今年5月に自ら執筆した官能小説『撮られたい』を突然発表、ドSのカメラマンがMキャラのグラドルを調教するというリアル過ぎるストーリーで大きな話題を巻き起こしたばかりのグラビアアイドル・今野杏南(あんな)。
続いて、『週刊プレイボーイ』49号では、なんとオリジナル官能小説を書き下ろし、さらにそれを本人自身が刺激度MAXな妄想グラビアとして披露、反響を呼んだ。
前作とは一転、ドSなOLがドMな男性上司を熱烈に責める『今夜、いつものホテルで。』と題されたその官能作を前後編で一挙公開!
* * *
■「私じゃない、もうひとりのあんな」
邪魔にならないように顔にかかる両サイドの髪は両耳にかけているが、肩の下まですっと伸びた髪は蛍光灯のもとでも黒く光っている。それだけでも丁寧に手入れされていることがわかる。
流行りじゃないデザインの眼鏡をかけ、キーボードを叩きながらいつも眼鏡の位置を気にしている。
時々、ヒールの低い洒落っ気のない黒のパンプスで床を鳴らす。その音を聞くだけで、僕は『彼女』だとはっきり、わかってしまう。
二つの顔を持つ『彼女』を……。
※
ジリリリリリ。
学生の頃から、目覚まし時計はこのジリリリという、昔っぽくて不快な音でないと起きられない。ぼんやりした視界に右手を伸ばし目覚ましを止めると、針は6時を3分ほど過ぎていた。
「起きなきゃ、、、」
でも、体が鉛のように重い。
一度は上半身を起こしたけど、そのまま薄いピンクの布団にうつ伏せに倒れ込む。昨夜は3時までオフィスで資料作りをしていたのだ。それなのに作業はこれっぽっちも進まなかった。こんな自分に、いい加減あきれてくる。4000円もかかるタクシーに乗って帰宅したのは4時過ぎだ。
「眠い、、、」
そうこうしているうちに時計の針は6時半を指そうとしている。私は何かを決意したような勢いで体を起こし、下着姿のままキッチンに向かってお湯を沸かし、洗面所で乱暴に顔を洗う。
髪をブラシでといて眼鏡をかけ、丁寧にアイロンがけしておいた白いシャツに袖を通し、いつものスーツを着る。せっかく学校を卒業したのに、まるで毎日学校に行っている気分だ。
虎ノ門に本社がある、名前くらいは誰もが知っている大手企業に就職できたことは、母親が一番喜んでくれていた。ガラス張りのオフィスビルはまだ新しく、働いている人は皆、小綺麗で、男性も女性も華やかで清潔感のある人ばかり。
でも私は化粧っ気もないし、あまり目立たないようにしている。就職できたのは嬉しいけど、自分の実力に合ってない気がしていた。
メールの差出人も、内容も、私はわかっていた。
「今野!」
「はい」
今、私が属するプロジェクトのリーダーは、誰に対しても厳しく笑顔を見せることもない。そのせいか職場で自分から彼に近づく人は少なかった。
「今日提出する資料はもうできているか?」
「あ、はい。まだ途中ですけど、、、あれ?」
うっかり家のテーブルの上に置いてきてしまったことに気がついた。
「どうしよう」
ブツブツ独り言のように言いながら、資料なんてありもしないデスクの前で立ち往生していると彼の鋭い声が耳を貫いた。
「どうした」
「あの、すみません。家に忘れてきたみたいで、、、」
最後のほうはほとんど聞こえないほどの声量だった。
「はあ」
彼は大げさに大きなため息をついた。
「お前これで何回目だよ? 資料もまともに作れない、期日にも間に合わない。ふざけるな」
その声が響き、オフィスに一瞬の静けさが生まれる。
「申し訳ありません」
私は彼と正反対の、小さな声で言った。
「すぐ作り直せ」
彼は乱暴に頭を掻きながら投げ捨てるように私に言った。私は彼が部屋から出ていくまで頭を下げ続けた。
もう何度目だろうか。いくら怒られても、同じ失敗をしてしまう。職場中の視線が自分に集まっていたが、もう、それも慣れてしまった。
静かにデスクに戻ると、新着メールの知らせが届いた。私は控えめに周りを確認してから、メールフォルダをクリックする。
こうして私が会社でヘマをした日は、必ずメールが届く。
メールの差出人も、内容も、私はわかっていた。
「ベッドで私の全身を綺麗にして」
「今夜、いつものホテルで」
メールの送り主は、さっき私のことをすごい剣幕で怒っていた、あの彼。
私は彼といつも落ち合うシティホテルに向かい、いつもの部屋へと急ぎ足で向かう。ホテルの廊下は赤茶の絨毯で、天井のライトが、クリーム色の扉を2つ間隔で光らせていた。
チャイムを鳴らすとすぐに、重い扉が小さく開いた。見上げると彼は「お疲れさま」と優しく私に微笑み、その顔を見て私も軽く口角を上げる。
扉を静かに閉めると、彼は私の体をきつく抱きしめてきた。
私は彼に体を軽く預ける。
そのままいつものように、彼は私の左耳のすぐ下に口づけしながら、グレーのスーツのボタンを器用に外していく。
静かな部屋に、ジャケットが床に落ちる乾いた音だけが響いた。
次はシャツ。
一番上までしっかりと留まっているシャツのボタンを、上から4つはずすと、真っ赤なレースの下着に包まれた私の胸が露わになった。
彼はボタンを外す時も口づけをやめない。やめるどころか丁寧に舌を使い、唾液をからめて洗うように私の首筋を舐めていった。
唾液の音を鳴らし、必死に首筋に吸いつく彼の髪を、私はそっと撫でる。
唇は下へ下へと降りていき、胸の盛り上がりに差しかかるところで、私は静かに言った。
「待って」
その声を聞き、私の背中に指が食い込むほど力の入っていた彼の手がゆっくりと緩む。
「ベッドで私の全身を綺麗にして」
その声は、自分でも驚くほど冷たい声だ。
※明日配信予定の「私じゃない、もうひとりのあんな」後編へ続く
■作・今野杏南(撮影/栗山秀作)