1989年に「東映Vシネマ」がスタートして、今年で25周年となる。
「東映Vシネマ」は、「ワルの世界」を描いて大成功。新たな「オリジナルビデオ市場」を確立した。今や他社の作品も含め、オリジナルビデオ全体が“Vシネ”と呼ばれるまでになっている。
そんなVシネ25年間の最大の功労者が、この男であることに異論はないだろう。
哀川翔。
80年代に伝説的パフォーマンス集団「一世風靡セピア」で活躍。88年、同郷(鹿児島)の先輩、長渕剛からオファーを受け、ドラマ『とんぼ』に出演。そして、そのチンピラ役を見て、名匠・高橋伴明監督は東映Vシネマ『ネオ チンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』(90年)の主演に哀川を大抜擢(ばってき)したのだった。
そこから“帝王”と呼ばれるまでに至った彼に今回聞いたこと。それは「働き方」だ。
* * *
―しかし、まさか東映Vシネマが25年も続くとは……。
「初っぱなから言うねえ」
―だって、題材は反社会的。登場人物は破天荒なアウトローばかり。映画でもテレビでもなくレンタルビデオ店にしか存在できない、そんな“Vシネ”という特殊ジャンルが、よく四半世紀も生き残ったと思ってしまうんですよ。
「まあ、世間的にはそう思われているかもね。俺もさ、初めての主演作を撮り終えたときは、この先どうなるんだろうと。作品がコケても監督とプロデューサーのせいじゃん、そんなのって。でも、ま、ヒットしたしね。結果が出たから。勝ったな、と思った」
―結果的に『ネオ チンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』は、売り上げ4万本以上という記録的大ヒットとなりました。それ以降、多くの作品で主演を果たし、“Vシネの帝王”と呼ばれるまでになったわけですが。
「Vシネが続いたことで、とりあえず自分の中で役者としての核ができたのかな、と。あのときVシネに呼ばれなかったら、俺、今頃この業界にいないんじゃないの? 別なことをやっていそうな気がする」
―趣味のカブトムシ養殖に本格的に乗り出してたとか。
「そうそう。いや、本格的にはやらないって(笑)」
俺は、最悪といわれるほうが好きなんだ
―ぶっちゃけ、Vシネは映画より下に見られがちなジャンルじゃないですか。映画館のスクリーンで主役を張る役者さんを見て、うらやましいと思ったことは?
「ないよ、そんなこと一度も思ったことがない。だってさ、向こうはメジャーでしょ、何もかも。作品のテーマも予算も配役も文句のない最高のものを作り上げているわけじゃない。逆に、こっちは突っ込みどころ満載というか、ヘタすりゃ最悪といわれたりもする。でも、最悪といわれるほうが好きなの、俺は」
―ホント?
「うん。それでも最高だと言ってくれる人たちもいるし。最悪だけど、最高だって言ってくれる人たちが、夜な夜なレンタルビデオ店に通い続けてくれてるんだ。俺はそういう人たちに、どうだって胸を張っていたい」
―でも、やはり映画のほうが役者としてのステータスも上がったのでは? わざわざ日陰のジャンルを突き進まなくても。
「いや、日陰どころの騒ぎじゃないよ、Vシネは完全に水面下に沈んでいるジャンルだもん。日なんかちっとも当たんない。でも、それは俺的に全然OKなわけ。どうせ世間的に注目されないんだったら、どんどん好きなことやろうぜって。なんでもアリにしちゃおうぜって。実際、どういう内容の作品を撮ればVシネを楽しみにしている人たちの胸をくすぐれるか、そればっかずっと考えてきたし。事実、結構面白い作品を作ってきたしさ」
―それは事実ですけどね。
「だからまあ、メジャーとされる作品と、俺たちのVシネを同じ時間帯にテレビで流したら同じような視聴率だと思うよ。大敗はしない。その自信はある。深夜枠だったら俺たちが勝つかもしれない」
―確かに。哀川さんは97年頃が一番、主演作が多かったですよね。
「めちゃくちゃな忙しさだったねえ。主演で10本作ってたし、助演で12本出ていたし、年間で320日も現場にいた(笑)」
―狂気の域だね。
「それだけ現場にいると、さすがに芝居に慣れてくるんだわ。監督のどんな要求にも対応できるようになってくる。台本を覚えなくても勝手に体が動いちゃうみたいな」
―よく精神的にも肉体的にもブッ壊れなかったものですよ。
「酒を飲み続けてたからね」
―忙しいのが悔しいから飲んでやる、みたいな?
「飲まないと明日が迎えられないみたいな。でもそれよりも、飲むって行為は“自分主導”の時間なわけでしょ。現場っていうのは、なんだかんだで自分の思いどおりにはならない。台本やコンテどおりに動かないと前に進めないからさ。やっぱり、一日のうちのどこかで自分主導の何かをブッ込んでおかないとリセットが利かなくなる」
職に就いたら10年はやってみること
―世の中、自分の思いどおりにならない職場で右往左往している人たちが多いですよね。
「そういう連中にこそ、どんなに忙しくても“自分主導”の何かに没頭できる時間をつくれって言いたいね。なんでもいいから」
―カブトムシの養殖でも。
「もちろんだよ。俺なんか撮影の合間にカブトムシの巣を掘り返していると、周りのスタッフから何やってんの?とよく言われてたもん。俺の勝手にさせろよって言い返してたけどさ。そうやって自分の時間を持てればリセットできて、また明日を迎えられる。これが大事」
―さらに聞きますけれども。
「いいよ、なんでも答えるよ」
―しつこいですが、Vシネってやっぱりマイナーなジャンルじゃないですか。だけど結果的には25年間も支持され、生き残っている。しかも、哀川さんはそこで“帝王”と呼ばれるまでに上り詰め、きっちりと花を咲かせた。
どういう心構えでいれば、自分が今いる場所で花を咲かすことができるんでしょう。
「とにかく職に就いたら10年はやってみることだよね」
―10年って、結構長いですね。人間関係に悩まされたりして1年ももたず辞めちゃう人も多いですが。
「だからさ、な、例えばある人間が学校を卒業して、就職したとするわな。当然、最初は右も左もわからない。そのときに大切なことは、四の五の言わずに上の人の言うことを聞く。歯向かっちゃ絶対にダメッ」
―はい。
「で、これをしろ、あれをしろと指示されているうちに、自分のほうが上のヤツより長(た)けていることが出てくる」
―PCを上の人間よりもパッパッと操作できるとかでも。
「そういうこと。そうしたら、その長けているとこをやりきっちゃえばいい。それが次のプロジェクトにつながってくる。ホントにあるんだって、一個くらい上の連中より長けていることが。それをピンポイントで探して、次につなげていけば辞めようなんて思わないよ。全部できると思って頑張っちゃうと、あとで自分の首を絞めることになる。そんなのできるわけないんだから」
ワルには美学がある!
―哀川さんも、駆け出しの頃は監督の指示に素直に従っていたんですか。
「当たり前じゃん。今でも監督の言うとおりに動くよ。あっちのほうが撮り方とか俺よりも知っているし、勉強しているし、歯向かう必要がどこにあんの」
―なるほどなるほど。
「新人だから最初のうちは、あれもこれもできないよね。だけど、できなくても必死に上の連中にくっついて、これ、どうすればいいですかって聞くようにしていけば、まあ、10年もすりゃ不得意なこともできるようになる。10年なんてもんはアッという間だよ。ただまあ、一番長く感じるのは2、3年目かな。その頃がキツイかもね」
―そうなんですよ。どんな職種にしろ、2、3年目が精神的にもキツくなる。
「あのね、2、3年目にキツくなってくるのは、たぶん、同期のヤツらとの差がはっきり出てくる時期だからだと思う」
―確かに確かに。
「あいつはイケてんのに、自分はてこずってんな、みたいな」
―そういうときは?
「自分の前を走っている同期のヤツのマネをすればいいの。そりゃそうでしょ。そいつは成功しているから先頭を走ってるんでしょ。だったら、そいつの何がよくて突っ走っているのかを研究すればいい。そうやって、前を走っているヤツの後ろにピタッと張りついて走っていれば、すぐに5年ぐらいたっちゃう。5年たてば10年は持ちこたえられる」
―優秀な同期は、マラソンのペースメーカーのような存在だと思えばいいと。
「だね。俺だって、釣りをしていてまったくダメな日は、釣れてるヤツの隣に行って仕掛けとか見ちゃうもん。リサーチが大事ってこと」
―はい。
「で、10年もてばこっちのもんだって。あとはその場所で好き勝手に暴れればいいじゃん。そうすることで、いくら理不尽な職場であっても、日の当たらない地味な職場であっても、ひたすら忙しいだけの職場であっても、そのうち自分なりの花がポッと咲くってもんだよ」
―わっかりました! で、哀川さんは、これからもVシネを作り続けていくんですか。
「やっていきたいねえ。ワルを演じていきたい」
―素朴な疑問ですが、アクとワルの違いってなんですか?
「ワルには美学がある」
―ワルの美学とは?
「立ち向かうこと」
―ああ、はいはい!
「アクは頭で悪いことを進めるヤツ。ワルは常に何かに立ち向かい、見境なく瞬発力だけで動き回るヤツ。ワルは、友達にはなりたくないけど、そばにはいてほしいっていう(笑)。でも、そういうワルがいないと、本当のアクってあぶり出されないから。必要悪なんだよ。そんなワルが陰湿なアクを叩き潰すVシネを作っていきたいね」
■哀川翔(あいかわ・しょう) 1961年生まれ、鹿児島県出身。Vシネマで『借王〈シャッキング〉』『修羅がゆく』など次々にヒットシリーズを生み出す。映画『ゼブラーマン』(2005)で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞
■映画『25 NIJYU-GO』 11月1日より公開中。以降、全国順次ロードショー! “なんでもアリのVシネワールド”がスクリーンに炸裂する、東映Vシネマ25周年記念作品。哀川演じる悪徳刑事・桜井を中心に、25億円をめぐり沸騰寸前の緊迫状態! 最後に現金を手に入れるのは誰だ? ほかに寺島進、温水洋一、小沢仁志、高岡早紀、竹中直人らが出演
(取材・文/佐々木 徹 写真/2014東映ビデオ)