コロナ禍の非接触の流れを追い風に、一気に進んだキャッシュレス社会。2019年に26.8%だった民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済の割合は、2023年には39.3%にまで拡大している。
手持ち金額の心配をする必要もなく、お釣りの小銭で財布が膨らむこともない生活は、いったん慣れてしまえば現金支払いの時代に戻ることができないほど快適だ。
一方で、急速なキャッシュレス化に頭を悩ませているのが小規模事業者だ。
「キャッシュレス化の波、どうにかならないのかな」
3月、飲食店経営者がXで吐露した苦悩に共感が集まった。悩みの種は、キャッシュレス決済につきまとう決済手数料だ。
■純利益の2割が決済手数料で消える
支払う側の消費者にはあまり気にされることがないが、キャッシュレス決済のほとんどは、決済金額に応じた手数料が発生し、支払いを受ける事業者の負担となる。
手数料率は契約プランや導入側事業者の業種によって異なるが、個人経営の小規模飲食店の場合、クレジットカードや電子マネーの決済手数料はおおむね3%台半ば、QRコード決済の場合は1%台後半~3%台後半となっている。
都内で居酒屋を営む男性、A氏も明かす。
「燃料費高と人件費高が続くなか、うちの店の営業利益率はせいぜい10%ちょっと。売上の約半分はキャッシュレス決済で支払われますが、これが全て現金で支払われたとすると、純利益は12%近くに改善される。つまり差額の2%弱が、キャッシュレスの決済手数料として消えていることになる」
営業利益率の割合が10%である一方、売上の2%が決済手数料に消えるとは酷な話である。ちなみに中小企業庁による2023年の『中小企業実態基本調査』を見ても、個人経営の飲食店の平均営業利益率は12.8%程度であるため、キャッシュレス決済手数料は多くの飲食店経営者にとって共通の悩みと言っていいだろう。
「こういう話をすると、決まって『だったら現金のみにすれば?』って突っ込まれるのですが、キャッシュレス化が進んだせいで、現金を持ち歩かないという人も増えているので機会損失になりかねない。店主が『現金のみ』って伝えた瞬間に、客が『じゃあいいですぅ』っていう、あのCMとまさに同じことが起きるんです」(前出A氏)
■小規模事業者の負担を軽減させる「CBDC」
キャッシュレス手数料の負担に苦しむ小規模事業者にとって、救世主となる可能性があるのがCBDC(中央銀行デジタル通貨)だ。消費者がスマートフォンなどの端末を用いて決済を行うことができる点は、既存の民間によるキャッシュレス決済サービスと変わらない。しかし、発行や運営の主体が中央銀行であるCBDCは、決済手数料を大幅に抑えることができると言われている。
「公的なインフラとして公的主体がコストを負担するといった考え方があり、今後検討していくことかが必要」
「仮にCBDCに関する各種手数料等が導入される場合には適正な内容・水準に設定することが考えられる」
4月17日に政府と日銀が取りまとめた「CBDCに関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 中間整理」のなかでも、CBDCの決済手数料をはじめとする各種コストについて、そう言及されている。
ただし、「本中間整理は我が国においてCBDCを導入することを予断するものではない」とも念押しされており、CBDCに対する日本の金融当局の慎重な姿勢も浮き彫りとなっている。
一方で、各国では着々とCBDCの導入に向けた動きが進みつつある。この中間整理が公表されたのと同日、ニュージーランド準備銀行は、CBDCを創設の選択肢に関する協議を開始したと発表している。さらに欧州中央銀行は昨年11月の時点で、「デジタルユーロ」流通の準備段階に入ったと発表している。
■デジタル人民元の覇権を目指す中国
また、中国はすでに「デジタル人民元」の運用を実験的に開始しており、複数の自治体で地方公務員の給与支払いに用いられている。中国人民銀行によれば、昨年末時点までのデジタル人民元による決済は1兆8000億元(約38兆円)と直近10ヶ月で18倍になり、1億2000万のウォレットが新たに開設されている。ちなみにデジタル人民元の中国国内での決済手数料は事実上、無料である。
国内での普及とともに中国政府が目指しているのが、デジタル人民元の国際化だ。昨年10月には、ペトロチャイナによる国境を跨(また)いでの原油決済でも、デジタル人民元が使用されている。さらに、シンガポール金融通貨庁との連携のもと、中国人旅行者が同国内でのデジタル人民元を使った決済を可能にするための実証実験もまもなく開始される。
国際金融におけるデジタル人民元の覇権を目論む中国と、CBDC導入の議論さえ遅々として進まない日本。このままでは日銀によるデジタル日本円よりも先に、デジタル人民元が国内で普及し始まるという皮肉な事態もありうるかもしれない。