CEOのジェンスン・フアン氏。黒の革ジャンがトレードマーク。来日時は豚骨ラーメン店「九州じゃんがら」に行くという CEOのジェンスン・フアン氏。黒の革ジャンがトレードマーク。来日時は豚骨ラーメン店「九州じゃんがら」に行くという

2月22日に最高値を34年ぶりに更新した日経平均は、3月4日に史上初となる4万円の大台に乗った。同様に米国市場も、ほぼ同時期に史上最高値を記録している。

実は、この値動きは米国の半導体メーカー1社に引っ張られたものだといわれている。その立役者こそがエヌビディアだ。なぜ一介の半導体メーカーが、日米の巨大な株式市場を牽引するほどの存在になっているのか?

■時価総額はメタやアマゾンを凌駕!

【Q】そもそもエヌビディアってどんな会社?

【A】コンピューターに内蔵され、計算を高速に行なう装置である半導体。同社はその一種であるGPU(画像処理装置)を開発・販売している米国企業で、1993年に創業された。

2020年には半導体の覇者だったインテルの時価総額を抜き、今やマイクロソフト、アップルに次ぐ世界第3位の巨大企業となっている。

そのため近年はGAFAに代わるビッグテック企業群としてMATANA(マタナ/マイクロソフト、アマゾン、テスラ、アルファベット、エヌビディア、アップルの頭文字)という略語が提唱されている。

【Q】創業者はどんな人なの?

【A】創業者のジェンスン・フアンは台湾系米国人で、半導体の設計エンジニアだ。楽天証券経済研究所チーフアナリストで、半導体業界に精通する今中能夫氏はこう語る。

「この業界では、彼はもはやカリスマを通り越して"神"と呼べる存在。公的な場では常に黒の革ジャン姿で通し、イメージの浸透を図っているようです」

【Q】GPUって、何をする装置?

【A】コンピューター内で主に画像や動画の処理を担当する装置で、ワードやエクセルを使う場面で働くCPUとよく対比される。詳しくはITジャーナリストの三上洋氏に解説してもらおう。

「コンピューターの頭脳といわれるCPUは、複雑な計算をひとつひとつ順番に、高速で行なうことが得意です。ビジネスアプリを動かしたりネットで情報収集をしたり、あるいは膨大な計算をひたすら解き続けるような処理ならお手のもの。

一方、GPUが得意とする画像や動画の処理は、複雑な計算を順番に行なうのではなく、ひとつひとつは簡単な計算や繰り返しの計算を同時・並列的に行なうものです」

エヌビディアのGPU「GeForce」シリーズ。ゲーマーやクリエーターの間で熱狂的な支持を集めている。型番によっては40万円以上する商品も エヌビディアのGPU「GeForce」シリーズ。ゲーマーやクリエーターの間で熱狂的な支持を集めている。型番によっては40万円以上する商品も

たとえるなら、CPUはひとりの超優秀な天才数学者で、GPUは数学が得意な高校生数百人の集団にあたる。研究者レベルの数学問題が一定の間隔で出題されるだけなら、高校生より数学者のほうが効率よく解き続けてくれるだろう。

一方、高校入試レベルの数学問題が毎分数十問、同時に出題され続けるとなれば、天才数学者とはいえ手に負えるものではなく、大勢で同時に計算できる高校生集団の圧勝だ。このGPUの開発競争でトップを独走しているのがエヌビディアである。

【Q】画像や動画は昔からパソコンやゲーム機で扱ってきたものなのに、なぜ今になってエヌビディアは急に成り上がってきたの?

【A】確かにYouTubeやNetflixなどの動画視聴程度なら、一般的なパソコンやスマホに内蔵されているCPU付属のGPUで不足はない。

「エヌビディアが最初に注目を集めたのは、『コール オブ デューティ』シリーズをはじめとする、超精細な画像処理を行なうシューティングゲームでネット対戦をする際に、同社のGPUユーザーが圧勝するようになったことがきっかけでした。

他社のGPUを組み込んだマシンでは画像処理にラグがたびたび発生し、それが原因でエヌビディアユーザーに勝てなくなってしまったのです。

さらにその後、2006年に大きな転機が訪れます。AIの一種で、莫大なデータを学習して性能を自己強化するディープラーニングの登場です。量は多いが中身は単純なデータの学習は、簡単な計算の並列処理に強みがあるGPUが最も得意とするところ。画像処理の枠を飛び出して、GPUに新たな用途が生まれたのです」(三上氏)

2022年、米国のOpenAI社が「ChatGPT」を公開する。人間の指示に応じて文章や画像、動画を自由自在に作り出す「生成AI」は一大ブームとなり、それを支えるGPUを一手に開発するエヌビディアが圧倒的な地位を築き上げたのだ。

■熊本工場新設のTSMCとの関係は?

【Q】AI用GPUのシェアは約8割とほぼ独占状態。なぜこんなに強い?

【A】再び今中氏に解説をお願いした。

「エヌビディアが同業他社に差をつけているのは、同社のGPUが他社製よりはるかに使いやすいからです。

例えば、ある企業がAIを使った消費者向けサービスを開発する場合、GPUを作動させるためのプログラムが必要です。ここでエヌビディアのGPUには、他社GPUにはないオリジナルの開発支援ツール『CUDA(クーダ)』が用意されており、これが非常によくできているのです」

一度CUDAを使ってサービスを構築した顧客は、他社のGPUに移りにくくなる。その上、エヌビディアの主力製品である「H100」は1台500万~600万円という高価格だが、性能を考えれば決して高くはないと評価されている。

つまり、開発支援ツール込みで考えれば同社のGPUは他社よりはるかにコスパが良いのだ。ハードの性能とCUDAの使いやすさの向上を追求し続ける限り、他社のGPUは2番手、3番手に甘んじざるをえない。

また、三上氏によれば、今のAI開発競争はどれだけH100を入手できるかが決め手になっているという。フェイスブックやインスタグラムを運営するメタが、今年中にH100を34万個確保するというニュースは、業界を震撼させた。

【Q】競合する他社はいないの?

【A】例えば、CPUの大手メーカーであるアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)やインテルはGPUを開発しているし、エヌビディアのGPUを購入してクラウドサーバーを運営しているアマゾンやマイクロソフト、グーグルも自社開発を行なっている。ただ、性能面ではエヌビディアにまったく及ばないのが現状だ。

エヌビディア製品が強いのは、何もAI用GPUだけではない。YouTube動画を制作するA氏はこう語る。

「1時間程度の長尺動画の編集を終えて保存しようとすると、非エヌビディアユーザーだと4時間ほどかかってしまう。ところがエヌビディアのGPUを積んだ自分のマシンなら、たった20分で終わります。動画編集をするならエヌビディアのGPUは不可欠ですね」

一瞬の判断が勝敗を分けるeスポーツでは、ラグは命取り。必然的に高スペックのグラフィックボードは不可欠になる(写真は2023年にベルリンで行なわれたeスポーツイベントショー) 一瞬の判断が勝敗を分けるeスポーツでは、ラグは命取り。必然的に高スペックのグラフィックボードは不可欠になる(写真は2023年にベルリンで行なわれたeスポーツイベントショー)

【Q】エヌビディアはメーカーなのに工場は持っていないと聞いた。じゃあ何をしているの?

【A】同社はあくまで一枚の基板の上にさまざまな電子部品を配置するといった設計を担当しているだけで、その製造は台湾の半導体企業であるTSMCが受注生産している。三上氏によると、両者の関係は創業当初から非常に密接だったという。

「メーカーが工場を持たずに製造を他社に委託することを『ファブレス』といいます。この流れはIT業界では定着しており、代表的な例がiPhoneです。アップルは自前の工場を持たず、中国や韓国、ベトナムなどで製造・組み立てを行なっています」

エヌビディアにとってファブレスのメリットは何か。

「長期・大量生産する商品なら、メーカーが工場を持っていれば他社に発注するより低コストになります。反対に、最新鋭の半導体や製品を作る工場は常に設備の更新が必要なため、自社工場では設備投資の負担が大きく、開発に支障が出るのです。

一方、TSMCのような製造会社は、最先端製品から汎用品まで広く大量発注を受けることで安定的に売り上げを確保できます。汎用品の生産ラインは寿命が長く、設備投資はあくまでも一部の最先端半導体の生産ラインに限られるので、対応しやすいのです。

TSMCという"世界の工場"との密接な関係がエヌビディアをGPUのトップに押し上げたとともに、エヌビディアの最先端技術を実用化に導いたことが、TSMCのブランド化を促進したといえるでしょう。

ちなみにTSMCは熊本に工場を造って話題を集めましたが、当面、日本では最先端の半導体は作らないようです。ただ、気になるのは昨年12月、来日したエヌビディアのフアンCEOが岸田総理と面会したこと。

AI用のチップを日本企業に優先的に割り当てるよう要請したとの報道がありましたが、トップ同士の接点ができたことは重要です。より高度な半導体を作る第2工場の建設も決まっており、いつかはエヌビディアのGPUが日本で作られる日が来ると期待したいものです」(三上氏)

■日経平均を引き上げたメカニズム

【Q】日本でGPUを作っているわけでもないのに、エヌビディアの株価が日経平均を左右するのはなぜ?

【A】これは単純な話で、エヌビディアの業績と株価が強烈に伸びていることと、業績の伸びが国内企業の業績にも大きく影響しているからだ。再度今中氏にご登場いただこう。

「前提として、2027年までに生成AIに関連するクラウドサーバーや半導体などの需要は、年率70%で成長すると予測されています。たった4年で市場規模が現在の8倍を超える計算です。今年の世界経済の成長率予測は2.9%に過ぎませんから、唯一無二の成長セクターが生成AIと言っても過言ではありません」

この最大の立役者がエヌビディアなのだから、年頭から株価が約78%もの急上昇を見せているのもうなずける。同社の業績好調がMATANAを中心とするIT企業への投資資金流入をも促し、米国株価指数が上昇。それにつられて、日本を含む世界中の株が上昇したのだ。

「加えて、エヌビディアのGPUを生産するTSMCは、日本の半導体製造装置メーカーから商品を買っています。日本は半導体製造では脱落しましたが、製造装置では世界トップクラス。

東京エレクトロン、レーザーテック、アドバンテストなど、信頼性の高い日の丸半導体製造装置メーカーは、同社のGPU需要が続く限り発注が途切れることはないでしょう。また、これらの企業にも投資マネーが流入し、それが日経平均を押し上げた側面もあります」

【Q】78%上昇と聞くと株を買いたくなるけど、エヌビディア株はもう割高?

【A】当分は大丈夫そう、と今中氏はみている。

「生成AIの未来にまだ懐疑的な投資家やアナリストは少なくありません。かつてこれほど巨大になった半導体メーカーはありませんから、事の重大さを測りかねている面があるわけです。

彼らがまだ慎重に構えているので、今後のエヌビディアの成長はまだ株価に織り込み切っていないと思います。少なくともこれから1、2年は持っていても大丈夫でしょう」

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半導体株の熱狂はまだまだ続きそうだ。