「ファンモンは俺のすべてだし、誰よりも俺が一番ファンモンを愛している」と語るファンキー加藤氏

勢いが止まらない男がいる。元FUNKY MONKEY BABYSのファンキー加藤だ。今年1月から行なっていた全国44公演ホールツアーに、ソロとなって4枚目のシングルの発表、そして来夏には主演映画の公開と躍進し続けている。そんなファンキー加藤の単独インタビューをお届けする。

■解散からソロ活動を、あらためて振り返る

―FUNKY MONKEY BABYSの解散から2年4ヵ月。ひとりにはもう慣れましたか。

加藤 10年間、グループとしてひたすらフルスピードで走り続けてきましたからね。ようやく慣れてきたところと、いまだに慣れないところと、半々というところですね。

―例えば?

加藤 3分の1だった苦労と責任が3倍になって。ある意味、それは想定内だったんですけど、それがたとえどんなに小さなことでも、ひとつクリアするごとに味わう喜びや充実感も3倍になるというのは新鮮な驚きでした。

―ほかには?

加藤 控室がやたら広く感じたりとか(笑)。

―でも、そこにいたはずの人がいないというのは、寂しいでしょうね。

加藤 東京ドームの解散ライブが終わるまでは、ほかのことは一切考えないって心に決めて。で、いざ終わってみると、それまで味わったことのない空虚感と寂しさでいっぱいになって、そこから先どうしていいのか、まるでわからなくなってしまったんですよね。

―迷子になってしまった?

加藤 そう……なんでしょうね。ソロ宣言したのはいいけど、曲も書けなくなって。

―そこから、どうやって立ち直ったんでしょうか。

加藤 ファンモンの曲を、もう一度全部聴き直してみたんです。そうしたら……。

ソロアーチストとして決めた「ひとつの覚悟」

―そうしたら?

加藤 俺がやりたかったことすべてが、そこにあったんですよ。ファンモンは俺のすべてだし、誰よりも俺が一番ファンモンを愛している。そこに気づいたとき、気持ちがスーッと楽になって。

―ファンモンの継承者として目覚めた?

加藤 そもそも、俺たちはけんか別れしたわけでもないし、目指す方向性が違ってきたわけでもないし。ファンモンのアイコンだった(DJ)ケミカルがお坊さんになる―という特殊なカタチが解散の理由でしたからね。あれだけのすてきな歌を、俺が歌い継がなくてどうするんだと。

―ネット上では、ファンキー加藤は何も変わっていないという批判的な書き込みもあります。でも、それもすべて承知の上で、ファンモンの魂を継承する覚悟を決めたと。

加藤 それ、俺も読みました。「ファンキー加藤はクズ野郎だ!」とかありましたよね。さすがにそれを見たときは、「そうかぁ、俺ってクズなのかぁ」って落ち込みましたけど。でも、ひとつだけ言わせてもらうと、変わっていないんじゃなくて、変えてないんです!

―変えるつもりもない?

加藤 ないです。できれば解散なんてしたくなかったし、あのグループのことが大好きだった。本気ですごかったと思うし。だから俺はソロになってもスタイルは変えないし、ライブではファンモンの歌も歌っていきます。

*ファンキー加藤の曲作り、そして「やめられないエゴサーチ」とは? この続きは、「週刊プレイボーイ」45号(10月26日発売)でお読みいただけます!

●ファンキー加藤(Funky Kato)1978年12月18 日生まれ、東京都出身。4枚目のシングル『MUSIC MAGIC』が10月28日(水)リリース。主演映画『サブイボマスク』は来夏公開予定。最新情報はHPまで http://www.funkykato.com

(取材・文/工藤 晋 撮影/熊谷 貫)