皆さんも普段よく立ち寄っているであろうセブン‐イレブン。日本のみならず、世界最大のコンビニチェーンだ。しかし、2024年にその親会社であるセブン&アイ・ホールディングスがカナダのコンビニに買収提案されて大バトルに発展。その行方は不透明だが、もしかしたらセブン-イレブンの姿が大きく変わってしまうかもしれない。
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■成立すれば史上最高額のM&A
経緯を簡単に振り返っておこう。カナダの企業「クシュタール」は2024年8月、日本円に換算して総額6兆円規模でセブン&アイの全株式を取得すると提案。これに対しセブン&アイは9月、「企業価値を『著しく』過小評価している」などとして提案を拒否。それを受けて再びクシュタールが10月に入って7兆円規模にまで価格を引き上げた。これは国内のみならず、世界的に見てもM&Aの金額としては史上最高。それだけに大騒ぎとなっているのだ。
突然の買収提案に、セブン&アイはなりふり構わぬ姿勢でさまざまな防衛策を繰り出している。その1つがイトーヨーカ堂を始めとするスーパーや、デニーズやロフトといったコンビニ以外の事業の売却だ。セブン&アイにとってイトーヨーカ堂は祖業で、創業家の支援を受けて社長に就任した井阪隆一氏にとっては重い決断だったが、市場の反応はイマイチで、株価は上がらなかった。
そこで、セブン&アイは最終手段に打って出る。それは創業家による買収、いわゆる「MBO」と呼ばれるものだ。MBOによって株式を非公開化、つまり上場廃止にして、クシュタールが買収したくてもできなくするというものだ。
■買収防止策も前途多難
しかしMBOを成功させるためには、クシュタール以上の金額を株主に提示しなければならない。となると最低でも8兆円、多くて9兆円規模は必要になると言われている。それだけの金額を調達しようとすると、日本のメガバンクはオールスターで、それ以外にも外資系金融機関や投資ファンドなどにも頼らざるを得ず、交渉は難航している。
なぜこんな事態に追い込まれたのか。
「今のセブン&アイは国内では圧倒的な地位を築き、最強の流通企業なのですが、いかんせん外圧に弱い。さらにいえば、海外の会計やガバナンスのルールをいち早く採り入れてきた先進的な企業ゆえに、外資と同じ土俵で戦わざるを得なくなり、そこでは百戦錬磨の外資系企業や投資ファンドに軍配が上がってしまう。そのため、対応が後手後手になって追い込まれていったのです」
そう指摘するのは、東洋経済記者で『セブン&アイ 解体へのカウントダウン』の著者、田島靖久氏だ。
「今回も、日本のコンビニのビジネスモデルはガソリンスタンド併設型のアメリカ型ではないから、買収しても意味はないといった主張で対抗すれば良かったのですが、クシュタールが主張する金額の土俵に自ら乗ってしまった。つまり、先を見越した戦略で対抗できなかったことが失敗だったのではないでしょうか」(田島氏)
さらに、セブン&アイの買収劇の行方については「買収提案の是非を検討する特別委員会の判断次第」(田島氏)だというが、一筋縄ではいかない可能性もある
「クシュタールに関しては、日本でいう独占禁止法の審査をするのが難しそうです。対する創業家は、資金調達がまとまるか否か。特別委の委員長は『どちらの提案も不確定な要素が多い』という主旨の発言をするなど、まだ決められていないようです。市場では、"コンビニはインフラ"と考えるメガバンクが協力する方向で動いていることから、創業家の案が濃厚という声もありますが、まだ不透明ですね」(田島氏)
■避けられないダメージ
とはいえ、追い込まれたことでセブン&アイ、そしてセブン‐イレブンは無傷ではいられそうにない。
「そごう・西武を売却した後、買収防衛策の一環としてイトーヨーカ堂やデニーズ、ロフトといったグループ企業の持ち株を売却する方針を示し、すでに入札が行われています。そういう意味でセブン&アイは、実質的に『解体』のフェーズに入っています。
大きなダメージを受けたともいえるセブン&アイは今後、コンビニ専業の会社になる意向を示しています。名前もセブン‐イレブン・コーポレーション(仮)にすると言っていますから」(田島氏)。
ただ、コンビニ専業になったからといっても、「勝ち残っていけるわけではない」と田島氏は指摘する。
「今、足下では徐々に回復してきているようですが、2024年度の中間決算では国内のみならず、米国のセブン‐イレブンも数字がメタメタで心もとなかった。さらに、もともとクシュタールは米国のセブン‐イレブンがほしかっただけ。だから交渉次第ですが、クシュタールはセブン&アイを買った後、米国だけ残して他の事業は売却するかもしれない。
そうなれば、セブン&アイは稼ぎ頭で成長の柱でもある米国事業を失うことになり、国内ローカルの小さな流通企業になってしまう。そうなったとして、国内のコンビニ市場は店舗が増えすぎたオーパーストア状態で、これ以上の成長は難しく、新たな収益源を開発しなければ厳しい目を向けられることになるでしょう」(田島氏)
セブン‐イレブンはこれまで、1日の1店舗当たりの売上高、いわゆる日販では他社に大きな差をつけてトップを走り続けきた。しかし、ここ最近は価格に関する戦略を見誤って業績は悪化、ライバルにじりじりと詰め寄られ始めている。
自身の買収防衛に力を注ぐ余り、足下の事業がおろそかになったりすれば、絶対的王者の座もぐらつく可能性もありそうだ。
●田島靖久(たじま・やすひさ)
1970年生まれ。週刊東洋経済副編集長。NHKを経てダイヤモンド社に入社。流通、商社、銀行などを担当しながら特集制作に携わる。2020年からは東洋経済新報社に入社し報道部長をへて現職。新著に『セブン&アイ 解体へのカウントダウン』(東洋経済新報社)。