近年、コンビニやスーパーでグミが台頭する中、同じく噛んで楽しむお菓子としてのガムの存在感が薄れてきている。だが、その未来は決して暗くはない! 今回、業界を牽引するロッテの開発部門「チューインガム研究課」に突撃! 多彩な機能性や味、そしてエンタメ性など、ガムのポテンシャルに驚いた!
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■15年間で市場規模は半分以下に
日本チューインガム協会によると、チューインガムの国内小売金額の総額は2004年の1881億円をピークに下降の一途をたどり、15年間で市場規模は半分以下の930億円(19年)になった。
ガムの歴史をさかのぼると、国内でガムが製造販売されるようになったのは1920年代だが、日本人に広く浸透したのは戦後になってから。当時の駐留米軍兵士がガムを嗜(たしな)み、そのスタイリッシュさに日本人が憧れたためだ。
57年にはロッテがミント味の板ガム「グリーンガム」を発売すると、デート前などの〝お口のエチケット〟として存在感を高めていった。83年には同じくロッテが初の目的特化型のガム「ブラックブラックガム」で〝眠気スッキリ!〟を標榜。
90年代になると健康志向からシュガーレスガムが、97年以降は歯の健康のためのキシリトール入りの粒ガムが市場をにぎわせた。
そんなイノベーションを起こし続けていたガムシーンだが、昨今ではどこか古めかしいものになってしまった感がある。街行く働き盛りのサラリーマンたちに話を聞いても、
「学生時代は口臭予防にガムを噛んでいたけど、最近は『ミンティア』といったタブレット菓子でケアしてます」(39歳男性・IT関係)
など、ガムを噛む機会は青少年時代よりもグッと減っている様子だ。
ガム業界にとってさらなる痛手になったのが新型コロナだ。コロナ禍が始まった20年の国内小売金額は755億円と前年比81.2%という平成以降最大の下げ幅を記録。
22年には同710億円とピーク時から約7割にまで市場規模が縮小した。なぜ、コロナ禍がガム離れに拍車をかけてしまったのか。日本チューインガム協会の佐藤 誠氏はこう話す。
「対面での活動やクルマなどの移動の制限、マスク着装の推奨などがあり、チューインガムの主要なニーズである『エチケット需要』や『眠気防止需要』が大幅に減少したことが要因と考えられます」
今の若い人にとってもガムは遠い存在になりつつある。
「ガムが嫌いというわけではないんですが、なんとなく買いません。僕らはそこまでガムに親しみがないので『あえて買う必要のないもの』という感じですね」(20代男性・学生)
逆風の中、市場から消える商品もチラホラ。80年代にフーセンガムブームを巻き起こしたモンデリーズ・ジャパンの「バブリシャス」が16年に、江崎グリコの「キスミント」シリーズが18年に、そして明治の「キシリッシュ」が23年3月に販売を終了している。
一方で、好調なのがグミ。調査会社インテージによると17年に555億円だったグミの市場規模データは21年には4割増の781億円となってガム市場を逆転。同じ噛むお菓子にもかかわらず、明暗がくっきり分かれてしまった。
前述の「キシリッシュ」は販売終了した翌月に「キシリッシュグミ」として生まれ変わり、新たなファンを獲得している。
■〝ブルーベリーの香り〟という発見
このままガムはお菓子市場から存在感を失ってしまうのか? ガム業界で約6割のシェアを誇る「ロッテ」のマーケティング本部チューイング企画課主査、毛利彰太氏に話を聞いてみた。
「苦戦を強いられてはいますが、ガムは市場価値をまだ失っていないと考えています。それを知ってもらうためにいろいろと取り組んでいるんですよ」
例えばどのような?
「最近のレトロブームにあやかって、昔懐かしい板ガムの復刻版を定期的にリリースしています。この企画には当初、社内の反応は冷ややかでプレリリースの段階であまり期待されていませんでしたが、いざ発売してみるとかなり好評で、23年度の板ガムの売り上げは21年度から40%アップしています。
また、若者がガムを噛まなくなった現実がある一方、アフターコロナでは口臭や口内環境のエチケットニーズは若者を中心に高まっていることが調査などからわかっているんです。
そのため、『キシリトールオーラテクトガム』など歯や歯茎の健康を保つブランドを弊社の稼ぎ頭にすべくプロモーションに力を入れています」
続いて、毛利氏の案内で訪れたのは埼玉県さいたま市にあるロッテ浦和工場。ここには同社の中央研究所があり、その中に「チューインガム研究課」がある。
「その名のとおり、ガム商品の開発部門として弊社の創業当時からガムの研究をし続けている部門です。具体的には噛む実体となるガムベースに、約1万種類にも及ぶベースとなる香料を組み合わせて何百回と試作を重ねて、新規のフレーバーの開発も香料会社と連携して行なっています」(研究員・浦部達弘氏)
1万種類!? そんなにあるんですね。
「食感も大事ですが、ガムは香りのお菓子と呼ばれるくらい香りで味が決まる商品。だからわれわれ研究員は鼻がとても大事です。
出来たてのガムは香りが強すぎてしまうので、品質が落ち着く試作した翌日に評価します。評価のタイミングとしては、最も味覚が鋭敏だといわれる午前中に試食し、午後にディスカッションと再試作をするのが基本的なルーティンです。ですから、風邪をひいて鼻が詰まっているときは仕事になりません(笑)。
ちなみに、香料には外部流出を防ぐため個別の名前ではなく英数字の6桁番号を振って暗号化しています。なので、その番号を見ただけでどんな香りかをイメージできます。街中を歩いていて何かが香ったら『あ、これは〇〇番のニオイだな』、とか」(研究員・河野誠也氏)
1万種にも及ぶ香料を組み合わせてどんなニオイも再現できる?
「変わり種フレーバーの開発にチャレンジすることはけっこうありますよ。実際に22年4月に行なった『あなたの推しガム総選挙』という企画では、『幻の没ネタガム』として『ナポリタン味』『唐揚げ味』『納豆味』を抽選で応募者にプレゼントしました」(河野氏)
面白そうだけど、なぜ没に?
「リアルに作りすぎてしまって......。特に納豆はヌメヌメ感まで再現したから心地よくない食感になってしまい(苦笑)。ほかにも『わさび味』などにも挑戦しましたが、これも鼻に抜けるわさびの風味がリアルすぎて『ガムとしてはどうなのか?』とボツになりました」(河野氏)
そんな変わり種の中から定番化したフレーバーはあるんですか?
「『ブルーベリーガム』ですね。82年の発売当時、ブルーベリーはまだ世間に浸透しておらず、高級ジャムに使われる程度。そんなニューフルーツの新規性とファッション性を手軽に体験してもらおうと開発されたのですが、実は『ブルーベリーガム』の香りは実物のものとはかなり違うんです。
果物のブルーベリー自体には、実は特徴的な香りがあまりないので、当時の研究員が想像して香りを作ったと聞いています。この『ブルーベリーガム』の香りがブルーベリーの香りとして一般に広まった、ともいわれています」(浦部氏)
河野氏が続ける。
「ですから、フルーツの味を突き詰めて、新たなフレーバーを今の時代でも作れたら新たなイノベーションを起こせるのではないかと試行錯誤しています」
■エンタメとしてのガムを追求
ほかにも今、チューインガム研究課が取り組んでいるのはこんなガムだ。
「リフレッシュの多様化の中で、ガムでしかできない楽しさのひとつにフーセンガムの口遊びがあると思っています。実はコロナ禍でもフーセンガムの売り上げはかなり良かったんです。推測ですが、家の中でできる遊びとして『フーセンガムをふくらませるくらいなら......』と購入いただいたのかも。
今後さらにフーセンガムの研究、〝口遊び〟の楽しさを突き詰めたいですね。例えば、フーセンが体の大きさくらいふくらんだり、暗闇の中で光ったり......可能性は無限にあると思っています。
弊社の調査では若い人ほどフーセンガムをふくらませられないというデータがあります。子供たちにフーセンガムをふくらませてもらうことはお口のトレーニングにもつながりますので、そういう面でもアピールしていきたいですね」(浦部氏)
フーセンガムの再ブームのカギを握るのは「バズ」だ。
「最近ではインフルエンサーの方がフーセンガムを大きくふくらませる挑戦を行なったり、フーセンガムで音を鳴らしたり、いろいろとテクニカルな技を披露してバズるケースが増えています。
話題づくりには企業からの発信も大事ですが、そういった方々の影響力が非常に重要。ですので、彼らに刺さる商品を開発して、フーセンガムの魅力を広めるきっかけがつくれたらと考えています」(浦部氏)
★駄菓子から健康食品まで! ふくらむ「ガム」の世界
「フィリックスガム」(丸川製菓)
1960年から販売。「10円ガム」「ネコガム」の通称で知られる"日本一安い菓子"。パッケージのキャラクターはアメリカ生まれの「フィリックス・ザ・キャット」。
「どんぐりガム」(パイン)
キャンディの中にガムが詰め込まれた、ひと粒でふたつの楽しみがあるお菓子。丸い形状がクヌギの実のドングリに似ていることからこの名称に。
「グレープ マーブルガム」(丸川製菓)
1959年から販売されているひと粒1㎝ほどのボール状のガム。写真はマーブルガムシリーズの「グレープ味」。ほかに「オレンジ味」「いちご味」がある。
「すっぱいレモンにご用心!」(明治チューインガム)
袋の中にある3つのガムのうち、ひとつが超すっぱいという遊び心が光るガム。
「ポスカ」(江崎グリコ)
歯に浸透しやすいカルシウム成分を配合しており、初期むし歯(歯の表面に穴が開く手前の状態)への対策になる。特定保健用食品、日本歯科医師会推薦。
■ガムの強みは多彩さ
これまでロッテは「眠気スッキリ!」や「デンタルケア」など、ガムにさまざまな付加価値をつけてきたが、スポーツシーンで活用されることにも注目しているという。
「プロ野球・千葉ロッテマリーンズやJリーグ・川崎フロンターレの選手の方などにご協力いただき、選手それぞれの好みの硬さ・香味・形状にカスタマイズした専用ガム『プロフェッショナルガム』を共同開発して選手へ提供する取り組みも行なっています。
そして、今年7月には『キシリトール スポーツガム』も発売しました。通常のガムは噛んでいくうちに徐々に噛み応えは失われてしまいますが、この商品は硬さと味が比較的長持ちします。さまざまなスポーツシーンや日々の運動に生かされることを期待しています。
また、ガムを噛みながらデスクワークをすると、硬さが持続することで仕事がはかどると感じます。アスリートだけでなく、仕事用のガムといったものも、今後開発していけたらと考えています」(浦部氏)
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各社がガム製造から撤退・縮小する中、前出の毛利氏は「それに追随しようという考えは1ミリもなかった。ガムはロッテの魂ですから」と力強く言い切る。
グミを超える多様なラインナップと機能性の豊富さで、ガムはお菓子市場での復活を狙う。実際、日本チューインガム協会によると、23年の国内小売金額は前年比106.3%と少し巻き返しており、〝逆襲〟はすでに始まっているのだ。