ここに綴られた話はすべて本当にあった出来事です。決してひとりでは読まないでください……。

深夜、妙な唸り声が聞こえたらカーテンは開けないように

実話怪談1 『夢か』 作・伊計翼

* *

関東でひとり暮らしをしているK也さんの話である。

深夜、彼は唸(うな)り声で目を覚ました。暗闇につつまれた部屋はかすかに秒針の音が響いているだけだ。さっき聞こえたのは気のせいだったのだろうか。

(きっと夢でもみたんだろう)

K也さんはため息を吐(つ)いて立ちあがった。カーテンの隙間から夜の闇がみえる。

アクビをするとトイレで用をすませ、再びベッドに戻った。

(さあ、もうひと眠りし……)

眠ろうとすると、先ほど聞こえた唸り声を耳にした。

ぎょッとしたK也さんは気のせいじゃないと確信して、あわてて躰(からだ)を起こす。

電気をつけ部屋をうかがうが、やはり変わった様子はない。

確かに聞こえた。くぐもった重い―まるでガラスが振動するような不気味な唸り声だった。

(ガラス?)

まさかと思い、カーテンを開けてみる。真っ黒い男が指を広げて、窓のむこうに貼りついていた。K也さんは悲鳴をあげる。それに呼応するように男はウロコのようになった瞼(まぶた)を開けた。

真っ赤に充血した眼球がK也さんを睨(にら)みつけ「ぐおおぅ」とまた唸り声をあげる。

窓に貼りついていたのか!

腰を抜かして動けずにいる彼の前で突然、男は地面にむかって勢いよく落下していった。

 

同時刻、彼の実家でのこと。

就寝していたK也さんの父親は母親にゆり起こされた。

「どうした?」

「仏間で変な音がしたの」

泥棒でも入ったのかと父親は布団からでて仏間にむかう。

ふすまを開けて電気をつけるが特に異常はなかった。母親も廊下から部屋をみている。

「誰もいないじゃないか。夢でもみたんじゃないか」

「でも、さっきは……あッ」

なにかをみつけて指をさす。

壁にかけられた曽祖父の遺影に黒いトカゲが貼りついている。

「珍しいな、こんな季節に」

父親は背を伸ばして手でひょいとつまむと、ベランダの戸を開けて外に放り投げた。

地面につくと同時にトカゲは、「ぐおおぅ」

そう声をあげたという。

遺影の曽祖父はジャングルで戦死した方らしい。

真っ暗で不気味なエレベーターの怪

店のない階にも止まるエレベータの怪

実話怪談2 『暗闇』 作・伊計翼

* *

現在おこなわれている怪談寄席に参加するため、四現谷のライブハウスにいくことがあった。

そこに勤めているⅠさんという女性からこんな話を聞いた。

高校生のころ、友人たちと豊島区にあるパーラーにはいった。

町なかのビル、五階のテナントにはいっている店で美味(おい)しいと評判の店だったそうだ。みんなでスイーツを食べながら色々な話で盛りあがっていた。いつの間にか話題は怖い話になっていたらしい。

「そういえば前にこんな体験したことがあるんだけど…」

「友だちから聞いたんだけど、私の地元にある廃墟にね…」

話される恐怖譚(たん)を、Ⅰさんたちは怖がりながらも愉(たの)しんだ。

そろそろ退店しようということになった。

「美味しかったね!」

「うん、美味しかった!」

店をでてエレベーターがくるのを待つ。すぐに電子音とともにドアが開いた。

「……え?」

ドアのなかは電気がついておらず真っ暗だった。

「ライトついてないよ」

「これ……エレベーター?」

Ⅰさんたちは間違いなくこれに乗って五階にあがってきた。ところが先ほどと違ってエレベーター内は蛍光灯の光がない。それどころか真っ暗な空間がひろがっているだけで奥行すらも確認できない。

「ちょっと……気持ち悪い」

誰も中に入ろうとしない。一見してエレベーターのカゴだけがきていないようにも思えたが、フロアの光が入っているはずなのに奥がみえないのは奇怪である。

「か、階段で戻ろうか」

仕方がなくⅠさんたちは階段で降りはじめた。ひとつしたの階に辿(たど)りつくと「ちょっと!」とひとりが声をあげる。彼女がさす方向をみると、エレベーターのドアが開いているのがみえた。その階に店はなく、人の気配もない。にもかかわらずエレベーターがきている。なかは同じように暗闇しかなかった。

「怖いッ」

全員、階段を駆け降りて一階に降りてビルから外にでた。

「怖かったあ!」

「もう、一体なんなのよ!」

みんな安心していたがIさんは気づいた。

「カバン……忘れてきちゃった」

Ⅰさんは再び階段を登ってパーラーに戻る。店員からカバンを受けとると、すぐに店をでた。

エレベーターをみると、先ほどと同じようにドアが開いている。

 

やはり暗闇がひろがっていた。

Tさんのゆうれいが現れるようになったのは…

一番、恐ろしいのは幽霊か、それとも…

実話怪談3 『喫煙』 作・伊計翼

* *

関西在住の会社員Yさんの話である。数年前、父親が亡くなった。母親も既に鬼籍にはいっていたので、兄弟のいないYさんは実家に住むようになった。

高校を卒業してすぐ実家を出たので、実家周辺の下町はすっかり変わっており、たくさんのマンションが建っている。家の隣も空き地になっていたが、さらに隣の平屋にTさんという男性が住んでいた。

彼はYさんが学生のころからずっとひとりで暮らしている老人である。寡黙な男だったが、下校するYさんにいつも笑いかけてくれる愛想のよい人物だった。時間をもて余しているのか軒先で煙草を吸っていたり、道路をホウキで掃除したりしている姿をよくみかけていた。

今も変わりがないようで、実家に戻ったYさんに対してあのころと同じように微笑みかけてくれた。

 

ある休日の昼間のこと。

市内で買い物をしてきたYさんが帰ると、家の前で立っているTさんがみえた。彼もYさんをみつけたらしく煙草をもった片手をあげる。

その彼のうしろから子連れの主婦が歩いてきた。眉間にシワをよせてTさんの肩を叩く。

何事かと思ったYさんが近づくと主婦の声が聞こえてきた。「なに考えてるんや! ウチの子を癌(がん)にするつもりか!」

主婦は喫煙について憤慨し、怒鳴っているようだった。

突然のことにTさんは戸惑い身をひいている。

「ここは路上喫煙禁止やで! 条例違反やろうが!」

主婦は聞くに堪えない言葉を連発して彼を罵倒し続けている。みかねたYさんは「まあまあ、ずっと住んでいる家の前なんだから煙草くらい、いいじゃないですか」といさめようとした。

「ずっと住んどったら条例破ってもいいんか? ウチの子が癌になってもいいんか!」

火に油を注いでしまったようで、彼女は剣幕をより強めた。

「こんなジジイよりもウチの子のほうが大切やろうがッ」

Tさんは怖がり、ほそい腕を震わせている。Yさんは無礼なものいいの主婦に怒りを覚えたが冷静に対処するように努めた。

「そういういいかたは止(や)めてください。失礼でしょう」

それでも彼女の怒りはおさまらず、近所のひとも集まってきた。主婦はまわりを見回すと、「みなさん! このひと道路で煙草を吸ってますッ。いいんですか! 条例違反ですよお!」

Tさんはいたたまれなくなったのか、顔を真っ赤にして家の玄関にはいっていった。

「ほらッ、逃げましたよ! ああいうひとには、はやく引っ越してもらいたいものですわ! みなさんもそうですよねえ!」

まわりの者は誰もうなずかず、鬼の首をとったように騒ぎ続けるその態度に唖然(あぜん)としていた。叫んでいる彼女に興味がないのか、主婦の子どもは手にもった携帯ゲーム機から目をそらすことはなかった。

それからTさんをあまりみかけなくなる。「あんなオバサン気にしないでくださいね」とひと言いいたかったが、よっぽどショックだったのか彼はYさんをみかけると逃げるように家のなかに駆けこむのだった。 あの一件から数カ月がすぎたころ、Tさんは亡くなった。

死因は眠っているときにおきた心筋梗塞だったが、老衰のようなものと聞かされた。

それから間もなくだった。

Tさんのゆうれいが現れるようになったのは。

そういえば覚えてる? あのオバハン…

誰もいなくなった家の軒先にTさんは立っている。

初めて遠目にTさんの姿を目撃したとき、Yさんは見間違いかと思った。近づくとゆっくりと霞(かすみ)がかかったようにうすくなり、消えてしまうからだ。光や影の加減でそのようにみえるのかと思った。ところが軒先を通りすぎて、自宅に近づいてからふりかえると。

やはりTさんが立っている。

力なく腕をだらんと垂らして、したに顔をむけて―。

近づけばうすくなり、離れればハッキリと現れる。

(死んでからもあのことを気にしているのか)

Yさんは怖いというよりも哀(かな)しい気持ちになったそうだ。

さらにしばらく経(た)って、近所に住む女性に逢(あ)った。

Tさんが亡くなったことを最近知ったらしく、その話をYさんにしてきた。そして、「そういえば覚えてる? 煙草で叫んでた、あのオバハン」

「ああ、あのとき、みてたんですか」

「うん。あのオバハンさ、ここらへんに住んでるひとじゃなかったみたいやで」

「え?」

主婦の怒鳴っている口調から、近くのマンションにでも住んでいるのだと思いこんでいたYさんは驚いた。

「そうなんですか? そういえばあれ以来みませんね」

「そうやろ。なんか服装もおかしかったやん」

いわれてYさんは思いだしてみた。主婦の髪はボサボサで、そういえばすこし変なニオイもしていた気がする。あれは風呂にはいっていないような汗臭さだった。

「あの横におった子ども。あの子ずっとゲームしてたけど……」

携帯ゲーム機は電源がはいっていなかったのか、画面は真っ暗でヒビがはいっていたという。

やはり人間こそが最も恐ろしい存在なのだろうか。

●伊計翼(いけい・たすく) 東京・四谷に実在する実話怪談蒐集集団「怪談社」の書記で、蒐集された怪異体験談の記録と書籍の執筆を担当。近著に『怪談社壬の章 実話怪談師の恐怖譚』がある