坂口孝則Takanori SAKAGUCHI
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「広告炎上」について。
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「ついに見つかっちゃいましたね」。数年前、このコラムを担当してくれている週プレ編集部の星野晋平さんとそんな会話をした記憶がある。
ついに世間が成田悠輔さんを見つけてしまった、の意味だ。おそらく知名度は現在の100分の1くらいだったが、知る人ぞ知る気鋭の経済学者だった。クールフェイスで発言は現在よりもっと"ヤバ"かった。現在では気鋭の経済学者から、電波芸人、そして炎上芸人へと脱皮なさった。もちろん褒め言葉である。
今回、私は成田さんの炎上事件について取り上げたい。ご本人は、炎上対策は「つねに炎上していること」と述べている。ただ今回は日本全体を巻き込んだ「感」がある。
成田さんはキリンの缶酎ハイ広告に起用され「時代を作るものは、いつだってシンプル」とアピールした。広告の開始が3月4日だ。しかし、SNSを中心に不買運動が勃発。わずか9日後の3月13日までには広告が削除された。かつての過激発言が問題視された結果だった。
さまざまな意見があるに違いない。ただ、私はじっとPOSデータの集計を待った。炎上の最中に、売上は下がったといえるか。また前年とくらべて落ち込んだといえるか。結果、不買運動の影響を受けていると確認することはできなかった。前年比で確認しても落ち込んでいない。
今回確認した調査の対象は全国のスーパーマーケットだ。もちろん他のチャネルがある(ドラッグストア、通販等)から「売上が落ちていないとは証明できていない」と反論することは可能だ。また「中長期的なブランディングにはダメージがあったのではないか」との予想も可能だ。しかしねえ、正直「なんだこりゃ」と私が思ったのは事実だ。
先ほど、日本全体を巻き込んだ「感」があると、わざと「 」で囲んでおいた。あくまで「感」だけで、ほぼ影響がなかったとしたら。インフルエンサーって、広告って、バズりって、SNSって、そして炎上ってなんだろう。すべては無なのか。
もちろんこれは極論だ。まったく無名な商品が、有名人が紹介したことで売れることはよくある。インフルエンサーとのレベニューシェア(売上折半)で成功しているコスメブランドとその経営者を個人的にもよく知っている。
ただ、強い商品力ゆえに、すでに消費者に購買習慣がついている商品だとしたら。欠陥・不良や健康被害が生じた場合は別にして、なかなか揺るがないのだろう。
この凡庸な結論のあとに、成田さんを論じる。私は「高齢者の集団自決」発言については擁護も批判もない。真正面から感想を訊(き)かれたら誰だって「適切だったとはいえない」とはいうだろう。
その話とは別に、私は成田さんを脱構築の人だと思っている。学者らしからぬメガネ、発言、服装。データで真面目なトピックスを論じたかと思えば、お笑いをやったり、アーティストなどと垣根を越えた対談をしたりする。そして現代思想にも若き頃から通じるオタクでもある。
成田さんはメディア批判を繰り返すが、メディア人は面白がって起用する。すべてがねじれている。もはや文化人の広告起用の価値すらも無であると体現しようとしているのだろう。当該商品が「無」糖だったのも示唆的だ(という無なコメント)。
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