今年の春闘でも賃上げムードは継続中だが、まだ物価上昇のペースには届いていない。引き続き「値上げ、賃上げ、当たり前」な時代になりますように(写真は昨年春闘時、産業別労働組合JAM事務所) 今年の春闘でも賃上げムードは継続中だが、まだ物価上昇のペースには届いていない。引き続き「値上げ、賃上げ、当たり前」な時代になりますように(写真は昨年春闘時、産業別労働組合JAM事務所)
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「値上げ・賃上げ」について。

*  *  *

「ひとり価格ドットコムだね」。数年前、鬼才・山田五郎さんとラジオ番組でご一緒したとき、そう命名してもらった。私は当時、クライアント企業のコスト改善の仕事をしていた。仕入先企業を無数に調べ、変更して支出抑制を図る。デフレ時代の鬼っ子かもしれない。

そんなデフレも終わりを迎える可能性がある。先日、NHKが春闘にからめて賃上げ、デフレ脱却について特集した大企業100社へのアンケート結果が興味深い。デフレを「脱却した」と回答したのが21社、「脱却していない」は36社(「わからない」などもあるので合計が100にはならない)。

一方で賃上げは「引き上げ/引き上げる可能性が高い」が45社にのぼった。また自社商品の値上げを67社が実施しており、取引先からの値上げ要請も75社が受け入れている。

なかなか面白いのは、賃上げはするし、自社商品も仕入価格も上げているのに「デフレを脱却していない」との認識が多数である点だ。おそらく、まだ希望の水準には達していないからだろう。賃金上昇は物価上昇に追いついていないし、自社商品ももっと値上げしたいはずだ。

ところで個人的な話。私は冒頭で紹介したように、コンサルティング会社でコスト削減を請け負っていた。毎日、クライアントの支出データとにらめっこ。削減できるところはないか、仕入先を入れ替えることで安くできないか、仕様を削れないか......などなど、ずっと考えていた。仕入先から見積書がやってくると間違いがないか探す。私は楽しくやっていたしノウハウを本にも書いた。

しかし、同種の仕事をしていたまわりの社員が次々に辞めていくのだ。私は「何かを減らす」という行為そのものが反人間的であり、精神を病むものだと知った。デフレ時代は日本人の精神を蝕(むしば)んだかもしれない。体重を減らす=ダイエットが長続きしないのも、人間の特性ゆえだ。その一方で何かを増やすのは楽しい。

あるとき某経営者から「増収増益は当たり前です」と教えられた。「世界の経済は成長し続けています。世界に追随するだけで売上が増える。必然です」と。新しい発見だった。

私たちは増収増益と聞くと優秀な企業だと思い、国家予算が過去最高と聞くとつい「無駄遣いばかりしやがって」と思う。しかし、それは精神を蝕むデフレ思考だ。すべてが下がる、あるいは横ばいで当然だと思うのは、ここ最近の感覚にすぎない。だって高度成長期なんて物価も賃金もみるみる上昇していたんだもん。

その意味で、2024年は歴史の転換点になるかもしれない。私は常に企業の調達部門と接しており、彼らが仕入先に値上げを認めない状況から、いかに適切に値上げするかに意識が移っていることを肌で感じる。

そこで提案。霞が関の官公庁は、さまざまな業務を民間に委託している。今後予定されている契約の金額だけではなく、契約済みの価格も一斉に値上げしたらどうか。民間のコスト上昇をしっかりとヒアリングし、委託後も積極的に値上げしてあげるのだ。まず「隗(かい)より始めよ」。きわめてインパクトがあるだろう。

なお、実質賃金は所得税や社会保険料等を引く前の数字だ。今後、賃金が伸びるからって、所得税や社会保険料の増額はやめてね。給与明細を見るたび、それこそ精神が病むよ。

『経済ニュースのバックヤード』は毎週月曜日更新!

坂口孝則

坂口孝則Takanori SAKAGUCHI

調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

坂口孝則の記事一覧