自動車業界は世界的なビジネスモデル激変の潮流の真っただ中にあり、各メーカーの危機感はきわめて強い 自動車業界は世界的なビジネスモデル激変の潮流の真っただ中にあり、各メーカーの危機感はきわめて強い
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「ホンダ、日産自動車の統合協議会見」について。

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「難しいなあ」。

マイクが拾うギリギリの音量だった。昨年末、ホンダ、日産自動車、三菱自動車が経営統合にむけて協議をはじめると宣言。

その記者会見で、ホンダの三部(みべ)敏宏社長、日産の内田誠社長に「技術でもクルマでも哲学でも、お互いのどこに惚(ほ)れたのか」とジャーナリストから質問があった。

そこで三部社長が苦笑しながらつぶやいたのが冒頭の言葉。内田社長はその様子を見て、おなじく苦笑した。質問者は「難しいですか?」とすかさずツッコんだが、私はその素直さに爆笑した。

3社の経営統合が実現すれば、売上高30兆円(会見では利益3兆円を目指すとした)、販売台数800万台になる。フォルクスワーゲン、トヨタに次ぐ世界3位グループが誕生する。クルマの電動化など研究・開発領域の融合にとどまらず、生産・調達・販売などスケールメリットを活(い)かし、効率化・コスト最適化を目指すとしている。

BYDやテスラといった新興勢の登場だけではなく、自動車産業のビジネスモデル自体が変容しようとしている。自動車メーカーの経営者には、現状のままでは生き残れないとの危機感がある。生き馬の目を抜く産業において競争力を上げるために、今回の3社にかぎらず合併しようとする流れは加速する。

だから冒頭の三部社長の言葉は本音なのだ。惚れたかは別として、これからも食っていかねばならない。お互い独自技術やいいクルマをもっているし、健全な危機感を共有している。だから統合を考えるにはじゅうぶんということだろう。

経営統合検討を大々的に発表する記者会見だったにもかかわらず、三部社長が何度も「日産のターンアラウンド(事業再生)が前提」と繰り返していたのもその証左だ。

「ホンダによる日産の救済」とか「ホンダが経済産業省にお願いされたから」とか述べる人がいるが、これは慈善事業ではない。また株主への説明責任もあるし、失敗すると訴訟の可能性もある。合理的に判断するだけだ。

ところで気になることを一つ。経営統合が順調に進んだ場合、予定では2025年6月に最終契約書締結、2026年8月に共同持株会社が東証プライム市場に上場するとしている。そして経営統合の効果が出てくるのが2030年ごろ、本格的な成果の刈り取りは2030年以降とした。

え、え、え? 2030年? 遅すぎない?

私は両社に知人がおり仕事もした。たとえば、ホンダは取引先に深く入り込んでいって製品をつくる。それに対して日産は取引先に大胆に任せて実力を引き出す。水と油、とまでは言わない。ただ流儀が大きく異なるのは事実だ。

だから経営統合の目論見(もくろみ)が2030年ごろに具現化するってのは現実的ではあるんだろうけれど、激変する産業において速いスピードとはいえない。両社長はそのとき退任していないよね。

昨今はインバウンドの重要性が叫ばれるが、日本で外国人旅行者が使う金額は年8兆円。自動車産業には遠く及ばない。

自動車が崩れたら日本は没落する。日本のほかの自動車メーカーが次に経営統合を検討する際は、外資も選択肢に入っていい。再起を図るために外国の力で大胆にショックを与え、日本の古き体質を消し去るのだ。

あれ、「消し去った」って英語だと「ゴーン」だっけ?

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坂口孝則

坂口孝則Takanori SAKAGUCHI

調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!

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