ここに綴られた話はすべて本当にあった出来事です。決してひとりでは読まないでください……。
きゅ、きゅ、きゅ、きゅ……寝室で鳴る不気味な音
『ボクのヒーロー』作・黒史郎
* *
石井さんが小学生の頃の体験である。
ある晩、寝ているとき、ふいに目が覚めた。
「どうして起きたのかは覚えていないんですけど」
そこから眠れなくなってしまい、両親や妹の寝息を聞きながら、豆球の明かりが橙(だいだい)色に染める天井をぼんやり見上げていた。
きゅ、きゅ。きゅ、きゅ。 音がした。 きゅ、きゅ。きゅきゅ。
自分たちの寝ている寝室で、何かが鳴っている。
きゅ。きゅきゅ。きゅ、きゅ。
耳で辿(たど)っていくと、父が日曜大工で拵(こしら)えた棚のほうから聞こえている。
「そこは玩具箱が収納されていたんですけど、なんだか急に不安になって」
親を起こさないように布団から這(は)い出し、玩具箱の中を確認する。
某ヒーローもののソフトビニール人形の首が、どれも百八十度後ろを向いてしまっている。
―アキのヤツだ。
母親の傍で寝ている妹を睨(にら)んだ。
玩具箱は妹と共用。妹の人形の首は何ともなっていないのに、石井さんのヒーロー人形の首だけがおかしいのも妙だ。
首を戻すと、きゅ、きゅ、と鳴る。これだ。さっき聞こえていた音は。
ヒーローたちの首を元に戻すと、仕返しに妹の人形の首をみんな後ろ向きにし、布団に戻った。
―と、いうようなことが何度かあったのだという。
「どっちが怖いですか」唐突に体験談は終了し…
数年前に帰省したとき、夕餉(ゆうげ)の団欒(だんらん)の場で、そんな懐かしい思い出話になった。
「あの頃のアキの陰湿な悪戯(いたずら)には、ほんと参ってたよ」
「はあ?」。何いってんの、と妹が三角の目を向けてきた。
「そんなん、わたし知らねぇし。つーか、気味わりぃんだけど」
反抗期真っ只中の妹は不機嫌になって部屋へ戻っていった。「しらばっくれてやがんの。あいつまだ、ガキだな」
あんた、何いってんのよ、と母親が呆れた声を上げる。
「あんたが全部、後ろに向けちゃってたんじゃない、首」
「へ? なんで俺が」
「知らないわよ。夜中にむっくり起きだして。玩具箱のところで、ごそごそごそごそ。将来が心配だったんだから」
「だから、そのときは首を直してたんだよ」
「それは最終的にでしょ」
―最終的?
「やだ、あんた、ほんとに覚えてないの?」
母親がいうには、石井さんは夜中に二度、三度と起きて、玩具箱のところへいくと、きゅ、きゅ、と人形の首を回していたのだという。
そんな覚えはない。何度も起きたという自覚はなかった。
「自分でやって、自分で戻しているように見えたわよ」
母親は気味悪そうにいった。
* *
「どっちが怖いですか」唐突に体験談は終了し、石井さんは私の顔を覗(のぞ)きこんできた。
どっちといいますと―と訊(き)き返す私に。
「僕のヒーローの首を、夜な夜な何者かが逆向きにしていた……のか」
それとも。
「僕がヒーローの首を逆向きにし、自分で直していたのか」
―終わり―
黒史郎作品その2『エスカレーター』
最上段の階に溜まる黒い物体の正体とは
『エスカレーター』作・黒史郎
某駅ビルでの話である。
恵さんは同ビルの五階の飲食店で、閉店時間まで働いている。
この日、六階のロッカールームで着替え、店でミーティング中の店長たちに挨拶(あいさつ)をしてビルを出ると、スクーターの鍵がないことに気づいた。
ロッカールームで落としたのかもしれない。踵(きびす)を返してビルに戻ると、一階生鮮売り場付近のエスカレーターが動いている。いつもは着替えて帰る頃には停(と)まっており、さきほども階段を使って一階(した)まで下りてきた。
「疲れてたんで、あまり何も考えずに乗っちゃったんです」
しかし、乗り込んですぐにエスカレーターがガクンと停まってしまう。
点検でもしてたんだろうか。待っていても動く様子もないので歩いて上がっていくと、奇妙な光景を目にする。
最上段のステップの階(きざはし)が入り込む箇所に、かなりの量の髪の毛が溜(た)まっているのである。ゴミなどを巻き込まぬよう、コーム状のプレートが取りつけられてているので落ちたものはそこに溜まるような仕組みになっているのだが、それにしては多い。
気になりつつも、そのままエスカレーターを上がっていくと、また最上段に髪の毛が溜まっている。二階の倍ほどもあるので、思わず「うわ」と声が漏れた。
「誰か髪の毛を巻き込まれたのかなってくらいの量なんです」
さすがに、おかしいとおもったーー
詰まって動かなくなったのかな、定期的に掃除はしないのかな、と心配しながら上がっていくと、四階の最上段には散髪の後のように髪のが塊になって溜まっている。
さすがに、おかしいとおもった。
複数の客から剥落(おち)た髪なら、色なり癖なりが違っていてもいいはずだ。ところが、そこに溜まっているのは真っ黒い、同じ髪質の塊。それも束ねて切り落としたように、きれいに揃(そろ)った状態で蜷(とぐろ)局を巻いている。
「うわ、きもちわるってなって、急いで駆け上がったんです」
五階にも四階と同じ量の髪が待ち構えていた。
厭(いや)な予感がし、六階へ続くエスカレーターを見上げると。
最上段のステップの上に人の姿がある。
清掃の人に似た格好で性別はわからない。こちらに背を向け、手摺(てすり)のベルトに片肘(かたひじ)を掛け、もたれている。よく見ると背中の真ん中より下が、在るんだか無いんだか判断がつけられないくらい、あやふやな視(み)え方をしている。
これ以上は上に行けるはずもなく、五階の店に飛び込んでミーティング中だった店長たちを引っぱり出して確認してもらった。
六階の人はいなくなっていたが、髪は残されたままだった。
「それからは店長たちを待って一緒に帰るようになりました」
そういうことは、その一度きりであったそうだ。
―終わり―
●黒史郎(くろ・しろう)74年生まれ。 98年頃からサイト「幻想住人録666」で様々なジャンルのオリジナル小説を公開。また収集資料を元に、雑誌・テレビ番組等への原案協力も手掛ける。07年、「夜は一緒に散歩しよ」で第一回『幽』怪談文学賞長編部門大賞を受賞。