トランプ劇場の第2幕が開幕!? トランプ大統領はアメリカ産業保護の政策をゴリゴリに進めることが予想されているが、この国と付き合っていかざるをえない日本の経済はどんな影響を受けるのだろうか?
自動車、半導体、製薬、農業などなど、各業界の観測を横断的に調べまくった!
■自動車メーカーの明暗
第2次トランプ政権は、上院、下院、大統領職のすべてを共和党が握るトリプルレッド体制を実現し、「第1次政権よりトランプ色が濃い4年になる」との見方が広がっている。
その影響を最も受けそうなのは、日本の自動車業界だ。
トランプ大統領は選挙戦で世界一律10~20%の関税を導入すると明言した。2023年、日本は約150万台のクルマをアメリカに輸出しているが、現行2.5%の関税に10%が上乗せされれば当然、その分の追加コストが発生する。これが販売価格に転嫁されると、米国車との価格競争で不利になるのは明らかだ。
さらにトランプ大統領は、昨年11月のSNSへの投稿で、「メキシコとカナダを通じて(移民)数千人もがアメリカに流入し、犯罪と麻薬を持ち込んでいる」と非難。両国からの全輸入品に25%の関税を課す方針を示した。
目下、メキシコには1300社超の日系企業が進出し、トヨタ、日産、ホンダも製造拠点を置いている。各メーカーがメキシコ製の車両の7~9割をアメリカに輸出している現状では、25%関税の打撃は甚大だ。
また、トランプ大統領は「非常識なEV義務化を中止する」と宣言。世界市場で猛威を振るう安価な中国製EVを敵視し、バイデン政権が導入したEV購入者向けの最大7500ドル(約115万円)の補助金を廃止する方針だ。
実現すれば、北米市場をにらんでカナダにEV工場を新設するホンダには大きな痛手。同社は23年、メキシコで年間20万台を生産し、その8割をアメリカに輸出しているが、25%関税と補助金廃止のダブルパンチを食らう格好になる。
ちなみに米最大手のEVメーカー・テスラのCEOであるイーロン・マスク氏は、トランプ政権下で新設された政府効率化省(DOGE)のトップに就任予定だ。トランプ大統領のEV忌避策と真っ向から対立しそうだが......在米ジャーナリストの岩田太郎氏がこの疑問に答える。
「マスク氏は補助金廃止を支持しています。テスラはすでにアメリカではひとり勝ちで、競合するGM(ゼネラルモーターズ)、フォード、ヒョンデは値引き合戦で収益を圧迫され、赤字拡大に苦しんでいる。
このタイミングでの補助金廃止がトドメとなり、多くの競合メーカーは事業縮小や撤退に追い込まれる可能性が高い。その結果、テスラの一強体制が強まる、とみているのでしょう」
一方で、トヨタはハイブリッド車(HV)の調子がいい。23年10~12月期にはトヨタのHV販売台数が約18万台と過去最多となり、テスラの販売台数を逆転した。
「ここ1~2年、アメリカではEVの失速とHVの復権が鮮明です。EVは価格が高く、充電インフラの未整備が課題となる中、コスパに優れたHVが再評価されています。
トヨタは、『ニューヨークタイムズ』から『EVに無気力』と叩かれながらも、HV路線を貫きました。トランプ政権下で笑う、数少ない日本の自動車メーカーになるでしょう」
■苦戦必至な半導体業界
トランプ大統領が掲げる「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」のスローガン。そこには、自国の製造業の復活という強い意志がある。だから高関税を課す、嫌ならアメリカに工場を造れ――それが「トランプノミクス」の本質だ。自動車メーカーと並び、その影響をモロに受けそうなのが日本の半導体メーカーである。
調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏がこう話す。
「信越化学工業は、(半導体チップの素材の)シリコンウエハーの製造で世界トップのシェアを誇ります。同社のウエハーは、台湾などの半導体製造拠点に供給され、その後、半導体チップとしてアメリカ市場に流れる割合が大きい。
台湾は、半導体受託製造で圧倒的な地位を持ち、先端マイクロチップでは世界シェア90%を占めています」
ところが、トランプ大統領は昨年、メディアのインタビューで「台湾がアメリカの半導体事業を奪った」と不満を爆発させ、台湾への追加関税を示唆した。そうなれば、「信越化学や半導体製造装置メーカー・東京エレクトロンなど、日本の半導体メーカーにとって大きな痛手です」
さらに、アメリカの対日政策で浮上している最大の懸案が、日本製鉄によるUSスチールの買収問題。トランプ大統領は選挙中、「(買収計画は)受け入れられない」と発言し、1月3日にはバイデン前大統領が「安全保障上のリスク」を理由に買収計画中止を命じた。
しかし、経済評論家の杉村富生氏はこう指摘する。
「トランプ大統領が買収に否定的だったのは、全米鉄鋼労組の組合票が欲しかったから。しかし、実際にはUSスチールの業績は低迷し、雇用維持が危ぶまれている。
日鉄は、業績不振で株価が30ドル付近のUSスチールを、1株55ドル、総額2兆円という破格の条件で買収しようとしています。その恩恵を知れば、トランプ大統領は買収にゴーサインを出す可能性もあります」
実際、USスチールのお膝元、ペンシルベニア州選出のダン・ミューザー下院議員(共和党)は「(日鉄との合併で)6000人近くの新規雇用が生まれ、USスチールをグローバルリーダーに押し上げる」と主張し始めている。
■ドル箱を失いそうなある製薬会社
新政権で保健福祉長官に就任予定のロバート・ケネディ・ジュニア氏が物議を醸している。ケネディ元大統領のおいで弁護士という経歴を持つが、反ワクチン活動家としても知られ、「自閉症はワクチンが原因の可能性がある」などの科学的根拠の乏しい発言を繰り返してきた。
だが、トランプ大統領は「自由にやらせる」と、この人事を強行する構えを崩していない。
そんなケネディの医療政策が、日本の製薬会社にとってドル箱となる"ある薬"に打撃を与えるかもしれない。
ケネディ氏は昨年10月、「1日3食の良質な食事を与えれば、肥満と糖尿病の流行を一夜にして解決できるだろう」と発言、肥満症薬を販売する企業を名指しで批判し、「彼らはアメリカ人を愚かな麻薬中毒者だと思っている」と口撃した。
肥満症薬は、今後15兆円に達すると予測される巨大市場。中でも、「米製薬大手イーライ・リリーとデンマークのノボノディスクの肥満症薬が市場を牽引。どちらの薬も日本でも承認され、国内の医療機関でも広く処方されている」(立川パークスクリニック・久住英二院長)という。
「リリー製の肥満症薬は最終段階の臨床試験中ですが、今年中にも販売開始が見込まれます。その売り上げは単年で数千億円規模に達するとの試算もある」(経済誌記者)
実は、このリリー製肥満症薬を開発したのは日本の中外製薬。当初は糖尿病の薬として開発されたが、体重の減少効果が著しく、その成長性に着目したリリーが18年に全世界での開発・販売権を取得したのだ。
「中外には売り上げの10%前後に相当するロイヤルティが入る契約で、同社の市場価値は急騰。今や国内製薬業界で時価総額トップです」(経済誌記者)
だが、ここでケネディ氏の存在が暗雲となっている。
「医療を受けるのは医師と患者の契約行為であり、アメリカ病院協会の「患者の権利章典」で保障された権利です。しかし、憲法の判断すら変わることがあるのがアメリカです。
たとえば、人工妊娠中絶は憲法で認められた女性の権利である、との判断を3年前に連邦最高裁が覆しました。これは政権の方針や、保守派とリベラル派の判事構成による影響が大きい。
すでに強硬姿勢が目立つトランプ政権ですから、今後、『肥満症薬は問題あり』と断じ、販売規制に乗り出す可能性は否定できません」(久住氏)
■ロボット産業が移民排斥で躍進?
「日本の防衛産業にとってはプラスの要素しかない」と、軍事ライターの稲葉義泰氏は言う。
「政府はすでに23年度から5年間の防衛費を、従来の1.5倍以上となる43兆円に引き上げました。さらに、トランプ政権は同盟国に軍事費の負担増を求める可能性が高い。今後もさらなる防衛費増が見込まれ、防衛関連企業の業績はいっそう拡大するでしょう」
注目すべき企業はどこか。
「日米間で増産が決定している迎撃ミサイル『PAC3』の自衛隊向け生産や、次期戦闘機プログラムに参画する三菱重工はもちろんですが、最も成長性が見込まれるのが三菱電機です。
同社は国内でも防衛関連企業として五本の指に入ります。特筆すべきは海外進出に力を入れている点。例えば、三菱重工製のミサイルは自衛隊向けであり、米軍の装備では発射できません。一方、三菱電機はアメリカの軍事企業と協業し、自衛隊と米軍の双方に互換性のある装備品を製造する戦略を取っています。
三菱電機の技術的な強みは、地対空ミサイルのセンサーや部隊間の情報交換を支える通信技術、そして意思決定を行なうシステムなど、ソフトウエア部分にあります。アメリカにとっては代替不可能な技術となりうるので、トランプ政権による締め出しリスクは低いと考えられます」
トランプ政権が追い風になる企業について、前出の杉村氏はこうみる。
「選挙戦の際、トランプ大統領は『就任初日から史上最大の強制送還作戦を開始する』と表明し、不法移民への強硬な姿勢を示しました。実行されれば、アメリカは一気に深刻な人手不足に直面する。
そうなると、製造業や農業、建設業などあらゆる労働現場でロボット導入が加速します」
すでに、工作機械メーカーのファナックや安川電機の対米ロボット輸出が急増。「直近の四半期では、それまでの主力市場であった中国向けの輸出を上回った」という。
杉村氏は、長野県坂城町(さかきまち)に本社を構える竹内製作所にも注目する。同社が製造する超軽量ミニショベルは欧米市場を席巻しているという。
「小型建機の分野では世界トップクラスのシェアを誇る企業です。同社のミニショベルは、大型ショベルでは入り込めない狭い場所でも小回りが利き、これまで人力に頼ってきた水道工事や住宅建設などの現場で需要が急増しています。
売り上げの97%を海外が占める同社は、欧米市場での評価が高いオンリーワン企業。移民という労働力が減少する一方で、住宅建設需要が高まるアメリカでは、今後さらにその存在感を高めるでしょう」
前出の岩田氏は、トランプ政権下で笑う会社のひとつに「ダイソー」を挙げた。
「トランプ大統領が打ち出す政策は、どれもインフレを誘導するものばかりです。各国への追加関税は輸入品価格を高騰させ、移民規制は労働賃金の上昇を引き起こします」
アメリカでは今後さらに節約志向が高まる。そこで浮かび上がるのが、ダイソーだという。
「アメリカのダイソーは1ドル99セント(約154円)~15ドル(約2300円)の価格帯で、低所得層から高所得層まで幅広く人気です。特に商品力が評価されていて、例えば、ダイソーの洗濯ネットは大ヒット。
それまでアメリカでは洗濯ネット自体が一般的ではありませんでしたが、ダイソーがきっかけで衣類の形崩れや糸クズの付着を防ぐ便利さに多くの人が気づきました。こうした新鮮さを武器に今後、さらに注目されると思います」
■日本農業の危機
最後に農業分野の話を。農業ジャーナリストの山田優氏がこう語る。
「トランプ大統領は第1次政権時、農産物の市場開放を迫り、牛肉の関税を大幅に引き下げさせました。第2次政権でも、市場開放の圧力はいっそう強まるでしょう」
特にリスクが高いとされるのが、ジャガイモだ。
「昨年10月、トランプ大統領に近い共和党の上院議員が来日し、農水省幹部にジャガイモの市場開放を求めました。日本では生ジャガイモの輸入に厳しい制限があります。病害虫のリスクが海外産にはあるためで、厳しい条件を課した一部の地域からのみ輸入が許されています」
アメリカ側は、病害虫検査と処理を徹底しているからリスクはないと主張し、開放を求めているが、日本側は確証が得られないとこれを拒んでいる。だが、「政治的な圧力が強まれば状況は変わるかもしれない」と山田氏は言う。
もし米国産ジャガイモが解禁されると、関税率はほかの野菜と同等の2~3%に抑えられる可能性が高い。米国産ジャガイモが大量に流入すれば、その多くはポテトチップの原料として使用されることが想定される。
「米国産ジャガイモは加工適性が高く、商品化しやすいともいわれ、輸入解禁となれば国産を脅かす」(山田氏)存在になる。
今回、紹介したのはトランプノミクスで影響を受ける企業のほんの一部。トランプ劇場の第2幕、日本経済の行方に注目だ。