興行収入は約500億円に達し、全世界で話題になっているハリウッド版『ゴジラ』が、7月25日(金)に公開される。
最新作にはエグゼクティヴ・プロデューサーとして、ふたりの日本人の名が刻まれている。そのうちのひとりである奥平謙二氏が、公開に至るまでの咆哮(ほうこう)モノの舞台裏を週プレだけにこっそり語ってくれた!
■ヘドラのリメイクがすべての始まりだった
―プロジェクトが動きだしたのはいつ頃なんでしょうか?
奥平 あれは2003年の12月、『ゴジラ FINAL WARS』(04年)の製作がマスコミ発表される前のことでした。
―もう、10年がかりのプロジェクトになるわけですね。
奥平 本当に紆余曲折(うよきょくせつ)ありましたからねぇ。もともとは『ゴジラ対ヘドラ』(71年)の監督で、黒澤映画の助監督も務めていた坂野義光(ばんの・よしみつ)さんにお会いして、「ヘドラをリメイクしたい」という話を聞くところから始まってるんです。
すでに坂野さんの頭の中には、緑を食い尽くすイナゴの大群のような“デスラ”という怪獣の構想があって、すぐに手伝わせてほしいとお願いしました。僕は僕で、ゴミや産廃なんかを吸収して無限に巨大化していく怪獣はどうかっていう案も出させてもらったり。
―公害を引き起こした、ヘドロやスモッグを吸収して成長するヘドラの現代版という感じですか。
奥平 そうですね。坂野さんは70年代から「大型映像」っていう、博物館や科学館に設置されてるような巨大スクリーンを使って映像を見せる、いわゆる劇場映画とは別ジャンルの仕事に関わっていて、ヘドラもそれでリメイクしたいとおっしゃっていたんです。
大型映像のゴジラは3Dでなきゃダメ
―すると、当初は坂野さんの個人プロジェクト的な色合いが濃かったわけですね?
奥平 ただ、大型映像って欧米では一定の成功を収めていたんだけど、日本では縮小傾向にあって。なので、日本と海外の共同プロジェクトとして動かさなきゃ成立しないという認識はありました。その年の4月かな、ロスで開かれる大型映像のコンベンションに参加するんですけど、そこでいきなり洗礼を受けたといいますか……。
―洗礼。
奥平 要するに、大型映像のゴジラは3Dでなきゃダメだと。
―劇場映画でも3D上映が一般化するのはもう少し先ですよね?
奥平 5年くらい後かな。でも実際、ゴジラは3Dと相性がいいはずだっていう直感もあり、すぐに3Dの専門家を探すことになるんです。それでまぁ運よく、後にアカデミー賞も受賞する優秀なスタッフと出会えて、彼らに3Dのノウハウを学びながら資金集めをやっていく体制が出来上がった。
―トントン拍子で進んでますが。
奥平 適当に端折(はしょ)ってます(笑)。で、彼らと脚本を詰めていくなかで、放射能とか核っていうものをテーマに盛り込む案が前面に出てきました。資金集め的には外すほうが有利なんだろうけど、スタッフもゴジラファンで、社会的な映画だというのを理解してるから、「ゴミ怪獣だろ? じゃあ人類史上最悪のゴミってなんだ?」「核廃棄物じゃないか」って感じで、結果的に核廃棄物を吸収して巨大化しゴジラを圧倒する怪獣という設定になっていきました。
―核廃棄物怪獣ですか。
奥平 ええ、『ゴジラ3D』というタイトルで。最終的にそれは叶(かな)わないんだけど、実現に向けて努力してくなかで、06年くらいですか、レジェンダリー(・ピクチャーズ)と関係ができたんですよ。
監督は「誰、それ?」という若手
―『バットマン・ビギンズ』(05年)を皮切りに『ダークナイト』(08年)、『パシフィック・リム』(13年)といった超大作を次々に手がけてきた、今度のハリウッドゴジラの製作会社ですね。
奥平 すぐにデスラのプロットを読んでもらって。代表のトーマス・タルはゴジラやアメコミヒーローが大好きな実業家っていう面白い人で、ゴジラ映画の製作にも興味を持ってくれた。でもね、彼らはわれわれの企画には協力してくれなかった。自分らに主導権のない映画に投資はしないと。結局、われわれの資金調達が思うようにいかないなかで、企画や物語の映画化実現をあきらめなきゃいけなくなったんですよ。
―なるほど。
奥平 レジェンダリーは東宝と直接契約をして、当初とは別モノのハリウッド版ゴジラ映画が動きだしたんです。僕らはプロデューサーという立場でレジェンダリーと契約を結び製作に協力しました。
―ちょっと残念な気持ちは?
奥平 ありましたが、ハリウッド大作としてゴジラが復活するならと。その後、10年の12月くらいに監督がギャレス・エドワーズに決まったと連絡を受けたんです。最初、「誰、それ?」って(笑)。
―低予算で撮った『モンスターズ/地球外生命体』(10年)が当時話題になっていた、イギリスの若手監督ですね。
奥平 『モンスターズ』を見たトーマスが直接本人に会って決めたって話だけど、製作費5000万円の映画を1本撮った経験しかない若手にゴジラを委ねちゃうって、「レジェンダリー、ゴジラを安く上げるつもりか!?」と(笑)。何せハリウッド映画は初ですから。
―大博打(ばくち)ですよね(笑)。
奥平 でもね、震災があった年の秋にギャレスが来日して、じっくり話をする機会があったんです。ゴジラファンで全作品を見てたし、その時点で「震災以降の日本をとらえたい」とか「広島のことを語りたい」っていう立派な志で。
僕は僕で震災以降考えてきたことを話したり、陸前高田出身のカメラマン、畠山直哉さんが震災後に発表した写真集を手渡したり。明日の見えない不安のなかで強く生きようとする被災地の人たちに僕らは励まされているんだと、一番伝えたかったことは伝えました。
すでに続編、そのまた続編の話も
―結果的に、ゴジラ映画や3・11以降の日本の文脈を繊細にすくい取った物語になっていますよね。最初のハリウッドゴジラとは大違いの傑作だと思います。
奥平 あれはゴジラじゃなくて巨大イグアナです(笑)。怪獣ファンじゃない監督が撮ったのも要因だろうし、デザインは大ヒットした『ジュラシック・パーク』あたりの恐竜の流れをくんでたと思うけど。その点、今回はゴジラ愛があったからそんな心配はなかった。
―それこそ造形は往年のどっしりしたゴジラを再現してますね。
奥平 『ゴジラ3D』では着ぐるみを使うことを検討してたり、日本とハリウッドに蓄積された特撮技術を統合して3Dで世界へ……という野望がありました。今度のゴジラはフルCGだけど、俳優の繊細な体の動きをモーション・キャプチャーで取り入れたり、クマやコモドドラゴンの生態を研究して参考にしているそうです。
―ぬかりないですねぇ。早くも続編と、そのまた続編の話もあるそうですが、ホントですか?
奥平 ギャレスが再び手がけるようですね。ただ、彼が16年公開予定の『スター・ウォーズ』スピンオフ作品の監督に抜擢(ばってき)されてそれに専念しますから、公開はその先になります。次はどんな映画になるのか、今から楽しみです。
(取材・文/週プレ編集部 撮影/高橋定敬)
●奥平謙二(おくひら・けんじ) 鳥取県出身。映画会社LA支社勤務の後、フリーライターに。日米英合作『パップス』でアソシエイト・プロデューサーを務め、200 3年に今作へつながる『ゴジラ対ヘドラ』リメイク版に坂野義光と着手
■週刊プレイボーイ30号「60年目のゴジラ襲来 完全迎撃マニュアル」より(本誌では、ゴジラ研究者による第一作解説、ゴジラグッズ60年の変遷カタログほかも掲載)