか」
そうした動きをにらんでこの秋、大手各社が既存のブランドを使った新たな商品展開を進めているのだ。
「アサヒが新たに投入する『スーパードライ ドライクリスタル』が好例でしょう。一般的にビールのアルコール度数は5%前後ですから、自社の一大ブランドを使って3.5%の低アルコール商品をリリースするのは、かなり革新的な動きといえます」
これはメーカー側がニーズの多様化を重視している証しだと永井氏は語る。
「人口減少や若い世代のアルコール離れなどから、ビール市場全体が縮小している現実があります。そのためビールでメガヒットを狙うのは非効率で、スタンダードビールで最後のホームランといえる『一番搾り』にしても、かれこれ33年前の商品になります。
これからは"量より価値"を狙った商品作りが必要となるはずで、この秋のラインナップからは各社のそんな思惑が透けて見えますね」
■新商品からわかる、大手4社の戦略とは?
各社の動きを具体的に見ていこう。ビアジャーナリストのこぐねえ氏が解説する。
「まずアサヒは、前出の『ドライクリスタル』のように、お酒の苦手な人、あまり飲まない人へのアプローチをますます強めている印象を受けます。21年に発売されたアルコール分0.5%のビールテイスト飲料『ビアリー』もそれなりに話題を集めましたからね」
既存のパイを奪い合うのではなく、新たな市場をつくり出す。ほかの3社と比べ、アサヒはそんな動きが顕著だという。
「一方、キリンは21年から力を入れていた高価格帯ブランド『スプリングバレー』の新商品を10月24日にリリースする予定。"クラフトビール"をキーワードに戦略を立てているように見えます。
爽快路線に振り切った『ハートランド』や飲食店向けのクラフトビールサーバー『タップ・マルシェ』など、今は目立った結果につながっていなくても、先を見据えた仕込みとしては興味深いものがあります」
10月10日には小麦麦芽でまろやかに仕上げた『キリン一番搾り やわらか仕立て』(期間限定商品)もリリースするキリン。一般的なビールの枠に当てはまらない味わいを追求する意思を感じさせる。
「サントリーはとてもわかりやすいですね。従来の『ザ・プレミアム・モルツ』を中心とするハイブランド路線、4月に投入した『サントリー生ビール』などのオーソドックス路線、そして糖質オフの『パーフェクトサントリービール』に代表される機能系ビール路線の3本立てで引き続き戦うスタンスなのでしょう。
このほか、炭酸水で割って飲む『ビアボール』や、氷を入れて飲む『アイスドラフト〈生〉』など、ビールの多様な楽しみ方を提案して、若年層にアプローチする姿勢を感じます」
サントリーからは今秋、糖質0の「パーフェクトサントリービール〈黒〉」も登場。その反響が注目される。
そんな3社に比べて、やや狙いが見えにくいのはサッポロだという。
「少なくともこの秋のタイミングだけに注目すれば、『サッポロ生ビール ナナマル』のような糖質・プリン体70%オフ商品がリリースされるなど、新たな価値づくりに取り組んでいる様子はうかがえるものの、明確な方針が感じられるとまではいえません。
既存の黒ラベルやヱビスビール支持者を大切にしながら、試験的な取り組みを続けていくのかもしれませんね」
なお、第三のビールに対しても、各社の対応はまちまち。サッポロは好調の「ゴールドスター」を、アサヒは「クリアアサヒ」「アサヒ ザ・リッチ」「アサヒ オフ」の3ブランドを強化する姿勢を見せている一方で、サントリーやキリンは様子見の構えだ。
■酒税法改正が終わる26年に笑うのはどこ?
次に控える26年の改正では、ビールも発泡酒も新ジャンルもすべて一律の酒税が課せられるようになる。つまり、「発泡酒や第三のビールはビールより安い」という構図が根底から覆るのだ。
逆に言えば、この改正に合わせた立ち回りは、向こう10年の覇権争いを左右すると言っても過言ではない。永井氏にこの先の見通しを聞いた。
「今回の改正で、第三のビールという区分はなくなりますが、それでもこれだけ経済成長が停滞しているわけですから、人々は引き続き安い商品を求めることになるでしょう。
その結果、メーカーはいかに生産コストを下げるかに注力することになります。具体的には、パッケージを簡略化したり、広告宣伝を抑えたり、流通を効率化したり......。そうした流れの中で、大手各社はプライベートブランド商品に活路を見いだすのではと予想しています」
例えば大手量販店のオリジナルビールを受託製造すれば、すでに販路が確約されている分、宣伝費をかける必要がないのでメーカー側のコストは下がり、その分価格も安く設定できる。
「ビールは嗜好(しこう)品だからこそ、社会の変化と無関係ではいられません。1980年代のように国民の8割が中流意識を持っていた時代であればともかく、これほど格差が問題視される世の中では、引き続き安い商品が支持されるでしょう」(永井氏)
価格という観点では、近年市場を急拡大させている缶チューハイや缶カクテルなどが、目下ビールにとって最大の敵になる。これらの税率は26年まで据え置かれる上、26年以降も発泡酒や第三のビールより20円近く安いからだ。
「そうした動きを見据えてメーカー側の視点に立てば、この秋以降の市場動向だけでなく、3年後までを見据えて、いかにぶれずに戦略を実行できるかが大切だと思います」(永井氏)
前出のこぐねえ氏が補足する。
「その意味では、酒税法改正後の覇者は、現時点ではアサヒの可能性が高そうです。19年の調査では、20歳以上の男女の4人にひとりがお酒をまったく飲まないという結果が出ていますから、こうした層に活路を見いだすのは賢明でしょう。
3.5%の『ドライクリスタル』を試飲した際は驚きました。低アルコールと聞いてついパンチが弱いのではと思ってしまったのですが、一般的なビールと遜色ない飲み応えを感じたからです。多くの消費者に受け入れられる可能性は十分にあるでしょう」
アサヒが業界1位の座を守り抜くか、それとも3社が猛追を見せるか。目が離せない。