バイデン政権の買収禁止決定を受け、日本製鉄の橋本英二会長兼CEOは1月7日に記者会見を開き、「最初から結論ありきの政治介入があった」と米政府を厳しく批判した バイデン政権の買収禁止決定を受け、日本製鉄の橋本英二会長兼CEOは1月7日に記者会見を開き、「最初から結論ありきの政治介入があった」と米政府を厳しく批判した
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「日本製鉄のUSスチール買収」について。

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日米関係は鉄ほど硬くはなかった、ということか。

「国家安全保障上の問題で、日本製鉄はUSスチールを買収することはできない」。ジョー・バイデン米国大統領は行政命令を出した。

同盟国である日本の企業が米国企業を買収しようとして大統領命令で禁止された初の事例となった。「鉄は国家なり」という象徴的な産業が外国に買収されてはならぬということか。

USスチール側は、これは敵対的買収ではなく雇用を守るために必要だ、日本製鉄の買収を歓迎している、といった非常に熱いビデオを公開していた。

両社は不当な政治介入だとしてただちに行政訴訟に踏み切り、競合メーカーであるクリーブランド・クリフスとその経営者、ならびに全米鉄鋼労組会長が買収を阻止するために違法行為を働いたとして、これも提訴した。

日本製鉄の橋本英二会長は静かな、しかし怒りをにじませる記者会見を行ない、少なくとも2回「バイデン」と呼び捨てにしたことが話題になった。買収は両社、両国にとって最善策だと訴えた。

日本だけでなく米国の専門家も指摘していることだが、これはバイデン大統領が下した最悪の決断の一つとして語り継がれるかもしれない。

ここから橋本会長にならって呼び捨てにするが、バイデンはそもそも同盟国内でのサプライチェーン強化を進める立場だった。信用できる国々との連携を深めるフレンドショアリングを提唱していた。しかも今回、日本製鉄は非常に大胆な提案をしていた。雇用を守ると宣言し、USスチールに140億ドルもの新技術への投資を約束していたのだ。

米国が外国からの投資を禁じるならば、米国のダイナミズムは減少し、競争力が失われ、消費者のコストは上がっていく。

しかしこの正論がむなしいのは、本件が最初から政治に翻弄されていたことだ。

ある日本のトップ企業人と雑談していたところ、「米国大統領選前の2年間は何もしてはいけない、ということだね」との教訓を引き出していた。「外国企業から買収されたらとんでもないことになるぞ!」と有権者の感情を揺さぶるための材料として使われる。経済合理的な計算は存在しない。

ところで私は政治家を「自分たちが選挙に受かるためならなんでもやる人たち」と定義している。

その観点から日々の行動を読むとよく理解できる。今回は、ライバル会社の統合を阻止するためには政治家に吹聴すればいいとの前例が作られた。

正直に申せば、私は日本製鉄とUSスチールの行政訴訟について勝利の可能性は低いと見ている。

ただ、すべてはディールしだいだ。トランプ次期大統領に対しては「バイデンの決定によってリストラされた」とUSスチールの元社員が感情に訴えればいい。そして買収条件をほんのちょっと良くし、トランプの成果のように演出するのだ。

なお、私には奇策がある。まずUSスチールを「チャイナスチール」、日本製鉄を「アメリカンスチール」と改名する。アメリカ名企業が中国名企業を買収するという形にする。そして行政に買収の判断を仰ぐ。

ご高齢の米政治家たちもこれなら文句あるまい。もちろん冗談だ。しかしバイデンは日本製鉄を中国企業と勘違いしたとの報道もある。まるで非情な悪夢。ちなみに"Steel"には同じく「非情」の意味があるという。

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坂口孝則

坂口孝則Takanori SAKAGUCHI

調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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