岩井俊二監督待望の実写長編で反響を呼ぶ『リップヴァンウィンクルの花嫁』(3月26日公開)。主演の黒木華ほか、Cocco、綾野剛らの魅力が“岩井ワールド”で存分に引き出される 岩井俊二監督待望の実写長編で反響を呼ぶ『リップヴァンウィンクルの花嫁』(3月26日公開)。主演の黒木華ほか、Cocco、綾野剛らの魅力が“岩井ワールド”で存分に引き出される

昨年、『花とアリス殺人事件』で初の長編アニメも手がけ、話題を呼んだ岩井俊二監督の新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』が3月26日に公開。

待望の実写長編ということもあり、早くも反響を呼んでいるが、これまで多くの女優の魅力を引き出し、開花させてきた“岩井ワールド”で今作のヒロインに抜擢されたのは各方面で注目される黒木華。

彼女が演じる主人公・皆川七海は出会い系サイトで知り合った男性と結婚、それをきっかけに幸せを得たはずが、欺瞞(ぎまん)に満ちたこの世界で否応なく翻弄(ほんろう)され居場所を失っていく…。

結婚式での偽装家族のバイトをキッカケにメイドとして住み込むことになった屋敷で同居人となる謎の女性・里中真白との出会い。こちらも歌手・Coccoが独自の存在感で起用に応え、交錯したふたりの世界を彩る。

我々の生きる現実社会の危うさ、そこで見知らぬ者同士が生きていくということ。この時代に岩井監督が感じ、今作に投影する思いとは…。女優陣のエピソードから創作のモチベーションまでロングインタビューでお送りする。

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岩井俊二監督作ということでは多作ではないと思いますが。自分でこれは撮りたいと思われる発想のきっかけから伺えますか。

岩井 そうですね。まず3.11があって、それまで海外にいたりしたんですけど、今の日本にちょっと向かい合ってみようかなっていうモチベーションが生まれて。いろんな素材を拾い集めたり、書いたりしていくうちに出来上がっていった物語だったんですけど。

―これまでも恋愛であれ、人間の関係性、繋がりをずっと描かれてきて。今作では特に家族的なものに対する問いかけがコアな部分であるかと。

岩井 震災が我々にもたらしたものだけじゃなく、自分の中でそれ以前から日本を取り巻く環境に微妙な危うさを感じていたというか。海外なんかで暮らしてると余計にそういうのが客観的に見えたりするんですよ。アメリカも相当変でしたけど、ただ自分の国じゃないから、ある意味、どうでもいいんですよね(笑)。

自分の国に対してはやっぱり思うところがあって、もっとよくなってほしいとか、こうあってほしいって願いをどうしても強く持つもので。そういう中で今、ひとりの女性が東京で生きてるって状況で、そのコの向かい合っている社会の危うさというか、一歩間違えればあっという間に孤立していく、転落していく…だけど、逆に見方を変えればそれは救われてもいるっていう不思議さというか。

堕ちた女性が頑張ってV字回復していく話じゃなくて、堕ちてるって言われれば堕ちてるんだけど、それが見る側の目線を変えると、逆に登ってるっていう風にも捉えられるような物語にしたいなというのがあったんですけどね。

―それがまさにあの真白の独白、「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」に込められてるんでしょうか。

岩井 まぁ最初からああいうメッセージを伝えようと思ってたわけではないんですけど。里中真白という女のコが最後に何を喋るだろうという時に、真白=Coccoさんっていうところで、彼女という人間だったらどんなことを喋るだろうと想定して。Coccoさんになりきって筆を進めたダイアログという感じですね。

書いていくうちにだんだん自分の思いも混じっていきながら、ああいう言葉になって。それをCoccoさんの口から聞きながら、ちょっと不思議な体験でしたね。自分が本当に言いたかったことでもない、あくまでも真白に言わせるつもりの台詞だったのに、気がついたら自分の頭の中にわだかまってたものが書けた気がしなくもないし。

これはもう2回するべきことじゃないって…

―言霊(ことだま)が乗り移ってというか、漫画家の方がよく言う“キャラクターから勝手に出てきた台詞”というのにも近いような…。

岩井 だから、普通ああいう長い台詞の場合、最後まで言えなかったりする時もあるので、途中切ったりアングル変えて繋いでいくようなことをするんですけど。Coccoさん自身が見事に演じてくれて1テイクでOKにしましたね。

もう1回撮っても良かったんですけど、カットかけた時にこれはもう2回するべきことじゃないよねって感覚。なんか台詞じゃないというか、言ったことに真実があるんだから、これをもう1回言ってくださいっていうのはない話だよなって思って。

―少し前にちょうど『FRIED DRAGON FISH』に主演した芳本美代子さんとお話しして、当時の岩井監督の撮り方みたいな話になったんですけど。何をどう演じてくれという注文は一切なくて、何回もテイクを繰り返し撮る中で、これはってものが岩井さんの中にあるから、安心して委ねればという気持ちになれたと仰ってました。

岩井 意外となんだろう…僕からあまり要求はしないですね。どう要求していいのかわかんないってのもあるんですけど(笑)。すごい探ってるんですね、自分の中で。なんか今、理想的にやってくれてるって時もあるし、別の正解が見出せない時もあって、常に悩んではいるわけですよ、そこは。

ただ、演技だけの話であれば、なんか問題があれば、そこで繰り返し撮り直したりするんでしょうけど。大体そういう場合、本(脚本)が悪いんですよ。流れが悪いところがあって、申し訳ないけど、どう誰が演じたってダメなんだよなってこともあるんで(笑)。うーん、まずいところに入ってきちゃったなって時にしかめっ面になってると思うんですけど。

―自分が選んだ役者の演技どうこうではなく、脚本や台詞とのしっくりこなさが…。

岩井 自分の本の書き方が悪くてそうなってるわけだし、それは満足できないよねっていう。どんだけやってもらっても、何が悪いのか誰にもわからない現場になって。もっと違う演技を要求してとか工夫はあるのかもしれないけど、なかなか正解のない世界だったりするんで。そういうのも面白い創作活動なんでしょうけどね。

全てが予定調和でみんながわかっていて、打ち合わせでちゃんと理解しあえて、全員が進んでいくっていうのは信じがたいですから。果たして、それが面白いのか?っていうのもあって、全員が共有できてたら逆に気持ち悪いなと。なんだかよくわからないってくらいでちょうどいいような気もしますけどね。

―そういう意味では、やはり体現してくれる役者さんに依存するところは大きいですね。今回の場合はCoccoさん含め、黒木さんや綾野(剛)さんもほとんど役を当てて本を書かれているそうで。そのイメージから広がったり、引き出されて?

岩井 『ニューヨーク、アイラブユー』とかもそうですし。実際、本当に頭の中で本人に演じさせて書いてるっていう。そうするとこういう言い方させたいなとか出てきますし。まぁ今回は綾野君とか黒木さんはね、いろんなことをやりこなせるのはわかるんだけど、Coccoさんが意外にもというか…。

らしくないんだけど、ここは言わせとかないと次にいけないしっていうのを、自分のテンポとリズムに全部置き換えて、台詞変わってないんですけど、全く言わされてる感なく喋り続けていけるんで。ほんとスゴかったですね。

こういう話だからこそ笑顔で終わらせたい

―正直、これがCoccoさん?って、途中まで意識しないほど自然で。本当にどこかの劇団員の女優さんが紛れ込んでる風な。

岩井 それは一番理想かもしれないですね。一見、アドリブに見えるシーンもあるんだけど、こっちは台詞知ってるので、これアドリブじゃないんだよな、台本ちゃんと書いてあるのによくこんな風に喋ってるなって不思議に思うくらい自分語になってましたね。

―主演の黒木さんでいうと、最初に伺った発想のきっかけとして、彼女を起用してこういう話を描きたいとか、逆にこういう話だから彼女でいこうとか、どちらでしょう?

岩井 両方あったと思うんですけどね。自分が感じてる彼女の魅力が出やすい状況にしていきたいっていうのはもちろんあっただろうし。どこか不思議の国のアリスじゃないんだけど、いろんな魑魅魍魎(ちみもうりょう)的なキャラクターに次々遭遇していくような話なので、そこでヒロインをどう動かしていくかとか。

魑魅魍魎側を考えるのが非常に楽しいわけですけど、最終的な勝ち負けでいうと、彼女の笑顔をいかに作っていくか、こういう話だからこそ笑顔で終わらせたいなっていうのはあって。

―そもそも黒木さんで撮りたいという思いは、以前からあったそうですね。

岩井 そうですね。『マイリトル映画祭』って番組をやってたんですけど、自分の好きな映画を毎回決めて、その監督さんを呼んで話聞いたりしてるような趣味的な番組で。そのアシスタントのオーディションで初めて直接お会いしたんですけど。

偶然、その数ヵ月前に彼女がやってた舞台を僕が観ていて。その時にこのコなんだろう?って名前チェックしたり調べたりしてたんです。で、オーディションであのコだって気づいて、割と即採用みたいな感じでしたね。

―気になっていたコがオーディションにたまたまですか? その巡り合わせもスゴいですけど。正直、最初の頃に黒木さんの存在を知ったイメージでは地味というか、脇にいそうな印象なんですが…。

岩井 自分には充ち満ちた果実にしか見えなかったですけどね。顔とかでもなく、やっぱり本人の持ってるエネルギーだったり美しさだったりするんだろうけど。最初、遠くから舞台観てて、そこから十分になんか溢(あふ)れ出るものがあって。

―そこまでですか。顔の感じとか雰囲気的に蒼井優ちゃんに似てるなっていうのは思ってまして。でも蒼井さんに感じる強さとは違う柔らかなものを醸(かも)し出していたり…。

岩井 顔は似てるっていえば似てるのかもしれないですけど、全然性格とかが違うんで。うーん、まぁ逆に言えば姉妹のように違うかもしれないですね。性格が本当にまるで違う気はする。

このコはいいなって思うと大体当たってくる

―岩井さんの中で使いたくなるキャスティングの共通項はあったりするんでしょうか?

岩井 まぁほんと子供の頃から割と自分の好みははっきりとあって。どういうタイプっていうんじゃないですけど、このコはいいなって思うと大体当たってくるんですね。

昔、キャンディーズのランちゃん(伊藤蘭)っていたんですけど、なんでこのコをセンターにしないんだろうって思ってて。スーちゃん(田中好子)も可愛かったんだけど、なんか子供から見て、翳(かげ)りがあったっていうか。ちょっと心細げで痛々しかったんですよ。隣のコを真ん中にすればいいのにって思ってたら途中からなって。それを皮切りに大ブレイクして(笑)。

角川映画のオーディションで原田知世が特別賞になった時も、なんでこのコが次点なんだ? 一番でいいじゃないって思ったり。あと、松たか子さんが初めてTV出た時にもうチェックしてたりとか。たまたま観て、誰だこのコって思って調べたら本当に初めての時だった、みたいな。

―だいぶ、当時のオタク的な(笑)。原田さんは確かに同じ印象を受けましたけど。

岩井 海外でも『ブリジット・ジョーンズの日記』の女優さん(レネー・ゼルヴィガー)をまだ全然有名じゃない頃からチェックしてたし。ナオミ・ワッツとかも全く無名の頃から名前は覚えてましたね。外国人の名前なんてほとんど覚えないんですけど。男優でもジョシュ・ハートネットなんか『パラサイト』ってB級映画に出てる時から只者じゃない俳優だなと思って。そういう目はあるんでしょうね。だからこういう仕事に向いてるんだと思うんですけど(笑)。

―そういうアンテナ、感性を信じられると。まぁそれで岩井作品に起用された役者さんはブレイクすると認知されてるわけですからね。

岩井 モーニング娘。も考えてみたら、その集団の中でもこのコいいんだけどって、なんで際立たせないのかなってコがいまだに残ってたりします。やっぱ残ったじゃないかって(笑)。まぁなんかお茶の間の感覚というか、世間の好みに割と合ってるのかも。特異な才能じゃなくて、むしろそこは凡庸(ぼんよう)な感性の持ち主かもしれないですね(笑)。

だから黒木さんなんかも認められるべくしてというか、世の中がこういうコを好きなんだと思うんですよ。だから肩を押されるように当然出ていっちゃう。そういう意味で持ってるコだったんでしょうし。蒼井優もたぶんそうだったんだと思いますね。

―以前、『花とアリス』の時に監督と優ちゃん、鈴木杏ちゃんの3人で対談させていただいて。忘れられないのが、優ちゃんのくしゃみをみんな大絶賛したんですよ。今回、黒木さんのしゃっくりのシ-ンでそれに匹敵するなと感心したんですが(笑)。

岩井 テイクは撮ってますけど、毎回あのくらい泣きながら全然やってましたね。大変だったと思いますけど、そういう自然なものは泣くのも本当に何度でも泣くので、スゴかったです。

黒木華は、あらゆる面で惜しみない人

―あの道端で路頭に迷い、携帯で話しながら「私、どこに行けばいいですか?」って泣きじゃくるシ-ンとか。

岩井 お葬式のところもみんなが喋るじゃないですか? 最初あのコ泣いてて、あんまりそこは重点にないシーンなんです。そこからカメラが移動して、こっちの人たちを撮ってる時でも泣いてるんですよね、ちゃんと。だから分け隔てなく泣いてるんですよ。

泣くのが大事なシーンだからって泣いてるわけじゃなくて、それはちょっと感動しましたけど。感動して勿体ないなっていうか、撮ってないんだけどなって。

―別バージョンで彼女の泣き顔だけ繋いで見せたいくらいですね(笑)。

岩井 ほんと惜しみなく泣いてたし…惜しみない人ですね、あらゆる面で。なんか今思いつきましたけど。惜しげもなくとか惜しみないっていうのが本当に演技だけじゃなくて。現場への臨み方とか取材とか受けてても惜しげない感じがしますね。

―普段の生き様自体が。

岩井 僕なんかなかなかできない気がしますもん。本当になんだろう…トークイベントとかあると普通にお客で来たりするんですよ。僕のだけじゃなくて、大学の友達とか演劇やってると観に来てくれたとか。

―そういう献身というか捧げてる感じがまた、周囲の人もこのコのためにって思わせてしまうタイプなんでしょうね。

岩井 本人が惜しげもないから周りも惜しげがなくなっちゃうんです。本人がケチると周りもケチりだすけど、こんだけ惜しげもなくやられると、やっぱりこっちも丸裸にされて。生き様として一番賢い、一番正しいやりかただよなって。惜しがっちゃダメだなって思いますよ。本当に爪の垢(あか)煎(せん)じて飲ませたいって人いっぱいいますから(笑)。

●この続きは、明日配信予定! 作品のエピソードは身の回りで起きる実話が元だった? 自分は監督とはいえないかも…と語る、今後の創作活動まで迫る!

岩井俊二 1963年生まれ、仙台市出身。横浜国大在学中の88年からドラマやミュージックビデオ、CFなど多方面の映像世界で活動を始め、独特な映像美が“岩井ワールド”と評され注目される。主な監督作に『打上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(93年)、『Love Letter』(95年)、『スワロウテイル』(96年)、『四月物語』(98年)、『リリイ・シュシュのすべて』(01年)、『花とアリス』(04年)、海外にも活動を広げ、『ヴゥンパイア』(12年)などがある。また小説家や作曲家としての創作活動も幅広く、2012年には震災復興の支援ソング「花は咲く」の作詩も手がける

(取材・文/週プレNEWS編集長・貝山弘一 撮影/首藤幹夫)