ライドシェアサービス開始に向けて運行の準備をするドライバー。タクシー運転手不足の解消を目指して、日本でも一部解禁された
昨年4月に日本でも条件付きで解禁された「ライドシェア」。一般ドライバーが自家用車を運転して乗客を運ぶのがこのサービスだが、タクシー運転手不足を解消できるのか? 日本版ライドシェアを取り巻く今を、ライドシェアサービスを展開する都心部と地方のタクシー会社代表と、ライドシェアドライバーに聞いた!
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■稼働時間が限られる中、偶然乗車する機会が
2024年4月に自家用車活用事業、通称「日本版ライドシェア」がスタートして1年がたった。日本版ライドシェアとは、道路運送車両法第78条(自家用自動車による有償の旅客運送)第3号(国土交通大臣の許可を受けて行う運送)に基づく国土交通大臣の許可事業となる。
そもそも、世界的に普及しているライドシェアサービスは、自家用車で旅客輸送業務を行ないたい個人と、そのようなサービスで目的地まで行きたい人を、プラットフォーマーが配車アプリ上でマッチングさせるサービスだ。
海外のライドシェアサービスでは、プラットフォーマーとドライバーの間に雇用関係は存在しない。一方で日本版ライドシェアでは、タクシー事業者がライドシェアドライバーを雇用し、運行管理も行なっている。
国土交通省の「日本版ライドシェア、公共ライドシェアの取組状況等」によると、25年3月30日時点での導入地域(許可済み)は130地域、登録ドライバー数は7927人、稼働台数(時間枠ごとに稼働した台数の累計)11万3882台、運行回数(実際に運行した回数の累計)61万7897回となっている。24年4月スタート時点での許可事業者数は128であったが、25年3月には935まで増えている。
筆者は先日、偶然にも日本版ライドシェア車両に乗車する機会を得た。スマホの配車アプリを利用した際に、「タクシーまたはライドシェア車両を呼ぶ」モードで配車をかけると、2世代前のトヨタ・クラウンアスリートのライドシェア車両がマッチングした。
ライドシェアでは一般ドライバーが自家用車を使って乗客を送迎する。海外では見慣れた光景だが、日本ではまだまだ珍しい
乗車地点にやって来たライドシェア車両に乗ると、20代と思われる若い男性が運転していた。物珍しさもあり乗車してから根掘り葉掘り話しかけたが、特に嫌がるそぶりもなく返答してくれる姿には好感が持てた。
話を聞くと都内の飲食店に勤務しているようで、店が早めに終了したときなど、車で東京隣接県の自宅へ帰宅する途中に、ターミナル駅周辺で午前3時から7時ぐらいの間、日本版ライドシェアドライバーを行なっているとのことだった。
男性は、「長時間乗務すると眠くなったりしますし、短時間で乗務が終わる日本版ライドシェアのドライバーに魅力を感じました」とも語ってくれた。話を聞く限りでは、まさに「隙間バイト」感覚で乗務している様子が伝わってきた。
また、日本版ライドシェアドライバーに従事しているというデイトレーダーからも話を聞いた。普段は終日株価チャートなどをひとりで見つめることになるので、誰かと話をしたくて隙間時間にドライバーをしていると語った。
■大学生の雇用に特化した時給制で、車両も貸与
埼玉県草加市で氷川タクシーを運営する、野島運輸株式会社では、日本版ライドシェアドライバーとして3人を雇用している。同社の大角健泰取締役はこう語る。
「弊社が営業を行なっている県南東部交通圏(埼玉)では、サービス可能なのは金曜日と土曜日の16時から翌朝6時までとなっています。
弊社が運営する日本版ライドシェアサービスに従事するドライバーは、全員大学生です。氷川タクシーのある草加市周辺には複数の大学があり、大学生のみの雇用としました。
また、日本版ライドシェアサービスでは歩合給制を採る事業者も多いですが、弊社では完全時給制を採用しています(22時まで1300円、それ以降1625円)」
さらに、大学生が自家用車を所有していなくてもドライバーに従事できるように、会社が日本版ライドシェア専用車両を用意しているそうだ(許可車両4台のうち2台が稼働)。
「第2種運転免許取得のためには、第1種運転免許取得後3年が経過していることが要件となります。しかし、1種免許取得後1年経過で従事できる日本版ライドシェアドライバーなら、今まで接触することすらできなかった世代で、しかも時間に余裕のある大学生を雇用することができるのです。
ドライバーを志望する大学生については、遊ぶためのお金づくりや、奨学金を返す、学費を稼ぐなど、その理由はさまざまです。学生に新しい稼ぎ方が提案できたという面も大きな意義だと感じています」(大角氏)
休みを取ることも可能で、16時から翌朝6時までの間にどのくらい乗務するかを自分で調整できるという、大学生に魅力のある就労環境が整備されている。
「日本版ライドシェアドライバーをやっていれば、弊社のタクシー運転手と交流する機会も出てきます。そこでタクシー運転手という仕事に興味を持つこともあるでしょう。大学卒業後にタクシー運転手を志す学生が出てくれば......とも考えています」(大角氏)
仮に1出番にフル乗務すると、売り上げは3万円から5万円になる。それだけ稼げるということはタクシー不足が依然として続いていることを物語っているが、事業者としては日本版ライドシェアがあってこそ、乗客の取りこぼしを防げたということになる。
時給制なので、日当計算すればドライバーへの報酬は平均1万5000円程度。2種免許取得のための養成費用などのコストがかからないことを考えても、日本版ライドシェアを導入する事業者メリットは十分にあるだろう。
また、氷川タクシーでは配車アプリを活用しており、料金は乗車時に決定するため、乗客とのトラブルは発生しづらいそうだ。
「若いコが運転しているので、お客さまも興味を持っていろいろ話しかけてくることが多いようです。大学生が学費を稼ぐために働いているなどという話を聞くとお客さまも応援したくなるようで、けっこう評判もいいです」(大角氏)
■タクシー運転士志望者の研修も兼ねて乗務させる
愛媛県松山市にある伊予鉄タクシー株式会社は、日本版ライドシェアとして、配車アプリを介さない独自のサービス提供を行なっている。
さらに、日本版ライドシェアドライバーとしての募集は行なわず、タクシー運転手志望で2種免許を持っておらず自社で免許取得を目指す養成乗務員を、日本版ライドシェアで、いわば乗務研修も兼ねて乗務してもらっているとのことだ。同社の代表取締役社長・芳野雅郎氏は、次のように語る。
「自社でいかに早く日本版ライドシェアサービスをスタートできるかを考えました。日本版ライドシェアドライバーとして金、土曜日限定で働ける人がいないかと募集をかけたのですが、あまり〝アタリ〟が良くなかったので、養成乗務員の活用という選択肢を選びました。
道後温泉など多くの観光地を持つ松山市では、週末の金、土曜日には多くの観光サービス業で人手が求められますし、実際にスポット的な仕事は多くあるので、そのような競争の中で日本版ライドシェアドライバーを雇用する難しさがあります。
また、市街地から空港が近く、観光地も比較的密集しておりなおかつ市電も走っているので、インバウンド(訪日外国人観光客)需要が過度に期待できない特殊な環境でもあり、日本版ライドシェアサービス自体への期待は利用者側からもあまり聞かれないのが現状です」
「交通空白の解消」という旗印があるものの、導入事業者にとってみれば、日本版ライドシェアは収益度外視の慈善事業ではない。タクシー乗務希望ながら2種免許を持っていない養成乗務員を研修も兼ねて乗務させるというのは、採算性も考慮した経営判断として注目に値するものだろう。
日本維新の会は、今年4月にライドシェアを全面解禁する法案を衆議院に提出した
サービス時間が制限されているからか、導入から1年がたっても日本版ライドシェアの認知度はそれほど高まっていない。海外ではタクシーは〝怖い乗り物〟とされているが、その理由は料金不正請求に始まり、ドライバーによる犯罪や迷惑行為が目立ち、特に女性は安心して利用することが難しい点にある。
そんな中、デジタルデータで利用履歴が残り、ドライバーによる犯罪や迷惑行為に遭遇する確率の少ないライドシェアが海外では広く普及した。一方、通常のタクシーが非常に安全な日本では、海外とは利用拡大までの道筋が大きく異なってくる。
また、日本版ライドシェアは地域だけでなく、導入事業者個々でその内容が細かく異なる。日本版ライドシェアに取り組む事業者の多くは、日本のタクシーの将来を考え、保守的な業界にありながらも先鋭的な取り組みに熱心なところが目立つ。
日本版ライドシェアを「新たな業界規制緩和」とたとえる声もあるが、各事業者が取り組む姿勢を見てもまさにそのような心構えが伝わってきた。