国民民主党の躍進を受け、「103万円の壁」撤廃に向けた動きが加速している。
ところが大学生たちの声を集めてみると、事情は千差万別、賛否も割れているようで......。
イマドキ大学生のリアルとは? 石破さん、玉木さん、絶対コレ読んでください!!
■豆腐やたくあんばかり食べてしのぐ
石破茂首相は11月29日、所信表明演説で「103万円の壁」の引き上げを表明した。
その背景は10月までさかのぼる。衆院選で「手取りを増やす」とうたい、若者に目を向けた公約を掲げる国民民主党が20代・30代の比例代表投票先で1位を獲得。議席を大きく増やすこととなった。
同党が強く求める「103万円の壁」撤廃に注目が高まったため、首相も看過できなくなったのだろう。
現在の税制では、大学生が額面年収103万円を超えた時点で親の扶養から外れ、親は税負担が増える。これが「103万円の壁」と呼ばれるゆえんだ。
この額は1995年から据え置かれているが、この間に消費者物価指数は約1割上がっており、最低賃金に至っては1.73倍に上がっている。そのため、この壁が大学生の働き控えと経済的な困窮を招くと問題視されてきた。
では、今の大学生の懐はどれほど苦しいのか? 東京都立大学に通う3年生男子のAさんは、伊豆諸島から大学進学のため上京。下宿先でひとり暮らしをしているが、ガス代や食料品の値上がりが財布を直撃しているという。
「お米なんて、上京時は近所のスーパーで5㎏1200円のものもあったのに、今は3000円以上します。学生に優しい安い商品から順に、棚から消えていってるんですよ。
自炊する気もなくなるので、豆腐やたくあんばかり食べています。料理するとしても、高くて手が出ないキャベツの代わりにもやしで作ったお好み焼きくらい。
外食なんてもっての外です。バイト終わりに自分へのご褒美としてラーメンを食べようと思っても、1杯1000円以上するのを見て諦めるときに悲しくなります。ラーメンって貧乏学生の贅沢の象徴というイメージを持っていたんですけどね」
当然、娯楽や遊びに使うお金はほとんど残らない。Aさんが続ける。
「大学生の酒離れっていうけど、そもそもお金がないから飲み会なんてたまにしかできないですよ。コロナ禍でサークル活動が衰退したって話も聞きますが、みんな生活は苦しいし忙しいので当然だなって思います。
昔は毎日のように飲み会をするサークルがあったと聞きますが、よくそんな余裕があるなと驚きます」
上智大学大学院に通う修士1年・女子のBさんも同意する。
「生活は苦しいのですが、サークルでごはんや飲み会に行くと、どうしても後輩におごらざるをえない。手痛い出費なんですが、そうしなければサークルに残ってくれないと思って。お金に困っているのは後輩たちも同じですから......」
こんな状況では、旅行やレジャーも気軽に行ける学生はわずかだろう。円安の影響で、海外旅行はよりハードルが高い。
「地元の同級生のうち大学進学した6人で卒業旅行をすることになったのですが、みんなお金がなくて、東京で3日連続で飲めばいいか、というプランに落ち着きました。卒業旅行くらい行きたかったですね」(Aさん)
■お金だけでなく時間もない
そこまで困窮するもうひとつの大きな要因は、高騰する東京の家賃だ。東海地方出身の前出のBさんも、家賃に悩まされてきたという。
「実家から家賃補助として月3万円の仕送りをもらっていますが、その額で住める家は都心にありません。昔の貧乏学生が住んでいたようなボロアパートはないし、足立区や荒川区といった東京の下町でも最近は家賃が高い。頑張っても6万円で収まるかどうかです。
渋谷区の高級住宅街にあった大学の寮は、家賃10万円もして入れませんでした。年間の家賃だけで103万円を超える寮って、親の支援を受けられる人向けですよね。
地方出身の大学生には家賃が一番の負担。103万円の壁の撤廃より、大学生への家賃補助や、家賃の安い学生寮が欲しいです」
前出のAさんも不満をこぼす。
「僕は実家の所得が低かったので給付型奨学金をもらうことができましたが、給付を受け続けるために授業は欠席できません。3回欠席しただけで給付打ち切りの可能性が出てくるので」
文部科学省が大学設置基準を改正した2007年以降、大学は出席点を重視するようになっている。基本的には3分の2の出席がないと単位を取得できず、奨学金を受けている大学生にはより厳しい出席が求められる。今の大学生は昔に比べて、時間的な余裕もないのだ。
「そんな給付型奨学金も月にもらえるのは6万6000円ですから、月4万円かかる家賃で半分以上が消えます。アルバイトで生活費を賄っていますが、お金がなく高利子の学生ローンを借りたことも。何かやるなら、103万円の壁よりも先に奨学金を拡充してほしいと思いますね」
時間のない大学生は、どうしても高時給なバイトに飛びつかざるをえなくなる。前出のBさんは、生活費を夜職のアルバイトで賄ってきた。
「入学直後はハンバーガーショップで働いていましたが、お金も時間も足りないので2年生からガールズバーで働き始めました。堅い企業でアルバイトをすると、従業員が103万円の壁を超えないように(103万円を12ヵ月で割った)月約8.5万円分までしかシフトを入れさせてもらえないことがあるんですよ。
長期休みに集中して働きたい大学生にとって、それは困るんです。夜職は給料が手渡しなので、103万円の壁を気にしなくて済むのも助かりました」
もちろんこれは脱税に当たる行為だが、一部では給与の手渡しが横行している。しかし、それでも生活が楽になったとまでは思えなかったという。
「地域にもよりますが、ガールズバーはだいたい時給1500円、ラウンジやスナックは2000円から2300円くらい、キャバクラで時給2500円くらいですかね。
制服代とかで引かれるので実際にもらえる額はもっと低いですが、シャンパンの注文が入ったりするとバック(報奨金)があるので、努力次第で大きく稼げる。
ピンサロは時給がたったの1500円くらいなので私は避けましたが、下戸でお酒の席が苦手な友達は、仕方なく働いていました」
早稲田大学に通う4年生女子のCさんは「手渡しのアルバイトは近年、探してもなかなか見つからなくなった」と言う。
「大手求人サイトで『手渡し高収入』などと条件を設定して探すのですが、中には盗品とおぼしきスマホで作業するバイトなど、怪しげな案件も。
私は『レンタルスペースの清掃』という手渡し案件を見つけたので応募したのですが、実際にはオナクラや立ちんぼが使う新宿区歌舞伎町の部屋の掃除で精神的にしんどかったです。
手渡しのバイトを探す限り、そういったグレーな仕事に当たることもあるので、103万円の壁をなくすのには賛成です」
103万円の壁問題の根本は、闇バイトともつながっているのだ。
■同僚の名義を借りてアルバイト
最後に、働き控えの実態も見てみよう。
就職情報サイトの『マイナビ』が大学生を対象に行なった調査では、回答者の約4割が年収の壁を意識した就業調整をしていた。さらに、約7割の回答者が「年収の壁が撤廃されたら、もっと働きたい」と回答したという。
一方で、早稲田大学に通う2年生男子のDさんは、今年は103万円の壁を超えてもなお働くつもりだと話す。
「今年から喫茶店とバーのバイトをかけ持ちで始めたので、合算すると103万円の壁を超えそうなことに気づかなかったんです。バイト先の都合もあるからシフトを削るわけにもいかず、オーバーしちゃうのは覚悟しています。
今まで確定申告なんてしたことないし、慣れない手続きをしなきゃいけないという負担がしんどい。こういう面倒をなくすためにも、103万円の壁はなくなってほしいですね」
他方、慶應義塾大学に通う4年生女子のEさんは、103万円の壁をある「裏技」で切り抜けた。
「10月には103万円を超えそうになったので、バイト先のカフェで同僚の名義を使ってシフトに入ることにしました。
同僚は台湾に留学中のためシフトに入れなかったので、都合がいいと思い店長に相談したら、『聞かなかったことにするけど好きにしていいよ』との返答。
給料はその同僚に振り込まれるので、5%を手数料として抜いてもらって、残りを私の口座に振り込んでもらう方法を取りました」
ここまでするケースは少数派だろうから、やはり現制度はかなりの働き控えを引き起こしているとみるべきだろう。
しかし前出のDさんは、103万円という基準値をただ引き上げるだけの政策には疑問も感じるという。
「コロナ禍で授業がオンラインだった時期には、地元の福島に帰って働いていたんですが、時給が低くて103万円は超えなかったんですよね。同じくらい働いていても東京の時給だとすぐに超えてしまうので、気づくのが遅れました。
最低時給や物価が地域によって違うのに、年収の壁が一律なのはおかしいので、時給や物価に連動させてほしいです」
103万円の壁という30年前の遺物で割を食っているのは若者であり、格差を拡大させている。改革は急務だ。