坂口孝則Takanori SAKAGUCHI
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「SHEIN(シーイン)」について。
* * *
脱成長を叫んでいるくせに、書籍印税やメディア出演料を稼ぐ学者に偽善を感じる人は多いだろう。てめえこそ資本主義のど真ん中で活動しているからだ。資本主義とは反資本主義すらも呑み込んで成長していく人類の発明だ。今回はそんなニュースを2点。
【1】SHEINが米国での上場を申請?
私は数年前から、シンガポールに本拠を置く中国発のアパレルEC、SHEINに注目してきた。とにかく安く、早く・速く新作を発表する。世界中のSNSを巡回し、流行をただちに察知し、デザインを作り上げ、中国にある無数の協力工場が最小ロットで生産する。商品は各国へ直送され、少額ゆえ輸入関税等もかからない。ファスト・ファッション以上のファステスト・ファッションというべきか。アプリのUIも素晴らしく操作性がいい。アパレル企業が優れたIT施策を打っているのではなく、ITオタクがアパレルをやっているイメージ。Z世代やα世代に大人気で、私の妻も息子によく買っている。
昨夏には米アパレルストアチェーンのFOREVER 21(フォーエバートゥエンティワン)と契約を結び、商品のクロス販売を可能とした。同社店舗で体験機会を増やし、ブランド認知度を高める狙いだ。英国でも女性向けブランドのMissguided(ミスガイデッド)を買収。市場支配を進めている。
ただ、衣類の廃棄率は低いとはいえ、大量生産と大量消費の鬼っ子。若年世代はSDGsとか格差解消に夢中なんじゃないのか。安くてファッショナブルならいいということね。
またSHEINの米国証券市場上場に関して、米連邦議会の議員団から反対があった。外注の生産工場で強制労働が疑われたためだ。そこでロビー活動費に四半期だけで60万ドル(約9000万円)を費やした。ただ、それ以外の歪(ゆが)みも顕(あら)わになってきた。
【2】ユニクロがSHEINを提訴
ユニクロは先日、ラウンドミニショルダーバッグの模倣品によって知的財産権を侵害されたとして損害賠償と対象商品の販売停止を求め、SHEINを提訴した。世界中のSNSを巡回してデザインする以上、類似の商品が出ることは必然といえた。もちろん私はSHEINが模倣したと断言はしない。ただ、ユニクロとSHEINの当該商品を比べるとたしかに似ている。
企業が費用と時間をかけて開発した商品を模倣されてしまえば、当然、市場競争は歪む。知的財産が保護されなければ商品開発は進まない。訴える必然性はよくわかる。ただ気になるのは、裁判をしても模倣を証明するのは簡単ではなく、さらに費用も時間もかかる点だ。
いっぽう、SHEINにしてみれば訴訟は茶飯事ともいえ、少し調べただけでも数十件確認できる。米国ではデザイナーらが提訴しているが、そもそも少量で販売が終わり、次々に新商品が登場することもあり、勝訴しても得られる金額が少なく「やってられない」らしい。
私にはSHEINが現代の矛盾の象徴のように感じる。環境、脱成長、SDGsと言いながらも安さを求める社会。人権とロビー活動。スクローリングなどIT技術の発展と、裏表のような知財権の侵害。脱中国と言われつつ続く中国工場の世界支配。
生成AIの進化によってさらに事態は深刻化するだろう。時代の女神か、もしくは時代の魔女(=SHE)がこの企業には入って(=IN)いる。
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!