制度開始から1ヵ月。事務処理方面での混乱と比べると、契約切りや値下げ圧力は予想されたほど起きていないようだ(写真はイメージ)制度開始から1ヵ月。事務処理方面での混乱と比べると、契約切りや値下げ圧力は予想されたほど起きていないようだ(写真はイメージ)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「インボイス制度」について。

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インボイス制度がはじまって1ヵ月がたった。インボイスとは「消費税を受け取りました」と、売り手が買い手に渡す領収書と思えばいい。

年間課税売上高1000万円以下の事業者は、これまでは買い手(取引先)から売上本体金額に加えて消費税分も受け取っていながら、それを納税しなくてもよかった。しかし、インボイス=領収書を発行する事業者になると、納税せねばならなくなる。だからといってインボイスを発行しなければ、(売り手に対して支払った)消費税分の控除を受けられない買い手の負担が増える。だから弱小事業者はインボイスを発行せざるを得ず、税負担が増えるだろう。――このように予想する向きが大半だった。インボイス制度反対論者もこのような論を張っていた。

これに対して、私は週プレで「大企業の買い手は、そんな小規模事業者とほとんど取引しておらず、もともと気にしていない(大意)」し、「小規模事業者は売上が1000万円以下なら、そもそも事業として成り立っていないので、これをきっかけに1000万円超になるように事業を刷新しよう」とエールを送った。

ただ、制度がはじまったらどうだろう? 周囲の企業に訊(き)いてみたところ、事前の予想どおりとはいえないきわめて面白い現実を見た。

まず買い手の大企業だが、インボイスを発行しないからと小規模事業者との取引を切った例はさほどない。報道ではそんな企業もいるようだが、私のまわりにはいなかった。

というのも、買い手がこうむる消費税分の負担には、6年間は移行期間として優遇措置があり、当面の負担割合は少ない。しかも、消費税分を強引に値下げさせると、優越的地位の濫用といわれる。つまり、負担を避けるためになじみの取引先を切ったり圧力をかけたりすることで、行政や社会から「大企業の横暴!」と非難され対応するコストのほうが大きいと判断されていた。なるほどねえ、リアルな話だねえ。

しかし、もっと私の脳天に衝撃を与えてくれたのは、某企業の調達部長の意見だ。「あのねえ、報道されているみたいに、インボイスを出さないからって取引先を切る企業はありませんよ。だって、空前の人手不足でしょう。そんなので切っていたら、どうやって人材を集めるんですか」。なるほど、おそろしく現実的な話だ。「むしろ『ウチはインボイスを出さなくても取引を継続しますよ』くらい言ってあげたらどうですか。今は各社とも求人費用をドブに捨てているような状況ですから」

つまり、政府は制度開始にあたり、取引への影響を心配する声に対しては「深刻な求人難になるほど景気を刺激します。簡単には取引を切られませんから、安心してください」と説明すべきだったのだ。これは半分冗談だが、半分は本気だ。

そして、納税はするがインボイスの事務処理が大変だとの指摘には、「景気を浮揚させ、所得も上げますから、大小かかわらず全事業者の売上の10%を消費税として機械的に徴収します。税金は平等であるべきですからね。8%の軽減税率も一斉に廃止しますので、事務処理が大変にはなりません。安心してください」と説得(制度設計)するべきだった。これが現実的じゃない? いまさら反対デモは犬に食わせたらいいよ。

坂口孝則

坂口孝則Takanori SAKAGUCHI

調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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