ファミコンブーム終焉後、メディアへの露出が減ったが、名人は今でも現役ゲーム人だった! ファミコンブーム終焉後、メディアへの露出が減ったが、名人は今でも現役ゲーム人だった!

“1秒間16連射”でその名を轟(とどろ)かせ、『高橋名人の冒険島』でも大人気だったファミコン時代の寵児(ちょうじ)、高橋名人が今年6月、新たにゲーム会社を設立! 名人の“今”に迫るインタビュー!

■16連射どころか本当は17連射?

ファミコン世代の週プレ読者にとってヒーロー的存在だった高橋名人(高橋利幸[としゆき]さん)!

最近めっきり見かけないな~と思っていた方も多いかもしれないが、なんと今年6月、“代表取締役名人”という胸熱な肩書きを引っ提げ、ゲーム会社「ドキドキグルーヴワークス」を設立していたのだ!

―高橋名人、なぜ今、ゲーム会社を立ち上げたんでしょう?

高橋 僕がいたハドソンという会社は2012年に親会社だったコナミに吸収合併されたんですが、実はその前年にハドソンを退社していたんです。そして、やりたいことを実現したいという思いから、自分の会社を設立したんですよ。

わが社は、今はまだ他社さんのゲームの制作協力することを主な事業にしていますが、将来的には開発からデバッグまで全部できる会社にしたい。長年お世話になった業界を盛り上げて、有終の美を飾りたいんです。

―そういえば、そもそもハドソン宣伝部の一会社員だった方が、どうして“名人”に?

高橋 きっかけは1985年に東京・松坂屋銀座店の屋上で行なわれた『コロコロコミック』主催の「コロコロまんが祭り」でした。そこでハドソンが1時間ほどステージで何かやることになったんですけど、タレントさんを呼ぶお金もなかったので、「もうめんどくせーから自分でやっちゃえ」って(笑)。

僕が自分で1000人くらいのお客さんの前で『チャンピオンシップ・ロードランナー』を実演することにしたんです。ステージ上で実演プレイしたんですが、イベント終了後に、子供たちが100人くらい僕の前に並び出したんですよ。「どうしたの?」って聞いたら、サインが欲しいと。

3ヵ月間休みなしで睡眠時間も毎日3時間

―ただのサラリーマンがサインを書くことに(笑)。

高橋 そうです(笑)。そしてその日の打ち上げで、ハドソンの当時の社長か誰かが、「こういう実演イベントを“全国キャラバン”みたいに銘打ってやったらおもしろいね」と、ふと言ったわけです。要は「高橋、おまえが全国を飛び回れ」ってことで(苦笑)。

そこで、これまた誰かが「将棋とか囲碁の世界では名人と呼ぶよね」と言い始めて、イベントで「高橋名人」を名乗ることに……。完全にその場のノリで決まったんですよ!

―とはいえ、そのおかげで当時は芸能人並みの人気にもなりました。やはりウハウハ?

高橋 うれしいはうれしいですが、タレントさんみたいにワーキャー言われることよりも、ぶっちゃけゲームの宣伝が楽にできるってことのほうがありがたかった(笑)。

だって本来なら宣伝の仕事って、自社のゲームを知ってもらうためにいろいろと仕掛けなきゃいけないんですが、僕がイベントをやるだけで注目が集まるようになってたわけですから。単純に宣伝マンとして「ラッキーだな」って感じでした。

―でも1985年の夏休みに開催した「第1回 全国キャラバンファミコン大会」は相当ハードスケジュールだったそうで。

高橋 比喩じゃなく、夏休みの間、ずーっと全国を飛び回ってましたから。しかも朝の6時起きで深夜12時まで働くっていう日々で。過酷ったらありゃしない! 一番忙しいときは3ヵ月間休みなしで睡眠時間も毎日3時間ぐらいしかなかったな~。

―そ、それはしんどい!

高橋 だから「もう死んじゃうんで、いいかげん休みちょうだい!」って言って3日間だけ休みをもらったんです。で、3連休の前日は21時に帰宅できたんで、休みをどうやって有意義に過ごそうかって頭の中で計画を練ってたんですけど、そのとき、1回だけまばたきをしたんですよ。パチッと。

だけど、なぜかその直後に異常なぐらいトイレに行きたくなったんです。それで、用を足した後にテレビでニュースを見ていたら、日付が1日ずれていて……そこで「あ、これ24時間たってるわ」と気づきました(笑)。それで「まぁ、しょうがねぇか」と思ってとりあえずベッドに横になったら、次の瞬間、また翌日の21時。笑えてきましたよ。

今と昔、ゲームをする子供たちの違いは?

―ところで「高橋名人は『スターフォース』のラリオス(中ボス)をめっちゃ早く倒す!」と話題になったことがきっかけで、“1秒間に16連射”が代名詞ともなったわけですが、当時は「トリックだ!」なんて噂もありましたよね?(笑)

高橋 失敬な(笑)。本当にやってましたよ! その頃、『GAME KING 高橋名人vs毛利名人 激突!大決戦』という映画の中で『スターソルジャー』対決したんですが、映画のスタッフさんが10秒間分の240コマを抜き出して調べたら、僕は174発撃ってたらしいです。つまり、調子いいときは1秒間に17連射いってたんですよ。

■今でもニコ生で“名人”をしている

―16連射で一世を風靡(ふうび)し、ついには自身が主人公のアクションゲーム『高橋名人の冒険島』まで発売されました。

高橋 あのときもうれしかったですね~。でもゲームの主人公になると、自分が何人も殺されるということを知りました(笑)。『高橋名人の冒険島』のゲームイベントでは、小さい子供も出場していたんですが、僕が近くを通ろうとした瞬間にゲームをいったんストップして、ニタッと笑ってからゲームの中の僕をわざとたき火に突っ込んで自殺させるんですよ。

それで僕が「この人殺しー!」って言うのがお約束みたいになって、子供たちがこぞってゲームの中の僕を殺す(笑)。何人、自分が殺されたことか。

―実は「ゲームは1日1時間」という名言も、イベント中に高橋名人が発した言葉だったんですよね。当初はゲームソフトを扱う問屋さんなどからクレームの嵐だったそうですが、その後、浸透して多くのご家庭でゲームをする際の厳格ルールとして採用されたほどでした!

ゲーマー少年たちに多大な影響力を持っていた高橋名人ですが、今と昔、ゲームをする子供たちの違いはありますか?

高橋 ファミコン世代の子供は、クソゲーはクソゲーなりになんとかして楽しもうとしてましたよね。「やっべー、これ全然つまんねー! だけど、せっかくお小遣いためて買ったからなー」って(笑)。

昔のゲームはシンプルで未熟でしたが、その分、子供たちひとりひとりがオリジナルの遊び方を持っていたりして。逆に、今のゲームは自由度の高いゲームもありますけど、物語の筋道が決まっていて迷いようがないものも多くて、全員同じ遊び方になりがちなんじゃないかな。

ニコ生はキャラバンと同じような楽しさ

―確かに“クソゲーを楽しむ才能”は、今の子供らに一切負ける気がしねぇっす!

高橋 どちらがいい悪いというものでもないですけどね。そもそも最近のゲームはとても丁寧なチュートリアルが入ってますけど、ファミコン時代ならそんな手とり足とり教えてくれる機能は容量の無駄遣いでしかなかったから(笑)。『ロードランナー』なんて、たったの16キロビット。パソコンで文字だけ打っても1000~2000文字分程度にしかならない容量だったから。

それが今やPS4のゲームなんて20ギガバイトもあったりする。それって数百万倍の容量ってことでしょ(笑)。時代が違いますよね。16キロビットの容量だと、いかに要素を削りつつ成立させるかの勝負みたいなところがありましたからね。

―今と昔ではゲーム制作の苦労も別種だったと。

高橋 でも僕がやっていた宣伝の仕事では、変わらないこともあるんですよ。僕は3年ほど前から、ニコニコ生放送の番組に出てゲームの実演や紹介をやっているんですけど、キャラバンでステージに立ってるときと同じような楽しさをニコ生に感じていて。ニコ生ってコメントがすぐに流れるでしょ?

お客さんとやりとりするのはやっぱり楽しいし、あの頃のキャラバンにも似た熱気や臨場感がニコ生にあるんですよ。しかも、札幌からでも福岡からでもアメリカでも見られる。何よりこっちから全国各地を飛び回らなくていいのが最高!

―キャラバンからニコ生にステージを変えてはいるものの、高橋名人はあの頃と同じように、今でも“高橋名人”をしているんですね!

高橋 近い将来、「ドキドキグルーヴワークス」製のゲームを自分で紹介できるようになりたい。まずはスマホゲームでしょうね。操作が連射だけのスマホゲームとかいいんじゃないかな。崖を登りきるまで連射しなきゃいけないとか、1秒間に16連射しないと倒せないボスがいたりとか(笑)。

そしてやっぱり、最終的な野望は『高橋名人の冒険島』の新作を作ること! スマホ版もパッケージソフト版も出して、よりたくさんの人に冒険を楽しんでもらいたいです。

(取材・文/千葉雄樹 昌谷大介[A4studio] 撮影/佐賀章広)

●高橋名人(たかはし・めいじん) 1959年生まれ。1982年「ハドソン」入社。ファミコン全盛期には絶大な人気を誇った。2011年にハドソンを退社し、2014年に「株式会社ドキドキグルーヴワークス」を設立