柳瀬 徹やなせ・とおる
ライター・編集者。研究者、経営者、政治家から小説家、映画監督、俳優、プロスポーツ選手、将棋棋士まで、幅広いジャンルのインタビューを行う。企画・編集した本に『小さくて強い農業をつくる』『災害支援手帖』『生きていく絵』など。
多くの自営業者やフリーランスの反対の声もむなしく、昨年10月から開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)。自分とは無縁と思っていた会社員など給与所得者でも、経費精算などの事務作業が面倒になったと感じている人は多いだろう。
実は、この制度は税の公平性を保障しないばかりか、社会を支えていた事業者の多くを苦境に追い込み、しかも20%超の消費税率の呼び水になる可能性が高いという。そう喝破する『インボイスは廃止一択 消費税の嘘がよくわかる本』の著者である犬飼淳さんに、その真相を聞いた。
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――インボイス導入のひとつの理由は、私たちが払った消費税を国に納税していない事業者が多いので、そうした事業者にもしっかり納税させて、税負担の不公平を是正するためといわれていますが、違うのでしょうか?
犬飼 それは「事業者は消費者から消費税を預かっている」という認識に基づくものですが、正確ではありません。
国税庁が「消費税は預り金」などと啓発するポスターを何度も作製していますから、ある意味で"教育"がよく効いてしまっているのでしょうが、実は国と自民党が違うと認めています。消費税導入直後の1989年に起こされた裁判で、国は「消費税は消費者からの預り金ではない」と断言しているんです。
――しかし、買った商品のレシートには、私たちが払った税額と税率が明記されていますよね?
犬飼 レシートに消費税額が記載されているのは、総務省がそのように義務づけているからに過ぎません。商店などの事業者が消費税額を見越した価格に設定するかどうかは、あくまでも事業者の裁量にかかっています。
事業者は売り上げにかかる消費税から、仕入れや経費にかかった消費税を差し引く「仕入額控除」を行なって消費税を納税しているので、レシート記載の消費税額をそのまま納めているわけではありません。
89年の裁判で、国は「事業者が取引の相手方から収受する消費税相当額は、あくまでも当該取引において提供する物品や役務の対価の一部」であり、結果として免税事業者の手元に消費税相当額が残ったとしても、それは「取引の対価の一部」であり、「税額の一部を横取りすることにはならない」と明言し、裁判所もおおむねこの主張を認めています。「消費税は預り金」という言い分は、当の政府によって否定されていたんです。
――19年の増税時に始まった軽減税率によって、仕入額控除の計算が複雑化したために、インボイス導入が必要になったともいわれています。
犬飼 軽減税率導入からインボイス方式開始までの4年間で、税務処理が破綻をきたしたという話を聞いたことはありません。また、政府が「旧来の帳簿形式による税務処理で適正な課税ができていない」というデータを出したこともありません。
むしろインボイス導入で企業の経理担当者に重い負担がかかるようになり、市民団体による意識調査では経理担当者の33%が転職や退職を検討しているという結果が出ています。
――「預り金」でないばかりか、実務の負担が増しているのであれば、インボイス導入の根拠が崩れてしまいますね。
犬飼 ええ。それに、導入前は「インボイスで影響を受けるのは零細事業者やフリーランスだけ」という声もよく耳にしましたが、実際は営業や仕入れに関わる部署の方でも、経費や仕入れ額の精算が煩雑化しているはずです。
また、長年にわたって信頼関係を築いてきた取引先がインボイス発行事業者でないばかりに、泣く泣く取引を停止しなければならなくなった、そんなケースもあちこちで起こっています。会社員の方にとっても、利益のない制度であることがわかるのではないでしょうか。
そもそも零細事業者にとってインボイス方式は、実務上の負担が大きくなるだけではなく、納税額の減免がなくなることで事実上の増税となり、事業の継続を難しくさせています。かといってインボイスに登録しなければ、取引を打ち切られる可能性も高い。まさに地獄のような選択を強いている制度なのです。
――複数税率化といっても8%と10%の2種類ですから、インボイス方式を導入しなければならないほど複雑な税制でもないように思えます。なぜ政府は導入を急いだのでしょうか?
犬飼 国会でも何度も答弁されていますが、政府や財務省から導入の根拠は示されず、複数税率による「不適正な課税」への調査すらされていないことも明らかになっています。
私自身は22年10月の首相会見で、フリーランス記者として岸田首相に「不適正課税以外の導入根拠があるならご説明ください」と質問していますが、首相は「ちょっと今、私、手元で承知しておりませんので」と言った後、質問とはほぼ無関係の回答をしどろもどろにするだけでした。
軽減税率にもインボイスにも、政府の説明とは別の導入理由があったと考えざるをえません。
――それはなんでしょうか?
犬飼 さらなる増税です。
例えば、インボイスが導入されているフランスでは、標準税率が20%、レストランでの食事は10%、書籍は5.5%、新聞は2.1%などと、税率が細分化されています。
日本におけるインボイス導入は、支持基盤となる業界に「軽減税率」というエサをまきつつ、ヨーロッパ諸国並みの20%を超える高い消費税率を実現させるための方策だと考えています。
日本では新聞にすでに軽減税率が適用されており、そのエサが効いているのか、各社ともインボイスについては政府見解の垂れ流しか、あからさまなミスリードに終始しています。インボイスの導入根拠などについての公式見解を求める公開質問書も送りましたが、ほぼすべての社が大半の回答を避けました。
――すでに導入から半年以上が過ぎましたが、今後も「廃止一択」を貫かれるのでしょうか?
犬飼 市民団体「STOP!インボイス」が集めたオンライン署名は、現時点で57万筆を超えています。署名の広がりは「30万筆持ってこい」と鼻で笑っていた議員たちを慌てさせ、ついには首相秘書に署名を手渡すまでに至りました。
「数の力」を改めて実感しましたし、インボイスの実態を周知させていくことで、もっと大きな力を得られると確信しています。
●犬飼 淳(いぬかい・じゅん)
1985年生まれ。2018年より、国会答弁を中心に政治に関する論考を発表。2021年からメールマガジン「theLetter」で『犬飼淳のニュースレター』を開始。前職の約10年に及ぶITコンサル経験を生かして、一般市民の生活に影響する政策や報道の複雑な問題点を直感的・視覚的に理解できるように工夫したスライドで解説している。直近では国立大学法人法、能登半島地震、共同親権など、インボイス以外にも多岐にわたる分野の記事を発表している
■『インボイスは廃止一択 消費税の嘘がよくわかる本』
皓星社 2200円(税込)
導入以前から数々の問題点が指摘され、日本最多のオンライン署名を集めた市民運動「STOP!インボイス」も起こったインボイス制度。2023年10月1日の開始以降、影響はフリーランスに限らず、煩雑化した経理作業などに悩まされている会社員も多いことだろう。実はこの制度、働く人には百害あって一利なしの増税政策でしかないという。2年間にわたってこの問題に取り組んできた筆者が、わかりやすく解説する
ライター・編集者。研究者、経営者、政治家から小説家、映画監督、俳優、プロスポーツ選手、将棋棋士まで、幅広いジャンルのインタビューを行う。企画・編集した本に『小さくて強い農業をつくる』『災害支援手帖』『生きていく絵』など。