「勤務時間外にメールや電話に対応しなくてもいい」法律に現地でも賛否両論(写真はイメージ) 「勤務時間外にメールや電話に対応しなくてもいい」法律に現地でも賛否両論(写真はイメージ)

退勤後なのに、つい電話に出てしまう。休日なのに、メールを返してしまう。そうした勤務時間外の仕事の連絡を合法的に無視できる法案がオーストラリアで可決された。この法案に賛成? それとも反対? 現地在住のジャーナリストが市民のリアルな声を拾った!

■オーストラリアでも過労が社会問題化

2月12日、オーストラリアの連邦上院議会で一風変わった法案が可決された。その名も「つながらない権利法案」だ。

これはオフのときに仕事の連絡対応を拒否できる権利のこと。オーストラリアでは雇用主や上司から勤務時間外や休日に来たメール、電話は無視していいと法律で決まったのだ。

この規則を破った雇用主には罰金が科されるほか、場合によっては懲役刑もあるという。ただし細部はまだ二大政党間で調整中で、対象とする職種や例外規定などに関してもこれから議論がされるという。このあたりは日本の立法の感覚とはちょっと異なる。

退勤したら仕事をきっぱり忘れられる夢のような法案だが、全国民がもろ手を挙げて歓迎というわけでもないようで、賛否が割れている。

まずは賛成意見から聞いてみよう。出版社で働くキャシーさん(30代女性)はこう語る。

「とってもいい法律だと思うわ。私も仕事は大好きだけど、私の上司はそれをはるかに超えた異常な仕事中毒。『マスコミ人なら、勤務時間外も常にアンテナを張り巡らせておくべきだ』っていう古~い考え方の人で、オンもオフもありゃしない。

だから私は休暇を取るときはいつも『デジタルデトックスのリゾートに泊まるのでメールは返信できません』って伝えるようにしているの。たとえネットが普通につながる宿に泊まったとしても。上司にバレないために、その間SNSに写真を上げられないのはツラいけどね」

オーストラリアでも過労は社会問題となっている。そのため、電子機器を持ち込み禁止としたり、またネットどころかスマホの電波も届かない立地にある、デジタルデトックスをウリにした宿泊施設が実は多いのだ。

デジタルデトックスをうたうオーストラリアのリゾート施設。見渡す限り何もない荒野でバカンスを過ごす デジタルデトックスをうたうオーストラリアのリゾート施設。見渡す限り何もない荒野でバカンスを過ごす

ほかにはこんな切実な声も。

「ネットでつながっていつでも仕事ができちゃう時代だからこそ、この制度は必要だと思いますね。私は基本的に在宅ワークなので、仕事とプライベートの区別が難しい。でも明確で厳格な罰則規定まで作ってもらえたら、『今このメールを無視するのは相手のためだ』と思いとどまることもできますから」(サウンドデザイナーのベンさん・20代男性)

大学職員のボニーさん(20代女性)も言う。 

「違反したら懲役刑の可能性があるという点が本当に重要ね。罰金を払って終わりなら大企業にとっては痛くもかゆくもないし、また同じことをするだけ。懲役刑こそ最大の抑止力だと思う」

賛成は賛成だが、自分にはあまり関係ないという意見も。

「もともと時間外に部下たちにメールを送る際は翌日の勤務時間に読まれることを想定していますし、彼らにもそう伝えています。だから私には影響はありませんね。まあ、これからは時間外にメールを送った証拠が残るのは避けたいので、予約送信を使おうと思いますが」(公務員のウィリアムさん・30代男性)

■「この法律は最悪だね」

では、反対意見も見ていこう。ホテルチェーンの管理職、スティーブさん(40代男性)は「この法律は上司いじめにしか見えない」と憤る。

「現段階では雇用主側からのメールに対応しなくていいってことになっています。それは社長や取締役だけでなく中間管理職なども含まれるようですが、われわれ上司たちは部下からのメールに対応しなければいけないですよね?

うちのホテルは24時間365日営業。シフトを組んで働いている部下たちから昼夜を問わずにメールが入ってくるのですが......」

クリエーティブ職の人々からも不満が噴出した。服飾デザイナーのジョジーナさん(30代女性)が言う。

「ワークライフバランスも大事だと思うけど、私は仕事が大好き。仕事が生きがいなの。クリエーティブな仕事をしてる人って多かれ少なかれみんなそうだと思うわ。

真夜中に急にアイデアが浮かんで、これをチームのみんなでシェアしたいってこともあるし。そのあたりは業種とか個人によってもそれぞれよね? 一律に強制しないで、会社ごとできちんと話し合ってルールを決めればいいと思うけど」

コピーライターのラクランさん(20代男性)も「生きがいを奪われる」と渋面を浮かべた。

「もちろん世の中には嫌々仕事をしている人がいるのもわかるよ。でも言い方は悪いけど、そういう人になんで僕たちまで合わせなきゃいけないの? つながらない権利もいいけど、仕事を楽しむ権利もあると思うし、それを国が侵害しないでほしいよ」

最後にご紹介するのは国家の先行きを憂う、元会社経営者で現在年金生活者のトーマスさん(80代男性)の声。

「この法律は最悪だね。みんながサボってばかりの法律を作ったら、バリバリ働きたい人は勢いがある中国や韓国といったアジアの国々に取られてしまうよ。それでオーストラリアの産業が衰退していくのが目に見える。企業だってそうさ。働かない労働者ばかりのオーストラリアから撤退していく会社がどんどん出てくるよ」
 
つながらない権利を待ち望んでいた人は多いかもしれない。しかしこれはグローバル経済との折り合いが悪い。この権利は主に欧州で部分的に導入が進んでいるものの、そのペースは遅く、労働者を本当の意味で幸福にするにはまだ時間がかかりそうだ。

と、こんな具合で現在オーストラリアでは侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が......かというと実はそうでもない。オーストラリア人に「つながらない権利についてどう思う?」と尋ねても、「ん? 何それ?」という反応のほうがむしろ多かった。

そんな人ごとムードをよそに、6ヵ月後に同法の施行を迎えるオーストラリア。どんな結果を生むのか、引き続き注目だ。

海外書き人クラブ

海外書き人クラブかいがいかきびとくらぶ

世界115ヵ国300名以上の現地在住の日本人ライターたちを中心として仕事集団。『東洋経済オンライン』や『サライ.jp』『BE-PAL.net』(いずれも小学館)など、多くのウェブ媒体や紙媒体でリレー連載を担当。『世界ノ怖イ話』(角川つばさ文庫)など。執筆に関わった書籍は30点以上。またラジオへの出演やオンラインセミナーでの講師や撮影など、執筆以外の仕事も多数。お世話係は柳沢有紀夫。https://www.kaigaikakibito.com/

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