川喜田 研かわきた・けん
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。
イギリスの経済専門誌『エコノミスト』のビッグマック指数によれば、世界の中でも日本はビッグマックがかなり安いらしい。つまりどういうこと? 安いとなんなの?って思ったので週プレが独自調査を敢行! 世界各地に住む方々に、マックの時給とビッグマックの値段を聞いて円建てにしたら、日本は物価も賃金もかなり悲惨でした!!
ビッグマック指数とはイギリスの経済専門誌『エコノミスト』が毎年発表している経済指標。マクドナルドが世界100ヵ国以上でほぼ同品質で販売するビッグマックの値段は、その国の原材料費や光熱費、店舗の家賃、従業員の賃金など、さまざまな要素を反映するため、各国のビッグマック1個の値段を米ドル建てで比較することで為替レートのゆがみや、その国の購買力(≒豊かさ)がわかるといわれている。
具体的には、日本のビッグマックの値段は1個450円(都心店、準都心店を除く通常店の価格)だが、今年8月に発表された最新のデータによれば、日本のビッグマックの価格は対アメリカ比マイナス43.2%で、調査対象54の国と地域(ユーロ圏は1国として計算)中44位。つまり、日本は今や世界有数の"ビッグマック激安国"なのだ。
日本のビッグマックが他国に比べて安いのは、日本の購買力が低下している≒貧しくなっているからなのか、それとも作るための人件費や国内で調達できる原材料費が安すぎるからなのか......。いずれにせよ日本経済の現状を他国と比較して考えるときに「ビッグマックの値段」や「マクドナルドのバイトの時給」は身近で具体的な例としておもしろそうだ。
そこで、週プレでは東京(日本)、北京(中国)、バンコク(タイ)、サンパウロ(ブラジル)、ロサンゼルス(アメリカ)、ジュネーブ(スイス)の世界6都市を対象に、ビッグマックの値段とそこでのマクドナルドのバイトの時給、さらには「1時間のバイト代で買えるビッグマックの個数」を独自に調査した!
・東京(日本)
ビッグマックの価格......470円
その店舗の時給......1150円以上
《1時間の労働で買えるビッグマックの数》2.45個
・北京(中国)
ビッグマックの価格......525.64円(25元)
その店舗の時給......約370円(約17元)
《1時間の労働で買えるビッグマックの数》0.70個
・バンコク(タイ)
ビッグマックの価格......615.75円(145バーツ)
その店舗の時給......191.09円(45バーツ)
《1時間の労働で買えるビッグマックの数》0.31個
・サンパウロ(ブラジル)
ビッグマックの価格......696.25円(22.9レアル)
その店舗の時給......約180円(約6レアル)
《1時間の労働で買えるビッグマックの数》0.25個
・ロサンゼルス(アメリカ)
ビッグマックの価格......848.17円(5.69ドル)
その店舗の時給......2501.28円(16.78ドル)
《1時間の労働で買えるビッグマックの数》2.95個
・ジュネ―ブ(スイス)
ビッグマックの価格......1320.53円(7.80スイスフラン)
その店舗の時給......3555.28円(21スイスフラン)
《1時間の労働で買えるビッグマックの数》2.69個
これを見て、改めて実感するのが東京の安さだろう。ビッグマック1個が470円(準都心店価格)というのは、今回選んだ6都市中でも最安値だ。最も高かったジュネーブの1320.53円というのもビックリだが、北京(525.64円)やバンコク(615.75円)、サンパウロ(696.25円)と比べても、やはり東京は断トツに安いようだ。
もうひとつ衝撃的なのが、アメリカやスイスとの圧倒的な時給の差だ。今年度は日本でも最低賃金が全国平均で43円と過去最大幅で引き上げられ、時給が最も高い東京では1113円となったが、ロサンゼルスの時給はその倍を優に超える2501.28円。さらに最新のビッグマック指数で1位となったスイスのジュネーブでは、時給が3555.28円と、実に東京の3倍以上の高給のようだ。
では、これらのデータは何を意味するのか?
「正直、私も含めて、いわゆる『ビッグマック指数』を確度の高い経済指標ととらえているエコノミストはいないと思います」と語るのは、経済アナリストの森永康平氏だ。
「なぜなら、『マクドナルドのビッグマックが、どの国でも商品として均質で、本来は同じ価値を持つ』というビッグマック指数の前提自体が間違っているから。実際には、同じビッグマックでも、その国や地域ごとにメニューの中の位置づけや売り方は異なります。また、宗教上の理由で牛肉以外の肉を使っている国などもあり、商品自体も決して均質とはいえません」
確かに、中国やタイ、ブラジルでは、ビッグマックの値段が想像以上に高かった半面、時給は日本よりもずっと低く、1時間のバイト代ではビッグマック1個も買えない。サンパウロのマクドナルドは、若者が少しぜいたくなデートスポットとして利用しているそうだ。
一方で興味深いのは、東京よりビッグマックの値段もバイトの時給もはるかに高いジュネーブやロサンゼルスと「1時間のバイト代で買えるビッグマックの数」で比べると、ロサンゼルスが約2.95個、ジュネーブは約2.69個と、いずれも東京(約2.45個)とそれほど大きな差がなかったことだ。
「そこは重要な点で、最近『今や円安で海外のほうが賃金も高いから、外国に出稼ぎに行ったほうがいい』みたいなことを言う人がいますが、賃金だけを比較しても意味はありません。物価が高くて、生活費が2倍以上かかってしまうというケースも多いのです。
もちろん、アメリカやスイスから旅行で日本に来れば、『ビッグマックがめちゃくちゃ安い!』ってなりますし、逆に日本から海外に行けば『ビッグマックがこんなに高いの!?』となるわけですが、その国で働いて暮らすことを考えたら、物価だけを比較しても意味がありません。
その上で、今回のデータから今の日本の経済を反映している点を指摘するなら、円安による為替レートの影響を差し引いても『アメリカやスイスと比べてビッグマックの値段も、バイトの時給もはるかに安い』という日本の現状が、『賃金上昇を伴う経済成長に失敗した国』としての日本経済を象徴している、ということではないでしょうか」
日本単体で見れば「ビッグマックは安いし、賃金も比較的高いからいいじゃん」と思ってしまいそうだが、国内自給率の低い日本は、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻による世界的なエネルギー・食料価格の高騰、金融引き締めに転じた欧米との政策の違いによる急激な円安などによって、物価だけが上昇し、賃金の上がらない状況にいる。
「そもそも日本経済停滞の最大の要因は、バブル崩壊後に『より高い付加価値の商品を高い値段で売る』のではなく、『商品のコストを削って安く売る』という形の競争しかできなかったことです。
かつて多くの企業がコスト削減のために、どんどん人件費の安い国外に生産拠点を移した。なので、国内への設備投資や雇用は減り、円安で輸出企業は儲かっても、その利益は海外での再投資に回されて国内の賃金に反映されず、実質賃金が下がり続けた。その結果、国内の消費が伸びずに内需が冷える......という悪循環が続きました。
ところが、その日本でも、エネルギーや原材料の高騰に円安も重なり、値上げせざるをえない状況が起きたことで、モノの値段が近年一気に上がり始めました」
だが、これは日本にとって決して悪いことではないと森永氏が続ける。
「それにより消費者の意識が大きく変わり『将来もっと値上がりするだろうから今のうちに買っておこう』という心理が働いて消費全体が押し上げられます。重要なのは『値上げは仕方ないよね』というムードが広がったこと。実際、値上げ自体はかなり進みました」
「そこに『継続的な賃金の上昇』が伴わなければ、すぐまたデフレに逆戻りしてしまうと私は考えています。
確かに今年の春闘では約30年ぶりの賃金上昇率(平均3.58%)になりましたが、これが来年、例年どおりに戻ってしまえば『やっぱり節約しよう』となり、消費が縮む可能性は大きい。
そもそも、賃上げを実現できたのは一部の大手企業だけで、日本の雇用の大部分を占める下請けなどの中小企業は、円安による原材料のコスト高を価格に転嫁できず、賃上げどころか収益の悪化や賃金格差による人手不足に苦しんでいます」
では、そうした中で、賃金上昇を伴う経済成長を実現するためには、どうすればいいのだろうか?
「やはり、短期的には政府による介入が必要でしょう。具体的には今の金融緩和を続けつつ、消費者の購買力を下げない政策を取るしかない。一番手っ取り早いのは消費税減税です。
岸田政権は1回限り4万円相当の所得税減税と現金給付に約5兆円を投じるとしていますが、私はそれよりも、現在、軽減税率の適用対象となっている食品の消費税を8%から0%にするほうが効果的だと思います。先日、家計調査のデータを分析したら、20、30代の単身勤労世帯だと1ヵ月の支出の約25%が食費だったんです。
今年に入って食品全体の価格は10%近く上がっていますが、仮に食品の消費税分の8%がなくなれば、値上り分の大半が吸収されますし、そのために必要な財源はおそらく所得税減税+現金給付に必要な額と大きくは変わらないはず。それに、たった1回の所得税減税による4万円が、消費ではなく貯蓄に回ってしまう可能性があるのに対して、生活に欠かせない食品の消費税8%分という実質的な値下げは、所得税非課税世帯にもメリットがあり、しかも、消費することでしか享受できません」
一方、中長期的には、円安を逆にとらえ、そのメリットを生かした産業と雇用の国内回帰が、今後の成長の鍵になるという。
「これだけ円が安くなるということは、その分、海外と比べて、国内の人件費が相対的に下がるわけですから、中国など海外に移してきた生産拠点を国内に戻せば、国内に新たな雇用や設備投資が生まれる。すでにそうした国内回帰の動きは始まっています。
グローバル化だ、市場経済至上主義だと、キラキラした言葉に踊らされ、結局30年間、日本の経済がまったく成長しなかったのは、その間の政策がダメだったから。つまり全部その逆をいけばいいんです」
岸田首相にはスーパーの次にマクドナルドでビッグマックを食べていただき、成長も賃上げも足りない日本経済の実態を、じっくり噛み締めてほしい!
ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。